GoogleのAI「Gemini」を使用して現代語化しました。
青空文庫図書カード: 太宰治 『正義と微笑』
現代語化
「僕は、何も知らないんです。立派な劇団だとは、ぼんやり思っていましたが」
「ただ、まあ、ふらりと?」
「いいえ、僕は、役者にならなければ、他に、行くところが無かったんです。それで、困って、ある人に相談したら、その人は、紙に、春秋座と書いてくれたんです」
「紙に、ですか?」
「その人はなんだか変なのです。僕が相談に行った時は風邪気味だとかいって会ってくれなかったのです。だから僕は玄関で、いい劇団を教えてくださいって洋箋に書いて、女中さんだか秘書だか、とてもよく笑う女性にそれを手渡して取り次いでもらったんです。すると、その女性が奥から返事の紙を持って来たんです。けれども、その紙には、春秋座、と三文字書かれていただけなんです」
「どなたですか、それは?」
「僕の先生です。でも、それは、僕が一人で勝手にそう思い込んでいるので、向こうでは僕なんかを全然問題にしていないかもしれません。でも、僕はその人を、僕の生涯の先生だと、決めてしまっているんです。僕はまだその人と、たった一回しか話をした事がないんです。追いかけて行って車に一緒に乗せてもらったんです」
「いったい、どなたですか。どうも劇壇のお方らしいですね」
「それは、言いたくないんです。たった一度、車に乗せてもらって話をしたきりなのに、もう、その人の名前を利用するような事になると、さもしいみたいだから、いやなんです」
「わかりました」
「それで? その人が、春秋座、と書いてくださったので、まっすぐにこっちへ飛び込んで来たというわけですね?」
「そうです。ただ春秋座に入れって言ったって無理です、と僕はその時に女中さんに不平を言ったんです。すると、襖の陰から、一人でやれっ! と怒鳴ったんです。先生が襖の陰に立って聞いていたんです。だから僕は、びっくりして、――」
「痛快な先生ですね。斎藤先生でしょう?」
「それは言われないんです」
「僕がもっと偉くなってから、教えます」
「そうですか。それじゃ、これだけで、よろしゅうございます。どうも、今日は、ご苦労さまでした。食事は、済みましたね?」
「はい、いただきました」
「それでは、2、3日中に、また何か通知が行くかもしれませんが、もし、2、3日中に何も通知が無かった場合には、またもう一度、その先生のところへ相談にいらっしゃるのですね」
「そのつもりでいます」
原文 (会話文抽出)
「じゃ、なぜ春秋座へはいろうと思ったのですか?」
「僕は、なんにも知らないんです。立派な劇団だとは、ぼんやり思っていたのですけど。」
「ただ、まあ、ふらりと?」
「いいえ、僕は、役者にならなけれぁ、他に、行くところが無かったんです。それで、困って、或る人に相談したら、その人は、紙に、春秋座と書いてくれたんです。」
「紙に、ですか?」
「その人はなんだか変なのです。僕が相談に行った時は風邪気味だとかいって逢ってくれなかったのです。だから僕は玄関で、いい劇団を教えて下さいって洋箋に書いて、女中さんだか秘書だか、とてもよく笑う女のひとにそれを手渡して取りついでもらったんです。すると、その女のひとが奥から返事の紙を持って来たんです。けれども、その紙には、春秋座、と三文字書かれていただけなんです。」
「どなたですか、それは?」
「僕の先生です。でも、それは、僕がひとりで勝手にそう思い込んでいるので、向うでは僕なんかを全然問題にしていないかも知れません。でも、僕はその人を、僕の生涯の先生だと、きめてしまっているんです。僕はまだその人と、たった一回しか話をした事がないんです。追いかけて行って自動車に一緒に乗せてもらったんです。」
「いったい、どなたですか。どうやら劇壇のおかたらしいですね。」
「それは、言いたくないんです。たったいちど、自動車に乗せてもらって話をしたきりなのに、もう、その人の名前を利用するような事になると、さもしいみたいだから、いやなんです。」
「わかりました。」
「それで? その人が、春秋座、と書いて下さったので、まっすぐにこっちへ飛び込んで来たというわけですね?」
「そうです。ただ春秋座へはいれって言ったって無理です、と僕はその時に女中さんに不平を言ったんです。すると、襖の陰から、ひとりでやれっ! と怒鳴ったんです。先生が襖の陰に立って聞いていたんです。だから僕は、びっくりして、――」
「痛快な先生ですね。斎藤先生でしょう?」
「それは言われないんです。」
「僕がもっと偉くなってから、教えます。」
「そうですか。それじゃ、これだけで、よろしゅうございます。どうも、きょうは、御苦労さまでした。食事は、すみましたね?」
「はあ、いただきました。」
「それでは、二、三日中に、また何か通知が行くかも知れませんが、もし、二、三日中に何も通知が無かった場合には、またもういちど、その先生のところへ相談にいらっしゃるのですね。」
「そのつもりで居ります。」