GoogleのAI「Gemini」を使用して現代語化しました。
青空文庫図書カード: 太宰治 『正義と微笑』
現代語化
「要らないよ」
「兄さん、ネクタイ外してあげようか」
「要らないよ」
「兄さん、ズボン寝かせてあげようか」
「うるせえな。早く寝ろ。風邪は、もう治ったのか?」
「風邪なんて、忘れちゃったよ。僕は、きょう目黒へ行って来たんだよ」
「学校を、さぼったな」
「学校の帰りに寄って来たんだよ。姉さんがね、兄さんによろしくって言ってたぜ」
「聞く耳は持たん、と言ってやれ。進も、いい加減に、あの姉さんを諦めたほうがいいぜ。よその人だ」
「姉さんは、僕たちの事を、とっても心配してるんだねえ。泣いちゃったんだ」
「何を言ってるんだ。早く寝ろ。そんなつまらないことに興味を持ってるようじゃ、とても日本一の俳優にはなれない。最近、さっぱり勉強もしてないようじゃないか。兄さんには、なんでもよくわかってるんだぜ」
「兄さんだって、全然勉強してないじゃないか。毎日、お酒ばっかり飲んで」
「生意気言うな、生意気を。鈴岡さんに申し訳ないと思ってるから、――」
「だから、鈴岡さんを喜ばせてあげたらいいじゃないか。姉さんは、鈴岡さんを、全然嫌ってないんだとさ」
「お前には、そう言うんだよ。進も、とうとう買収されたな」
「カステラなんかで買収されてたまるもんか。チョッピリ、いや、叔母さんがいけないんだよ。叔母さんが、けしかけたんだ。財産を知らせないとか何とか下品なことを言ってたぜ。でも、そいつは重大じゃないんだ。本当は、僕たちが、いけなかったんだ」
「なぜだ。どこがいけないんだ。僕は、失敬して寝るぜ」
「兄さん。姉さんが泣いてたぜ。兄さんが、毎晩外へ出てお酒を飲んで夜遅くまで帰って来ないと言ったら、姉さんは、めそめそ泣いたぜ」
「それぁ泣くわけだ。自分でわがままを言って、みんなを苦しめてるんだから。進、そこから煙草取ってくれ」
「そうしてね、進も兄さんも、下谷の家が大嫌いなんだろう? って言ってたぜ」
「へえ? 変なことを言いよる」
「だって、そうだったじゃないか。今は違うけど、前は、兄さんだって下谷の家へ、全然遊びに行かなかったじゃないか」
「お前も行かなかったぞ」
「そう、僕も悪かったんだ。なにせ、柔道四段だっていうんで、怖くてね」
「俊雄君のことも、お前はひどく軽蔑してたぜ」
「軽蔑ってわけじゃないけど、なんだか、会いたくなかったんだ。気が重くてね。でも、これからは、仲良くするんだ。よく考えてみたら、いい顔だった」
「ばか」
「鈴岡さんも俊雄君も、とてもいい人だよ。やっぱり、苦労して来た人たちは、違うね。以前だって、悪い人だとは思ってなかったけど、また、悪い人だと思ったら姉さんをお嫁になんかやらなかっただろうけど、あんなにいい人だとは思いもよらなかった。今度、つくづくそう思った。姉さんには、鈴岡さんの良さが、まだよくわかってないんだ。なんだよ、僕たちが遊びに行かないから鈴岡さんと、離婚するって言うのかい? 全然、なってないじゃないか。それが、わがままというものなんだ。19や20のお嬢さんじゃあるまいし、なんてざまなんだ」
「それぁ、姉さんだって、鈴岡さんの良さは、ちゃんとわかってるんだ」
「その鈴岡さんと、僕たちと、どうも気が合わないらしいというので、姉さんは考えてしまったんだ。姉さんは、とても兄さんや僕のことを大事にしてるんだぜ。僕たちも、いけなかったんだよ。よそへ嫁にやったから、他人だなんて、そんなことは無いと思うよ」
「じゃあ一体、僕にどうしろっていうんだ」
「別に、どうしなくても、いいんだ。姉さんは、もう大喜びだよ。兄さんと鈴岡さんが、最近毎晩お酒を飲んで共鳴してるって僕が言ったら、姉さんは、ほんと? と言ってその時の嬉しそうな顔ったら」
「そうか」
「よし、わかった。僕も悪い」
「12時か、進、かまわないから鈴岡さんに電話かけて、今すぐ兄さんが伺いますからって、それから、朝日タクシーにも電話かけて、大至急一台頼んでくれ。その間に僕は、ちょっとお母さんに話して来るから」
原文 (会話文抽出)
