太宰治 『正義と微笑』 「あら、坊やは少し痩せたわね、叔母さん?」…

GoogleのAI「Gemini」を使用して現代語化しました。


青空文庫図書カード: 太宰治 『正義と微笑』

現代語化

「あら、坊やは少し痩せたわね、叔母さん?」
「あ、坊やは、よしてくれ。いつまでも坊やじゃねえんだ」
「まあ」
「痩せる筈さ。大病になっちゃったんだよ。きょう、やっと起きて歩けるようになったんだ」
「おい、叔母さん、お茶をくれ。のどが乾いて仕様がねえんだ」
「なんです、その口のききかたは!」
「すっかり、不良になっちゃったのね」
「不良にもなるさ。兄さんだって、このごろは、毎晩お酒を飲んで帰るんだ。兄弟そろって不良になってやるんだ。お茶をくれ」
「進ちゃん」
「兄さんは、お前に何か言ったの?」
「何も言やしねえ」
「お前が大病したって本当?」
「ああ、ちょっとね。心配のあまり熱が出たんだ」
「兄さんが、毎晩お酒を飲んで帰るって、本当?」
「そうさ。兄さんも、すっかり人が変ったぜ」
「叔母さん、お茶をくれよ」
「はい、はい」
「どうにか大学へはいって、やれ一安心と思うと、すぐにこんな、不良の真似を覚えるし」
「不良? 僕はいつ不良になったんだい? 叔母さんこそ不良じゃないか。なんだい、チョッピリ女史のくせに」
「ま、なんという事です」
「私にまで、あくたれ口をきいて。ごらん! 姉さんが泣いちゃったじゃないの。私は知っているんですよ。兄さんにけしかけられて、子供のくせに、あばれ込んで来たつもりなんだろうけど、みっともない、楽屋がちゃんと知れていますよ。いったい、チョッピリ女史なんて、なんの事です。少し、言葉をつつしみなさい」
「チョッピリ女史ってのはね、叔母さんの綽名だよ。僕のうちじゃそう呼ぶ事にしているんだ。知らなかったのかい? それじゃ、お茶をチョッピリいただきますよ」
「麹町でも、いい子供ばかりあって、仕合わせだねえ。進ちゃん、いい子だから、もうお帰り。家へ帰って兄さんにね、言いたい事があるならこんな子供なんかを使って寄こさず男らしくご自分でおいでなさい、ってそう言っておくれ。なんだい、陰でこそこそしているばかりで、いっこうに此の頃は、目黒へも姿を見せないじゃないか。兄さんには、私から、うんと言ってやりたい事があるんです。毎晩、酒を飲んで帰るって? だらしがない」
「兄さんの悪口は言わないで下さい」
「叔母さんこそ、言葉をつつしんだらどうですか。僕は何も、兄さんにけしかけられて、ここへ来たんじゃないよ。子供、子供って、甘く見ちゃ困るね。僕にだって、いい人と悪い人の見わけはつくんだ。僕はきょう叔母さんと、喧嘩しに来たんだ。兄さんに関係は無い事だ。兄さんは、こんどの事に就いては誰にもなんにも言ってやしない。そうして、ひとりで心配しているんだ。兄さんは、卑怯な人じゃないぜ」
「さ、お菓子は、どう?」
「おいしいカステラだよ。叔母さんには、なんでもちゃんと判ってるんだから、つまらない悪たれ口はきかないで、お菓子でもたべて、きょうはまあ、お帰り。お前は、大学生になったら、すっかり人が変ったねえ。家にいてもお母さんに、そんな乱暴な口をきくのかね?」
「カステラ? いただきます」
「おいしいね。叔母さん、怒っちゃいけない。お茶をもう一ぱいおくれ。叔母さん、僕はこんどの事に就いては、なんにも知っちゃいないんだけど、だけど、姉さんの気持も、わかるような気がするよ」
「何を言うことやら」
「お前なんかには、わかりゃしないよ」
