島崎藤村 『夜明け前』 「青山君、あれで老先生(平田鉄胤のこと)も…

GoogleのAI「Gemini」を使用して現代語化しました。


青空文庫図書カード: 島崎藤村 『夜明け前』

現代語化

「青山君、あれでも老先生(平田鉄胤のこと)も、もう十年若かったらねえ。」
「明治維新の声を聞いた時、先生は六十七歳の高齢だからね。先生を中心にした時代は――まあ、実際のところは、明治三年までだね。」
「あの年の六月には、先生も大学の方を辞めたって聞いてるよ。」
「見てみろ。」
「僕たちは互いに十年の後に期待してた。こんな早く国学者が認められる時が来るとは思ってなかった。そりゃ、この大政の復古が建武中興の昔に戻るようなことじゃいけない、神武の創業まで帰って行くことでなくちゃいけない――ああいうことを言い出したのも、あの玉松あたりさ。復古は互いの信条だからね。でも君、復古が復古であるというのは、それが達成できないところにあるんだよ。そう簡単にできるものが、復古じゃない。ところが世間の人はそうは思わないんだ。あの明治三年あたりまでの勢いと来たら、本居平田の学説も知らないのは人間じゃないみたいなことまで言い出した。それこそ、猫も杓子もだよ。篤胤先生の著作なんてずいぶん広く行なわれたね。ところが君、その結果は、というと、何が『古事記伝』や『古史伝』を著わした人たちの真意かもよくわからないうちに、みんな素通りだ。いくら、昨日の新は今日の旧だというような、こんな潮流の急な時代でも、これじゃ――まったく、ひどいよ。」
「暮田さん、」
「私はこれからだと思ってるよ。」
「それだよ。」
「僕たちはまだ、一歩踏み出したばかりじゃないかね?」
「君の言う通りさ。今になってよく考えてみると、何十年かかったらこの維新が本当に成就されるものか、ちょっと見当がつかない。あれでも鉄胤先生なんての意思も、政治を高めるというところにあったんだろうし、同門には越前の中根雪江みたいな人もいて、ずいぶん先生を助けもしたんだろうがね、いくら先生も年には勝てない。この維新の序幕の中で、先生も年老いて行かれたようなものさね。まだそれでも、明治四年あたりまではよかった。版籍を奉還した諸侯が知事でいて、その下に立つ旧藩の人たちが民政をやった時分には、少なくとも維新の成就するまではと言ったものだし、また実際それを心がけた藩もあった。いよいよ廃藩の実行となると、こいつがうるさい。江戸大城の明け渡しには異議なしでも、自分たちの城まで明け渡せとなると、中には考えてしまった藩もあるからね。一方には郡県の政治が始まる。官吏の就職運動が激しい。成り上がり者の官吏の中にはむやみに威張りたがるような乱暴なやつが出てくる。さっきも君の言うとおり、なかなか地方の官吏にはその人が得られないんだよ。国家の事業は窮屈な官業に混同されてしまって、この調子で行ったらますます官僚万能の世の中さ。まあ、青山君、君だって、こんなはずじゃなかったと思うよ。見てみろ、この際、力を奪おうとする連中なんてが士族仲間から頭を持ち上げてきたぜ。征韓、征韓――あの声はどうだ。もとより膺懲のことは忘れてはいけない。たとえ外国と和親を結んでも、曲直は明らかにしなければならない。国内の不正もまたたださなければならない。それはもう当然なことだ。でも全国人民の後ろ盾なしに、そんな力が奪えるものか、どうか。なるほど、不満のはけ口のない士族はそれで収まるかもしれないが、百姓や町人はどうなる。維新の成就もまだあやふやなところへ持ってきて、また中世を造るようなことがあってはならない。早く中世を抜け出せというのが、あの本居先生なんてが教えたことじゃなかったですか……」

原文 (会話文抽出)

「青山君、あれで老先生(平田鉄胤のこと)も、もう十年若くして置きたかったね。」
「明治御一新の声を聞いた時に、先生は六十七歳の老年だからね。先生を中心にした時代は――まあ、実際の話が、明治の三年までだね。」
「あの年の六月には、先生も大学の方をお辞めになったように聞いていますが。」
「見たまえ。」
「われわれはお互いに十年の後を期した。こんなに早く国学者の認められる時が来ようとも思わなかった。そりゃ、この大政の復古が建武中興の昔に帰るようなことであっちゃならない、神武の創業にまで帰って行くことでなくちゃならない――ああいうことを唱え出したのも、あの玉松あたりさ。復古はお互いの信条だからね。しかし君、復古が復古であるというのは、それの達成せられないところにあるのさ。そう無造作にできるものが、復古じゃない。ところが世間の人はそうは思いませんね。あの明治三年あたりまでの勢いと来たら、本居平田の学説も知らないものは人間じゃないようなことまで言い出した。それこそ、猫も、杓子もですよ。篤胤先生の著述なぞはずいぶん広く行なわれましたね。ところが君、その結果は、というと、何が『古事記伝』や『古史伝』を著わした人たちの真意かもよくわからないうちに、みんな素通りだ。いくら、昨日の新は今日の旧だというような、こんな潮流の急な時勢でも、これじゃ――まったく、ひどい。」
「暮田さん、」
「わたしなぞは、これからだと思っていますよ。」
「それさ。」
「われわれはまだ、踏み出したばかりじゃありませんかね。」
「君の言うとおりさ。今になってよく考えて見ると、何十年かかったらこの御一新がほんとうに成就されるものか、ちょいと見当がつかない。あれで鉄胤先生なぞの意志も、政治を高めるというところにあったろうし、同門には越前の中根雪江のような人もあって、ずいぶん先生を助けもしたろうがね、いかな先生も年には勝てない。この御一新の序幕の中で、先生も老いて行かれたようなものさね。まだそれでも、明治四年あたりまではよかった。版籍を奉還した諸侯が知事でいて、その下に立つ旧藩の人たちが民政をやった時分には、すくなくも御一新の成就するまではと言ったものだし、また実際それを心がけた藩もあった。いよいよ廃藩の実行となると、こいつがやかましい。江戸大城の明け渡しには異議なしでも、自分らの城まで明け渡せとなると、中には考えてしまった藩もあるからね。一方には郡県の政治が始まる。官吏の就職運動が激しくなる。成り上がり者の官吏の中にはむやみといばりたがるような乱暴なやつが出て来る。さっきも君の話のように、なかなか地方の官吏にはその人も得られないのさ。国家の事業は窮屈な官業に混同されてしまって、この調子で行ったらますます官僚万能の世の中さ。まあ、青山君、君だって、こんなはずじゃなかったと思うでしょう。見たまえ、この際、力をかつぎ出そうとする連中なぞが士族仲間から頭を持ち上げて来ましたぜ。征韓、征韓――あの声はどうです。もとより膺懲のことは忘れてはならない。たとい外国と和親を結んでも、曲直は明らかにせねばならない。国内の不正もまたたださねばならない。それはもう当然なことです。しかし全国人民の後ろ楯なしに、そんな力がかつぎ出せるものか、どうか。なるほど、不平のやりどころのない士族はそれで納まるかもしれないが、百姓や町人はどうなろう。御一新の成就もまだおぼつかないところへ持って来て、また中世を造るようなことがあっちゃならない。早く中世をのがれよというのが、あの本居先生なぞの教えたことじゃなかったですか……」


青空文庫現代語化 Home リスト