「兄さん、お水を持って来てあげようか。」
「要らねえよ。」
「兄さん、ネクタイをほどいてあげようか。」
「要らねえよ。」
「兄さん、ズボンを寝押してあげようか。」
「うるせえな。早く寝ろ。風邪は、もういいのか。」
「風邪なんて、忘れちゃったよ。僕は、きょう目黒へ行って来たんだよ。」
「学校を、さぼったな。」
「学校の帰りに寄って来たんだよ。姉さんがね、兄さんによろしくって言ってたぜ。」
「聞く耳は持たん、と言ってやれ。進も、いい加減に、あの姉さんをあきらめたほうがいいぜ。よその人だ。」
「姉さんは、僕たちの事を、とっても思っているんだねえ。ほろりとしちゃった。」
「何を言ってやがる。早く寝ろ。そんなつまらぬ事に関心を持っているようでは、とても日本一の俳優にはなれやしない。このごろ、さっぱり勉強もしていないようじゃないか。兄さんには、なんでもよくわかっているんだぜ。」
「兄さんだって、ちっとも勉強してないじゃないか。毎日、お酒ばかり飲んで。」
「生意気言うな、生意気を。鈴岡さんにすまないと思うから、――」
「だから、鈴岡さんをよろこばせてあげたらいいじゃないか。姉さんは、鈴岡さんを、ちっともきらいじゃないんだとさ。」
「お前には、そう言うんだよ。進も、とうとう買収されたな。」
「カステラなんかで買収されてたまるもんか。チョッピリ、いや、叔母さんがいけないんだよ。叔母さんが、けしかけたんだ。財産を知らせないとか何とか下品な事を言っていたぜ。でも、そいつは重大じゃないんだ。本当は、僕たちが、いけなかったんだ。」
「なぜだ。どこがいけないんだ。僕は、失敬して寝るぜ。」
「兄さん。姉さんが泣いていたぜ。兄さんが、毎晩そとへ出てお酒を飲んで夜おそくまで帰って来ないと言ったら、姉さんは、めそめそ泣いたぜ。」
「それあぁ泣くわけだ。自分でわがままを言って、みんなを苦しめているんだから。進、そこから煙草をとってくれ。」
「そうしてね、進も兄さんも、下谷の家が大きらいなんだろう? って言ってたぜ。」
「へえ? 妙な事を言いやがる。」
「だって、そうだったじゃないか。いまは違うけど、前は、兄さんだって下谷の家へ、ちっとも遊びに行かなかったじゃないか。」
「お前も行かなかったぞ。」
「そう、僕も悪かったんだ。なにせ、柔道四段だっていうんで、こわくってね。」
「俊雄君の事も、お前はひどく軽蔑してたぜ。」
「軽蔑ってわけじゃないけど、なんだか、逢いたくなかったんだ。気が重くてね。でも、これからは、仲良くするんだ。よく考えてみたら、いい顔だった。」
「ばか。」
「鈴岡さんも俊雄君も、とてもいい人だよ。やっぱり、苦労して来た人たちは、違うね。以前だって、悪い人だとは思っていなかったけど、また、悪い人だと思ったら姉さんをお嫁になんかやりゃしないんだけど、あんなにいい人だとは思わなかった。こんど、つくづくそう思った。姉さんには、鈴岡さんのよさが、まだよくわかっていないんだ。なんだい、僕たちが遊びに行かないから鈴岡さんと、わかれるって言うのかい? ちっとも、なってないじゃないか。それが、わがままというものなんだ。十九や二十のお嬢さんじゃあるまいし、なんてざまだ。」
「それぁ、姉さんにだって、鈴岡さんのよさくらい、ちゃんとわかっているんだ。」
「その鈴岡さんと、僕たちと、どうも気が合わないらしいというので、姉さんは考えてしまったんだ。姉さんは、とても兄さんや僕の事を大事にしているんだぜ。僕たちも、いけなかったんだよ。よそへ嫁にやったから、他人だなんて、そんな事は無いと思うよ。」
「じゃいったい、僕にどうしろっていうんだ。」
「別に、どうしなくても、いいんだ。姉さんは、もう大喜びだよ。兄さんと鈴岡さんが、このごろ毎晩お酒を飲んで共鳴してるって僕が言ったら、姉さんは、ほんと? と言ってその時の嬉しそうな顔ったら。」
「そうか。」
「よし、わかった。僕も悪い。」
「十二時か、進、かまわないから鈴岡さんに電話をかけて、いますぐ兄さんがお伺いしますからって、それから、朝日タクシイにも電話をかけて、大至急一台たのんでくれ。その間に僕は、ちょっとお母さんに話して来るから。」