島崎藤村 『夜明け前』 「そう言えば、半蔵、こないだ金兵衛さんが見…

GoogleのAI「Gemini」を使用して現代語化しました。


青空文庫図書カード: 島崎藤村 『夜明け前』

現代語化

「そういえば、半蔵、こないだ金兵衛さんが見舞いに来た時に、俺はその老友と二人で新政府の財政のことを話したよ。これだけの兵隊を動かすだけでも、莫大な費用だろう。金兵衛さんは、お前、あのとおり商人気質の人だから、いったい今回の戦費はどこから出るのかって、言い出した。そりゃ各藩から出るに決まってる、そう俺が答えたら、あの金兵衛さんは声を低くして、各藩からはもちろんだけど、そのほかに京都大阪の町人たちが御用達のことを聞いたかって言うのさ。100万両以上の調達を引き受けた大きな町家もあるという話だぜ。そんな大金の調達を申し付ける代わりに、新政府でそれ相応な待遇を与えなきゃなるまい。こりゃ俺たちの時代に藩から苗字帯刀を許したぐらいのことじゃ済むまいぞ。王政御一新はありがたいが、とんでもないところに禍根が残らなきゃいいが。金兵衛さんが帰って行ったあとで、俺はずっとその噂について考えたよ」
「金兵衛さんで思い出した」
「俺なんかはもう人生も残り少ない。そこへ行くと、あの伏見屋の隠居はよくそれでもあんなに元気でいると思うよ。年はおれより2つも上だが、あの人にはまだ情熱があるようだ」
「情熱があるのは素晴らしいことですよ」
「あれで金兵衛さんも、大事な息子(鶴松)は見送るし、この正月にはお玉さん(後妻)のお葬式まで出して、さぞがっかりなさるかと思いましたが――」
「どうして、あの年になって、馬の七夜の祝いにでも呼ばれて行こうという人だ。俺はその金兵衛さんが、古屋敷の洞窟に120本も杉苗を植えたことを知ってる――世の中が激変してるこのご時世にだぜ。あれほどの旺盛な活動欲は、俺にはないな。俺なんかはお前、できるだけ静かに人生を歩み続けてきたようなものさ。俺は、あの徳川様の代に仕えたものがだんだんに亡くなっていくのを見てきた。俺も、もう長くはあるまい……それでもよく本陣、問屋、庄屋を勤めあげたよ。そうあの半六親父が草葉の陰で待ってて、この俺を待っていてくれるような気がする……」
「そんな、お父さんのように不安になるなんていけません」
「いや、半蔵には御嶽に籠ってもらうよう頼んだがね、俺の寿命が今年の70歳で尽きることは、ある人相見に言われたことがあるよ」
「ほら、半蔵。お父さんはすぐあれだもの」

原文 (会話文抽出)

「そう言えば、半蔵、こないだ金兵衛さんが見舞いに来てくれた時に、おれはあの老友と二人で新政府のお勝手向きのことを話し合ったよ。これだけの兵隊を動かすだけでも、莫大な費用だろう。金兵衛さんは、お前、あのとおり町人気質の人だから、いったい今度の戦費はどこから出るなんて、言い出した。そりゃ各藩から出るにきまってます、そうおれが答えたら、あの金兵衛さんは声を低くして、各藩からは無論だが、そのほかに京大坂の町人たちが御用達のことを聞いたかと言うのさ。百何十万両の調達を引き受けた大きな町家もあるという話だぜ。そんな大金の調達を申し付けるかわりには、新政府でそれ相応な待遇を与えなけりゃなるまい。こりゃおれたちの時代に藩から苗字帯刀を許したぐらいのことじゃ済むまいぞ。王政御一新はありがたいが、飛んだところに禍いの根が残らねばいいが。金兵衛さんが帰って行ったあとで、おれはひとりでそのうわささ。」
「金兵衛さんで思い出した。」
「おれなぞはもう日暮れ道遠しだ。そこへ行くと、あの伏見屋の隠居はよくそれでもあんなにからだが続くと思うよ。年はおれより二つも上だが、あの人にはまだかんかん日があたってる。」
「かんかん日があたってるはようござんした。」
「あれで金兵衛さんも、大事な子息さん(鶴松)は見送るし、この正月にはお玉さん(後妻)のお葬式まで出して、よっぽどがっかりなさるかと思いましたが――」
「どうして、あの年になって、馬の七夜の祝いにでも招ばれて行こうという人だ。おれはあの金兵衛さんが、古屋敷の洞へ百二十本も杉苗を植えたことを知ってる――世の中建て直しのこの大騒ぎの中でだぜ。あれほどのさかんな物欲は、おれにはないナ。おれなぞはお前、できるだけ静かにこの世の旅を歩きつづけて来たようなものさ。おれは、あの徳川様の代に仕上がったものがだんだんに消えて行くのを見た。おれも、もう長いことはあるまい……よくそれでも本陣、問屋、庄屋を勤めあげた。そうあの半六親爺が草葉の陰で言って、このおれを待っていてくれるような気がする……」
「そんな、お父さんのような心細いことを言うからいけない。」
「いや、半蔵には御嶽の参籠までしてもらったがね、おれの寿命が今年の七十歳で尽きるということは、ある人相見から言われたことがあるよ。」
「ごらんな、半蔵。お父さんはすぐあれだもの。」


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