「さ、どうかな? でも、はっきりした原因は、きっとあるに相違ない」
「それぁね、」
「お前みたいな子供に言ったって仕様がないけど、アリもアリも大アリさ!」
「だいいちお前、結婚してから一年も経っているのに、財産がいくら、収入がいくらという事を、てんで奥さんに知らせないってのは、どういうものかね、あやしいじゃないか」
「鈴岡さんは、それぁ、いまこそ少しは羽振りがいいようだけど、元をただせば、お前たちのお父さんの家来じゃないか。私ゃ、知っていますよ。お前たちはまだ小さくて、知ってないかも知れんが、私ゃ、よく知っていますよ。それぁもう、ずぶんお世話になったもんだ」
「いいじゃないか、そんな事は」
「いいえ、よかないよ。謂わば、まあ、こっちは主筋ですよ。それをなんだい、麹町にも此の頃はとんとごぶさた、ましてや私の存在なんて、どだい、もう、忘れているんですよ。それぁもう私は、どうせ、こんな独身の、はんぱ者なんだから、ひとさまから馬鹿にされても仕様がないけれども、いやしくもお前、こちらは主筋の、――」
「脱線してるよ、叔母さん」
「もういいわよ」
「そんな事より、ねえ、進ちゃん? お前も兄さんも、下谷の家を、とってもきらっているんでしょう? 俊雄さんの事なんか、お前たちは、もう、てんで馬鹿にして、――」
「そんな事はない」
「だって、ことしのお正月にも、来てくれなかったし、お前たちばかりでなく、親戚の人も誰ひとり下谷へは立ち寄ってくれないんだもの。あたしも、考えたの」
「ことしのお正月なんか、進ちゃんの来るのを、とっても楽しみにして待っていたのよ。鈴岡も、進ちゃんを、しんから可愛がって、坊や、坊やって言って、いつも噂をしているのに」
「腹が痛かったんだ、腹が」
「それぁ、行かないのが当り前さ」
「どだい、向うから来やしないんだものね。麹町にも、とんとごぶさただそうだし、私のところへなんか、年始状だって寄こしゃしない。それぁもう、私なんかは、――」
「いけませんでした」
「鈴岡も、書生流というのか、なんというのか、麹町や目黒にだけでなく、ご自分の親戚のおかた達にも、まるでもう、ごぶさただらけなんです。私が何か言うと、親戚は後廻しだ、と言って、それっきりなんですもの」
「それでいいじゃないか」
「まったく、肉親の者にまで、他人行儀のめんどうくさい挨拶をしなければならんとなると、男は仕事も何も出来やしない」
「そう思う?」
「そうさ。心配しなくていいぜ。このごろ兄さんと毎晩おそくまでお酒を飲み歩いている相手は誰だか知ってるかい? 鈴岡さんだよ。大いに共鳴しているらしい。しょっちゅう、鈴岡さんから電話が来るんだ」
「ほんとう?」
「当り前じゃないか」
「鈴岡さんはね、毎朝、尻端折して、自分で部屋のお掃除をしているそうだ。そうしてね、俊雄君が、赤いたすきを掛けてご飯の支度さ。僕は、その話を兄さんから聞いて、下谷の家をがぜん好きになっちゃった。でも、坊やだけは、よしてくれねえかな」
「あらためます」
「だって鈴岡がそう言うもんだから、私までつい口癖になって」
「僕も悪かったし、兄さんだって、うっかりしてたところがあったんだ。叔母さん、ごめんね。さっきはあんな乱暴な事ばかり言って」
「それぁ私だって、まるくおさまったら、これに越した事は、ないと思っていたさ」
「だけど、進ちゃんも、利巧になったねえ。舌を巻いたよ。でもね、あの、チョッピリだの何だのと言って、年寄りをひやかすのだけは、やめておくれ」
「あらためます」

