太宰治 『正義と微笑』 「大きくなったね。男っぷりもよくなった。R…

GoogleのAI「Gemini」を使用して現代語化しました。


青空文庫図書カード: 太宰治 『正義と微笑』

現代語化

「大きくなったね。男前になったね。R大? 高石君は元気かい?」
「ええ、今は僕たちに、サムエル・バトラのエレホンを教えてるんですけど、なんだか、パッとしない人ですね」
「口が悪いね。今からそんなんじゃ、先が思いやられるね。毎日兄さんと二人で、僕たちの悪口を言ってるんだろう」
「まあ、そんなところです」
「弟は、初めから、R大を卒業する気はないらしいんです」
「君の悪影響だよ、それは。何も君、弟さんまで君の仲間にするなんて、しなくてもいいじゃないか」
「ええ、全く僕の責任なんです。役者になりたいって言うんですが、――」
「役者? 思い切ったもんだな。まさか、映画俳優じゃないだろうね」
「映画です」
「映画?」
「それぁ君、問題だぜ」
「僕もずいぶん考えたんですけど、弟は、ひどく苦しくなると、必ず、映画俳優になろうと決心するらしいんです。子供の事ですから、そこに筋道立った理由なんか無いんですけど、それだけ宿命的なものがあるんじゃないかと僕は思ったんです。気持ちの楽な時、ぼーっと映画俳優をあこがれるなんてのは、話になりませんけど、生きるか死ぬかの瀬戸際になると、ふと映画俳優を思い浮かべるらしいんですけど、僕は、それを神の声のように思ってるんです。信じたくなるような気がするんです」
「そう言ったって君、親戚や何かの反対もあるだろうし、とにかく問題だねえ、それは」
「親戚の反対やなんかは、僕が引き受けます。僕だって、学校は中途でやめてしまうし、それに小説家志望と来てるんですから、もう親戚の反対には慣れたものです」
「君が平気だって、弟さんが、――」
「僕だって平気です」
「そうかねえ」
「すごい兄弟もあったもんだ」
「どうでしょうか」
「演劇のいい先生はいないでしょうか。やっぱり、5、6年は基本的な勉強をしなきゃいけないと思うし、――」
「それはそうだ」
「勉強しなければいかん。勉強しなければ」
「だから、いい先生を紹介して下さい。斎藤市蔵氏は、どうでしょうか。弟も、あの人を尊敬しているようですし、僕やはりあんなクラシックの人がいいと思うんですけど、――」
「斎藤さんか?」
「ダメですか。津田さんは、斎藤市蔵氏とはお知り合いでしょう?」
「知り合いってわけじゃないけど、何せ僕たちの大学時代からの先生だ。でも、今の若い人たちには、どうかな? それは紹介してあげてもいいよ、だけど、それからどうするんだ。斎藤さんの内弟子にでも入るのかね」
「まさか。まあ、演劇するものの覚悟などを、たまにお聞きする程度だろうと思いますけど、まず、どの劇団がいいか、そんなことも伺いたいのでしょう」
「劇団? 映画俳優じゃないのかね」
「映画俳優は、象徴ですよ。それの現実にこだわってるわけじゃないんです。とにかく日本一、いや、世界一の役者になりたいんですよ」
「だからまず、斎藤氏の意見なども聞いて、いい劇団に入って5年でも10年でも演技を磨きたいという覚悟なんです。あとは映画に出ようが、歌舞伎に出ようが、問題ではないわけです」
「ずいぶん手際がいいね。あながち、春の一夜の空想でもないわけだね?」
「冗談じゃない。僕が失敗しても、弟だけは成功させたいと思ってるんです」
「いや、二人とも成功しなければいかん。とにかく勉強だ」
「君たちは、今のところ生活の心配もないようだから、まあ気長にじっくりやるんだね。恵まれた環境を無駄にしてはいけない。だけど、役者とは、びっくりしたなあ。とにかくそれじゃ斎藤さんに、紹介の手紙を書こう。持って行ってみてくれ。頑固な人だから、玄関払いを食うかもしれないぞ」
「その時には、また、もう一度、津田さんに紹介状を書いていただきます」
「芹川も、いつの間にやら図々しくなってしまいやがった。この図々しさが、作品にも、少し出ればいいんだがねえ」
「僕も10年計画で、やり直すつもりです」
「一生だ。一生の修行だよ。最近作品を書いてるかい?」
「はあ、どうも難しいようで」
「書いてないようだね」
「君は、日常生活のプライドにこだわりすぎてはいけない」

