太宰治 『正義と微笑』 「お前の日記を見たよ。あれを見て、兄さんも…

GoogleのAI「Gemini」を使用して現代語化しました。


青空文庫図書カード: 太宰治 『正義と微笑』

現代語化

「お前の日記読んだぜ。あれ読んで、俺も一緒に家出してみたくなったくらいだ」
「でも、それマジダサかっただろうな。無理もねえよ、俺まで目が血走ってあたふたと家出しても、マジナンセンスじゃん。木島もびっくりするよ。で、木島も、あの日記読んで、自分も家出するって。そんで、お母さんも梅もみんな家出して、みんなでまた新しく一軒、家借りたって」
「R大学の発表っていつ?」
「6日」
「R大はパスすると思うけど、どうだい、パスならずっと続ける気ある?」
「続けてもいいんだけどさー」
「はっきりしたほうがいいよ。続ける気ねえんだろ?」
「ねえ」
「楽に話そうぜ。実は俺も、先月、大学やめた。いつまでも無駄な授業料払っても意味ねえし。これから10年かけて、なんとかいい小説書いてやるつもりだ。今まで書いてたのは全部ダメだ。いい気なものだったよ。全然なってねえんだ。生活がだらしないんだな。一人で大先生気取りで、徹夜ばっかしてた。今年からは新規まき直しでやってみるつもりだ。進も、どうだい、今年から一緒に勉強してみないか?」
「勉強? また一高受けるの?」
「何言ってんだ。もうそんな無理は言わねえよ。受験勉強だけが勉強じゃねえ。お前の日記にも書いてあったじゃないか。将来の目標が、いつの間にか決まっていました、なんて書いてあったけど、あれ嘘かい?」
「嘘じゃないけど、実は俺にもよくわかんねえんだ。はっきり決まってるような気がしてるんだけど、具体的に、どうもわかんねえ」
「映画俳優」
「なにそれ」
「そうなんだよ。お前は映画俳優になりたいんだよ。別に悪いことじゃねえじゃないか。日本一の映画俳優だったら、立派なものじゃないか。お母さんも喜ぶだろ」
「兄さん、怒ってんの?」
「怒ってねえよ。でも、心配だ。超心配だ。進、お前はもう17歳だぜ。何になるにしても、まだまだ勉強しなきゃいけねえ。それはわかってるよな?」
「俺、兄さんとは違って頭悪いから、他に何もできねえんだ。だから、俳優とかも考えるんだけどさー」
「俺が悪いんだ。俺が無責任に、お前を芸術の雰囲気に巻き込んだのがいけなかった。どうも不注意だった。罰だ」
「兄さん」
「そんなに、芸術って悪いものなの?」
「失敗したら悲惨だからさ。でもお前がこれからその勉強を一生懸命にやるつもりなら、俺も何も反対しねえよ。反対どころか、一緒に助け合って勉強して行こうと思ってる。まあ、これから10年の修業だ。やって行けるか?」
「やってみます」
「そうか」
「それなら、まず、R大も行けよ。卒業するしないは別として、とにかく、R大には入れ。大学生生活も少しは味わっといたほうがいいよ。約束する。それから、今はすぐ映画のほうに行こうと思わず、5、6年、いや、7、8年でも、どっかのいい劇団に入って、基本的な技術をみっちり仕込んでもらうんだ。どの劇団に入るかは、またあとで二人で考えよう。そこまでだ。不服はねえだろう。俺、眠くなってきた。寝よう。もう10年くらい、細々ながら生活するくらいのお金はある。心配いらねえよ」

原文 (会話文抽出)

「お前の日記を見たよ。あれを見て、兄さんも一緒に家出をしたくなったくらいだ。」
「でも、そいつぁ滑稽だったろうな。無理もねえ、なんて僕まで眼のいろを変えてあたふたと家出してみたところで、まるで、ナンセンスだものね。木島も、おどろくだろう。そうして木島も、あの日記を読んで、これも家出だ。そうして、お母さんも梅やも、みんな家出して、みんなで、あたらしくまた一軒、家を借りた、なんて。」
「R大学のほうの発表は、いつだい?」
「六日。」
「R大学のほうはパスだろうと思うけど、どうだい、パスなら、ずっとやって行く気かい?」
「やって行ってもいいんだけど、――」
「はっきり言ったほうがいいぜ。やって行く気は無いんだろう?」
「無いんだ。」
「楽に話そう。実はね、兄さんも、先月、大学のほうは、よした。いつまでも、むだに授業科ばかり納めているのも意味がないしね。これから十年計画で、なんとかして、いい小説を書いてみるつもりだ。いま迄、書いて来たものは、みんなだめだ。いい気なものだったよ。てんでなっちゃいないんだ。生活が、だらしなかったんだね。ひとりで大家気取りで、徹夜なんかしてさ。ことしから、新規蒔直しで、やってみるつもりだ。進も、ひとつ、どうだい、ことしから一緒に勉強してみないか?」
「勉強? もういちど一高を受けるの?」
「何を言ってるんだ。もう、そんな無理は言わんよ。受験勉強だけが勉強じゃない。お前の日記にも書いてあったじゃないか。将来の目標が、いつのまにやら、きまっていました、なんて書いてあったけど、あれは嘘かい?」
「嘘じゃないけど、本当は、僕にも、よくわからないんだ。はっきり、きまっているような気がしているんだけど、具体的に、なんだか、わからない。」
「映画俳優。」
「まさか。」
「そうなんだよ。お前は映画俳優になりたいんだよ。何も悪い事がないじゃないか。日本一の映画俳優だったら、立派なものじゃないか。お母さんも、よろこぶだろう。」
「兄さん、怒ってるの?」
「怒ってやしない。けれども、心配だ。非常に心配だ。進、お前は十七だね。何になるにしても、まだまだ勉強しなければいけない。それは、わかってるね?」
「僕は兄さんと違って、頭がわるいから、ほかには何も出来そうもないんだ。だから、俳優なんて事も、考えるのだけど、――」
「僕がわるいんだ。僕が無責任に、お前を、芸術の雰囲気なんかに巻き込んでしまったのがいけなかったんだ。どうも不注意だった。罰だ。」
「兄さん、」
「そんなに、芸術って、悪いものなの?」
「失敗したら悲惨だからねえ。でもお前は、これから、その方の勉強を一生懸命にやって行くつもりならば、兄さんだって、何も反対はしないよ。反対どころか、一緒に助け合って勉強して行こうと思っている。まあ、これから十年の修業だ。やって行けるかい?」
「やって行きます。」
「そうか。」
「それなら、まず、R大学へも行け。卒業するしないは別として、とにかく、R大学へはいりなさい。大学生生活も少しは味わって置いたほうがいいよ。約束するね。それから、いますぐ、映画なんかのほうへ行こうと思わず、五六年、いや、七八年でも、どこか一流のいい劇団へかよって、基本的な技術を、みっちり仕込んでもらうんだ。どこの劇団へはいるか、そいつは、またあとで二人で研究しよう。そこまでだ。不服は無いだろう。兄さんは眠くなって来たよ。眠ろう。もう十年くらい、細々ながら生活するくらいのお金はある。心配無用だ。」


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