原文 (会話文抽出)

「あら、坊やは少し痩せたわね、叔母さん?」
「あ、坊やは、よしてくれ。いつまでも坊やじゃねえんだ。」
「まあ。」
「痩せる筈さ。大病になっちゃったんだよ。きょう、やっと起きて歩けるようになったんだ。」
「おい、叔母さん、お茶をくれ。のどが乾いて仕様がねえんだ。」
「なんです、その口のききかたは!」
「すっかり、不良になっちゃったのね。」
「不良にもなるさ。兄さんだって、このごろは、毎晩お酒を飲んで帰るんだ。兄弟そろって不良になってやるんだ。お茶をくれ。」
「進ちゃん。」
「兄さんは、お前に何か言ったの?」
「何も言やしねえ。」
「お前が大病したって本当?」
「ああ、ちょっとね。心配のあまり熱が出たんだ。」
「兄さんが、毎晩お酒を飲んで帰るって、本当?」
「そうさ。兄さんも、すっかり人が変ったぜ。」
「叔母さん、お茶をくれよ。」
「はい、はい。」
「どうにか大学へはいって、やれ一安心と思うと、すぐにこんな、不良の真似を覚えるし。」
「不良? 僕はいつ不良になったんだい? 叔母さんこそ不良じゃないか。なんだい、チョッピリ女史のくせに。」
「ま、なんという事です。」
「私にまで、あくたれ口をきいて。ごらん! 姉さんが泣いちゃったじゃないの。私は知っているんですよ。兄さんにけしかけられて、子供のくせに、あばれ込んで来たつもりなんだろうけど、みっともない、楽屋がちゃんと知れていますよ。いったい、チョッピリ女史なんて、なんの事です。少し、言葉をつつしみなさい。」
「チョッピリ女史ってのはね、叔母さんの綽名だよ。僕のうちじゃそう呼ぶ事にしているんだ。知らなかったのかい? それじゃ、お茶をチョッピリいただきますよ。」
「麹町でも、いい子供ばかりあって、仕合わせだねえ。進ちゃん、いい子だから、もうお帰り。家へ帰って兄さんにね、言いたい事があるならこんな子供なんかを使って寄こさず男らしくご自分でおいでなさい、ってそう言っておくれ。なんだい、陰でこそこそしているばかりで、いっこうに此の頃は、目黒へも姿を見せないじゃないか。兄さんには、私から、うんと言ってやりたい事があるんです。毎晩、酒を飲んで帰るって? だらしがない。」
「兄さんの悪口は言わないで下さい。」
「叔母さんこそ、言葉をつつしんだらどうですか。僕は何も、兄さんにけしかけられて、ここへ来たんじゃないよ。子供、子供って、甘く見ちゃ困るね。僕にだって、いい人と悪い人の見わけはつくんだ。僕はきょう叔母さんと、喧嘩しに来たんだ。兄さんに関係は無い事だ。兄さんは、こんどの事に就いては誰にもなんにも言ってやしない。そうして、ひとりで心配しているんだ。兄さんは、卑怯な人じゃないぜ。」
「さ、お菓子は、どう?」
「おいしいカステラだよ。叔母さんには、なんでもちゃんと判ってるんだから、つまらない悪たれ口はきかないで、お菓子でもたべて、きょうはまあ、お帰り。お前は、大学生になったら、すっかり人が変ったねえ。家にいてもお母さんに、そんな乱暴な口をきくのかね?」
「カステラ? いただきます。」
「おいしいね。叔母さん、怒っちゃいけない。お茶をもう一ぱいおくれ。叔母さん、僕はこんどの事に就いては、なんにも知っちゃいないんだけど、だけど、姉さんの気持も、わかるような気がするよ。」
「何を言うことやら。」
「お前なんかには、わかりゃしないよ。」
「さ、どうかな? でも、はっきりした原因は、きっとあるに相違ない。」
「それぁね、」
「お前みたいな子供に言ったって仕様がないけど、アリもアリも大アリさ!」
「だいいちお前、結婚してから一年も経っているのに、財産がいくら、収入がいくらという事を、てんで奥さんに知らせないってのは、どういうものかね、あやしいじゃないか。」
「鈴岡さんは、それぁ、いまこそ少しは羽振りがいいようだけど、元をただせば、お前たちのお父さんの家来じゃないか。私ゃ、知っていますよ。お前たちはまだ小さくて、知ってないかも知れんが、私ゃ、よく知っていますよ。それぁもう、ずいぶんお世話になったもんだ。」
「いいじゃないか、そんな事は。」
「いいえ、よかないよ。謂わば、まあ、こっちは主筋ですよ。それをなんだい、麹町にも此の頃はとんとごぶさた、ましてや私の存在なんて、どだい、もう、忘れているんですよ。それぁもう私は、どうせ、こんな独身の、はんぱ者なんだから、ひとさまから馬鹿にされても仕様がないけれども、いやしくもお前、こちらは主筋の、――」
「脱線してるよ、叔母さん。」
「もういいわよ。」
「そんな事より、ねえ、進ちゃん? お前も兄さんも、下谷の家を、とってもきらっているんでしょう? 俊雄さんの事なんか、お前たちは、もう、てんで馬鹿にして、――」
「そんな事はない。」
「だって、ことしのお正月にも、来てくれなかったし、お前たちばかりでなく、親戚の人も誰ひとり下谷へは立ち寄ってくれないんだもの。あたしも、考えたの。」
「ことしのお正月なんか、進ちゃんの来るのを、とっても楽しみにして待っていたのよ。鈴岡も、進ちゃんを、しんから可愛がって、坊や、坊やって言って、いつも噂をしているのに。」
「腹が痛かったんだ、腹が。」
「それぁ、行かないのが当り前さ。」
「どだい、向うから来やしないんだものね。麹町にも、とんとごぶさただそうだし、私のところへなんか、年始状だって寄こしゃしない。それぁもう、私なんかは、――」
「いけませんでした。」
「鈴岡も、書生流というのか、なんというのか、麹町や目黒にだけでなく、ご自分の親戚のおかた達にも、まるでもう、ごぶさただらけなんです。私が何か言うと、親戚は後廻しだ、と言って、それっきりなんですもの。」
「それでいいじゃないか。」
「まったく、肉親の者にまで、他人行儀のめんどうくさい挨拶をしなければならんとなると、男は仕事も何も出来やしない。」
「そう思う?」
「そうさ。心配しなくていいぜ。このごろ兄さんと毎晩おそくまでお酒を飲み歩いている相手は誰だか知ってるかい? 鈴岡さんだよ。大いに共鳴しているらしい。しょっちゅう、鈴岡さんから電話が来るんだ。」
「ほんとう?」
「当り前じゃないか。」
「鈴岡さんはね、毎朝、尻端折して、自分で部屋のお掃除をしているそうだ。そうしてね、俊雄君が、赤いたすきを掛けてご飯の支度さ。僕は、その話を兄さんから聞いて、下谷の家をがぜん好きになっちゃった。でも、坊やだけは、よしてくれねえかな。」
「あらためます。」
「だって鈴岡がそう言うもんだから、私までつい口癖になって。」
「僕も悪かったし、兄さんだって、うっかりしてたところがあったんだ。叔母さん、ごめんね。さっきはあんな乱暴な事ばかり言って。」
「それぁ私だって、まるくおさまったら、これに越した事は、ないと思っていたさ。」
「だけど、進ちゃんも、利巧になったねえ。舌を巻いたよ。でもね、あの、チョッピリだの何だのと言って、年寄りをひやかすのだけは、やめておくれ。」
「あらためます。」


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