島崎藤村 『夜明け前』 「なあ、お富。」…

GoogleのAI「Gemini」を使用して現代語化しました。


青空文庫図書カード: 島崎藤村 『夜明け前』

現代語化

「なあ、お富。」
「4年は長かったよな。」
「半蔵さんの飛騨行きがですか。」
「そう。」
「俺に言わせると、最初からあのお民さんを連れて行かなかったのは、ウソだったんだろ。」
「うん、それもあるな。まあいい加減に切り上げて、早く馬籠へお帰りなさるといい。あの半蔵さんが40代で隠居して、青山の家を子に譲って、それから水無神社の宮司を志したと思ってごらん。忘れもしない――あの人が俺のところへ暇乞いに来て、自分はもう古い青山の家に用のない人間だから、お袋の言葉に従ったッて、そう言ったよ。あの時は、お粂さんもまだ植松のお嫁さんに行く前で、あれほど物を思い詰めるくらいの娘だから、こう顔を伏せて、目の縁が真っ赤に腫れるほど泣きながら、飛騨行きのお父さんを見送ったッけが、お粂さんにはその同情があったんだな。あれから半蔵さんが途中の中津川からおれのところへ手紙をよこした。自分はこの飛騨行きを天の命とも考えるなんて。ああいうところが半蔵さんらしい。2年、3年の後、自分はむなしく帰るかもしれない、あるいは骨となって帰るかもしれないが、ただただ天の命を果たしうればそれでいいなんて書いてよこしたことを覚えている。えらい意気込みさね。なんでも飛騨の方から出て来た人の話には、今度の水無神社の宮司さまのなさるものは、それは大層なご説教で、この国の歴史のことや神さまのことを村の者に説いて聞かせるうちに、いつでもしまいには自分で泣いておしまいなさる。社殿の方で祝詞なぞをあげる時にも、泣いておいでなさることがある。村の若い衆なぞはまた、そんな宮司さまの顔を見ると、子供みたいにふき出したくなるそうだ。でも、あの半蔵さんのことを敬神の念が強い人だとは皆思うらしいね。そういう熱心さで4年も神主を勤めたと考えてごらんな、とても体が続くもんじゃない。もうお帰りなさるといい、お帰りなさるといい――そりゃ平田門人というものはこれまでですでにやるべきことはやったんだ、この維新が来るまでにあの人たちが心配したり奔走したりしたことだけでもたくさんだ、だれがなんと言ってもあの苦労は報われるはずもないからな。」

原文 (会話文抽出)

「なあ、お富。」
「四年は長過ぎたなあ。」
「半蔵さんの飛騨がですか。」
「そうさ。」
「わたしに言わせると、はじめからあのお民さんを連れて行かなかったのは、うそでしたよ。」
「うん、それもあるナ。まあいい加減に切り揚げて、早く馬籠へお帰りなさるがいい。あの半蔵さんが四十代で隠居して、青山の家を子に譲って、それから水無神社の宮司をこころざして行ったと思ってごらん。忘れもしない――あの人がおれのところへ暇乞いに来て、自分はもう古い青山の家に用のないような人間だから、お袋(おまん)の言葉に従ったッて、そう言ったよ。あの時は、お粂さんもまだ植松のお嫁さんに行かない前で、あれほど物を思い詰めるくらいの娘だから、こう顔を伏せて、目の縁の紅く腫れるほど泣きながら、飛騨行きのお父さんを見送ったッけが、お粂さんにはその同情があったのだね。あれから半蔵さんが途中の中津川からおれのところへ手紙をよこした。自分はこの飛騨行きを天の命とも考えるなんて。ああいうところが半蔵さんらしい。二年、三年の後、自分はむなしく帰るかもしれない、あるいは骨となって帰るかもしれないが、ただただ天の命を果たしうればそれでいいなんて書いてよこしたことを覚えている。えらい意気込みさね。なんでも飛騨の方から出て来た人の話には、今度の水無神社の宮司さまのなさるものは、それは弘大な御説教で、この国の歴史のことや神さまのことを村の者に説いて聞かせるうちに、いつでもしまいには自分で泣いておしまいなさる。社殿の方で祝詞なぞをあげる時にも、泣いておいでなさることがある。村の若い衆なぞはまた、そんな宮司さまの顔を見ると、子供のようにふき出したくなるそうだ。でも、あの半蔵さんのことを敬神の念につよい人だとは皆思うらしいね。そういう熱心で四年も神主を勤めたと考えてごらんな、とてもからだが続くもんじゃない。もうお帰りなさるがいい、お帰りなさるがいい――そりゃ平田門人というものはこれまですでになすべきことはなしたのさ、この維新が来るまでにあの人たちが心配したり奔走したりしたことだけでもたくさんだ、だれがなんと言ってもあの骨折りが埋められるはずもないからナ。」


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