原文 (会話文抽出)

「大きくなったね。男っぷりもよくなった。R大? 高石君は元気かね。」
「ええ、いま僕たちに、サムエル・バトラのエレホンを教えているんですけど、なんだか、煮え切らない人ですね。」
「口が悪いね。いまからそんなんじゃ、末が思いやられるね。毎日兄さんと二人で、僕たちの悪口を言ってるんだろう。」
「まあ、そんなところです。」
「弟は、はじめから、R大を卒業する気はないらしいんです。」
「君の悪影響だよ、それは。何も君、弟さんまで君の道づれにしなくたって、いいじゃないか。」
「ええ、全く僕の責任なんです。役者になりたいって言うんですが、――」
「役者? 思い切ったもんだねえ。まさか、活動役者じゃないだろうね。」
「映画です。」
「映画?」
「それぁ君、問題だぜ。」
「僕もずいぶん考えたんですけど、弟は、ひどく苦しくなると、きまって、映画俳優になろうと決心するらしいんです。子供の事ですから、そこに筋道立った理由なんか無いのですが、それだけ宿命的なものがあるんじゃないかと僕は思ったんです。気持の楽な時、うっとり映画俳優をあこがれるなんてのは、話になりませんけど、いのちの瀬戸際になると、ふっと映画俳優を考えつくらしいのですが、僕は、それを神の声のように思っているのです。そいつを信じたいような気がするんです。」
「そう言ったって君、親戚や何かの反対もあるだろうし、とにかく問題だねえ、それは。」
「親戚の反対やなんかは、僕がひき受けます。僕だって、学校は中途でよしてしまうし、それに小説家志願と来ているんですから、もう親戚の反対には馴れたものです。」
「君が平気だって、弟さんが、――」
「僕だって平気です。」
「そうかねえ。」
「たいへんな兄弟もあったものだ。」
「どうでしょうか。」
「演劇のいい先生が無いでしょうか。やっぱり、五、六年は基本的な勉強をしなければいけないと思いますし、――」
「それはそうだ。」
「勉強しなけれぁいかん。勉強しなけれぁ。」
「だから、いい先生を紹介して下さい。斎藤市蔵氏は、どうでしょうか。弟も、あの人を尊敬しているようですし、僕もやはりあんなクラシックの人がいいと思うんですけど、――」
「斎藤さんか?」
「いけませんか。津田さんは、斎藤市蔵氏とはお親しいんでしょう?」
「親しいってわけじゃないけど、なにせ僕たちの大学時代からの先生だ。でも、いまの若い人たちには、どうかな? それは紹介してあげてもいいよ、だけど、それからどうするんだ。斎藤さんの内弟子にでもはいるのかね。」
「まさか。まあ、演劇するものの覚悟などを、時たま拝聴に行く程度だろうと思いますけど、まず、どの劇団がいいか、そんな事も伺いたいのでしょう。」
「劇団? 映画俳優じゃないのかね。」
「映画俳優は、サンボルですよ。それの現実にこだわっているわけじゃないんです。とにかく日本一、いや、世界一の役者になりたいんですよ。」
「だからまず、斎藤氏の意見なども聞いて、いい劇団へはいって五年でも十年でも演技を磨きたいという覚悟なのです。あとは映画に出ようが、歌舞伎に出ようが、問題ではないわけです。」
「ばかに手まわしがいいね。あながち、春の一夜の空想でもないわけなんだね?」
「冗談じゃない。僕が失敗しても、弟だけは成功させたいと思っているんです。」
「いや、二人とも成功しなければいかん。とにかく勉強だ。」
「君たちは、いまのところ暮しの心配もないようだから、まあ気長にみっちりやるんだね。めぐまれた環境を無駄にしてはいかん。だけど、役者とは、おどろいたなあ。とに角それじゃ斎藤さんに、紹介の手紙を書きましょう。持って行ってみなさい。頑固な人だからね、玄関払いを食うかも知れんぞ。」
「その時には、また、もう一度、津田さんに紹介状を書いていただきます。」
「芹川も、いつのまにやら図々しくなってしまいやがった。この図々しさが、作品にも、少し出るといいんだがねえ。」
「僕も十年計画で、やり直すつもりです。」
「一生だ。一生の修業だよ。このごろ作品を書いているかね?」
「はあ、どうもむずかしくて。」
「書いていないようだね。」
「君は、日常生活のプライドにこだわりすぎていけない。」


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