島崎藤村 『夜明け前』 「まあ、座蒲団でも敷いてください。ここは会…

GoogleのAI「Gemini」を使用して現代語化しました。


青空文庫図書カード: 島崎藤村 『夜明け前』

現代語化

「座蒲団でも敷きますか。ここは会所なんで、なんも気にしないでくださいよ。お茶だけでも飲んでって下さいな。」
「吉左衛門さんて、粘り強いよねぇ。」
「そりゃあ、寿平次さん、何十年もこの街道の世話して来たんですから、体も鍛えられてるんですよ。」
「あの病人(吉左衛門),寝てても宿場のことを心配してんだってぇ。ああ、気にしすぎちゃうよ。自分の病気のせいで半蔵の勤めにも影響が出るって、青山親子に迷惑かけるわけにはいかねえって、どこまで行っても吉左衛門さんらしいよねぇ。」
「へぇ、そんな話になりましたか。」
「にしても、看病も大変だったのよ。あれで半蔵さんが1週間以上もろくろく寝なかったんだろ。よく体が持ったよ。俺は半蔵を疲れさせないように、会所の事務はなるべく自分でやってたけど、そこにあの凱旋さ、凱旋でしょう。助郷の人馬が滞る。御剪紙(きりがみ)が来る。正直目が回りそうだったよ。」
「いやぁ、今回の通行には妻籠でも大変だったですよ。」
「何しろ、戦に勝ってきた勢いで、鼻息が荒いんだよなぁ。あれは先月の28日だったよ。妻籠には鍬野様から連絡があって、明日大勢のお侍様が来るから、宿でもごちそうしてくれって、そういう話があったんですって。こっちも大勢の通行だけで大変なところに、ごちそうの準備だなんて。大慌てですよ。その連絡は馬籠にもありましたろ?」
「ありました。」
「最初の連絡があった時は、お出迎えが足りないのかと思ってたんです。奥筋の方でもあの侍衆に苦労したって話がありましたけど、その意味がはっきりしてなかったんですよ。そしたらまた2度目の連絡が来る。今度は飛脚で、しかも夜中にたたき起こされるんです。あの時は俺もびっくりしましたよ。上四か宿の宿役人1人と女中1人が処刑されて、首を2つ取られたって言うんですよ。」
「その話さ。三留野あたりの旅籠屋じゃ、みんな震えながら宿をしたとか聞きましたよ。」
「ちょっと待ってください。」
「実は、後で俺も考えてみたんですよ。これには何か理由があるはずだって。凱旋の酒の上ぐらいで、そんな乱暴はしないだろって。福島辺は今、かなりごたごたしてるみたいで、官軍の対応が下四か宿とは違うんじゃないかって。その話をうちのおふくろにしたら、ばあさんはしばらく黙ってたんです。そしたら、突然『街道の世話をする宿役人を処刑するなんて、よっぽどひどいことよ、いくら官軍の天下になったからって、そんなわがままは許せねえ』って言うんですよ。」
「うん、その意見には俺も賛成だなぁ。」
「お前の親父さんは金儲けにも抜け目ねえけど、根は真面目なんだよなぁ。」

原文 (会話文抽出)

「まあ、座蒲団でも敷いてください。ここは会所で何もおかまいはできませんが、お茶でも一つ飲んで行ってください。」
「なんと言っても、馬籠のお父さん(吉左衛門のこと)にはねばり強いところがありますね。」
「そりゃ、寿平次さん、何十年となくこの街道の世話をして来た人で、からだの鍛えからして違いますさ。」
「どうもあの病人は、寝ていても宿場のことを心配する。ああ気をもんじゃえらい。自分の病気から、半蔵の勤めぶりにまで響くようじゃ申しわけがない、青山親子に怠りがあると言われてはまことに済まないなんて、吉左衛門さんはどこまでも吉左衛門さんらしい。」
「へえ、そんなお話が出ましたか。」
「なにしろ、看護も届いたんです。あれで半蔵さんは七日か八日もろくに寝なかったでしょう。よくからだが続きましたよ。わたしはあの人を疲れさせないようにと思って、会所の事務なぞはなるべく自分で引き受けるようにしていましたが、そこへあの凱旋、凱旋でしょう。助郷の人馬は滞る。御剪紙は来る。まったく一時は目を回してしまいました。」
「いや、はや、今度の御通行には妻籠でも心配しましたよ。」
「何にしろ、戦に勝って来た勢いで、鼻息が荒いや。あれは先月の二十八日でした。妻籠へは鍬野様からお知らせがあって、あすお着きになるおおぜいの御家中方へは、宿々でもごちそうする趣だから、妻籠でもその用意をするがいいなんて、そんなことを言って来ましたっけ。こちらはおおぜいの御通行だけでも難渋するところへもって来て、ごちそうの用意さ。大まごつきにも何にも。あのお知らせは馬籠へもありましたろう。」
「ありました。」
「なんでも最初のお知らせのあった時は、お取り持ちのしかたが足りないとでも言われるのかぐらいに思っていました。奥筋の方でもあの御家中方には追い追い難儀をしたとありましたが、その意味がはっきりしませんでした。そこへ、また二度目の知らせがある。今度は飛脚で、しかも夜中にたたき起こされる。あの時ばかりは、わたしもびっくりしましたよ。上四か宿の内で、宿役人が一人に女中が一人手打ちにされて、首を二つ受け取ったと言うんでしょう。」
「その話さ。三留野あたりの旅籠屋じゃ、残らず震えながらお宿をしたとか聞きましたっけ。」
「待ってくださいよ。」
「実は、あとでわたしも考えて見ました。これには何か子細があります。凱旋の酒の上ぐらいで、まさかそんな乱暴は働きますまい。福島辺は今、よほどごたごたしていて、官軍の迎え方が下四か宿とは違うんじゃありますまいか。その話をわたしは吾家の隠居にしましたところ、隠居はしばらく黙っていました。そのうちに、あの隠居が何を言い出すかと思いましたら、しかし街道の世話をする宿役人を手打ちにするなんて、はなはだもってわがままなしかただ、いくら官軍の天下になったからって、そんなわがままは許せない、ですとさ。」
「いや、その説にはわたしも賛成だ。」
「君のところの老人は金をもうけることにも抜け目がないが、あれでなかなか奇骨がある。」


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