三遊亭圓朝 『名人長二』 「浅草鳥越片町幸兵衛手代萬助、本所元町與兵…

GoogleのAI「Gemini」を使用して現代語化しました。


青空文庫図書カード: 三遊亭圓朝 『名人長二』

現代語化

「浅草鳥越片町幸兵衛手代萬助、本所元町與兵衛店恒太郎、訴訟人長二郎、それに家主源八、そのほか名主代組合の者全員が揃いましたか」
「全員お供しております」
「訴人長二郎、お前は何歳だ」
「はい、29でございます」
「お前はこの月の9日の夜5時半頃、鳥越片町龜甲屋幸兵衛とその妻柳を柳島押上堤で殺害したという訴えを出たが、なぜ殺害したのか、包み隠さず申せ」
「はい、ただ殺しただけです」
「ただ殺しただけでは済まないぞ、殺害した理由を申せ」
「そのことを申し上げますと両親に恥をかかせることになりますので、何を言われても申し上げることはできません……どうかただ人を殺した罪で処刑していただけるようお願い申し上げます」
「幸兵衛手代萬助」
「はい」
「この長二郎は幸兵衛方に出入りしていたようだが、何か恨みを抱くようなことはなかったか、どうだ」
「はい、恐れながら申し上げます、長二郎は指物屋でござまして、去年の夏頃から何度か注文をしており、かなりの手間代を支払い、主夫婦が特別に贔屓にしておりまして、度々長二郎の自宅にも参っておりました、その夜死体のそばに50両の金包が落ちておりましたので、長二郎がその金を奪おうとして殺し、何か慌てて金を奪わずに逃げたものと考えます」
「長二郎はどうだ、そうか」
「その金は私が貸していたものを返してもらったもので、私は金などに目をくれるような人間ではありません」
「ではなぜ殺したのか、お前のために尽くしてくれた得意先の夫婦を殺すとは、何か理由がなければなるまい、はっきり申せ」
「恐れながら申し上げます、長二は差し上げました書面の通り、私の両親の弟子でございまして、幼少の時から親孝心で誠実で、道楽ということはまったくしませんで、余計な金があれば正直な貧乏人に施すほどで、仕事においては江戸一番という評判を取っておりますので、金銭に不自由をするような男ではございませんから、悪心があってしたことでないと存じます」
「申し上げます、今恒太郎から申し上げた通り、長二郎は6年ほど私の店で住み込んでおりましたが、一度も夜に外出することがなく、勤勉で我慢強い人柄で、店賃は毎月10日前に納めて、時々釣銭はいいから一杯飲めと言ったりして、心優しい慈悲深い性格で、人を殺すような男ではございません」
「はい申し上げます、私の主人方で去年の夏から長二に支払った手間代は、200両近くになります、この帳面をご覧いただきたいと思います」
「この帳面は幸兵衛の直筆か」
「はいその通りでございます、この通り格別に贔屓にしておりまして、主人の妻は長二郎に娘の世話をしたいと言っておりましたので、私の考えでは、そのことを長二郎に話したら長二郎が疑念を抱いて、無礼なことを言ったのを幸兵衛に告げたので、幸兵衛が立腹して、身分が身分なので、後で紛争が起きないように、出入りの停止金を夫婦で持ってきたものと思われます、しかしこのことが世間に出れば噂にもなりますし、ことに恋がかなわない腹いせに、両人を殺したのではないかと存じます」
「長二郎、この帳面の通りお前は手間代を受け取り、柳がお前側に嫁の世話をしてきたのか、どうだ」
「はい、よくは覚えておりませんが、そのくらい受け取ったのかもしれませんが、決して余計なものはもらっておりません、また嫁を貰えと言ったことはありましたが、私が無礼なことを言ったなどというのは全くの事実無根でございます」
「それはそれでいいが、なぜこのように贔屓にしてくれる恩人を殺したのだ、どんな恨みがあるのかはっきり申せ」
「別に恨みはありませんが、ただあの夫婦を殺したくなったから殺したのです」
「黙れ……お前は天下の御法度を心得ないのか」
「はい心得ておりますから、逃げ隠れせずにお訴え申し上げたのです」
「黙れ……はっきり申し上げなければ御法に背くのだ、こりゃ何なのだ、お前は狂気しているのか」
「申し上げます、おっしゃる通り長二郎はまったく逆上していると思われます、普段はこういう男ではございません、私の両親は今年67歳の老体で、子供の頃から江戸一番の職人にまで育て上げた長二郎の身を案じて、夜もろくに眠れませんほどでございますので、何卒老いた両親の気持ちを察していただき、慈悲深いご判断をお願い申し上げます、まったく気が違っているに違いございませんから」
「なるほど気が違っているだろう、他人の女に無理を言って、この方で内密にしようと言ったのを承知せず、大きな恩のある取引先の旦那夫婦を殺すとは、正気の沙汰ではないだろう」
「萬助……お前の主人夫婦を殺害した長二郎は狂人で、前後の区別なくしたことのように見えるがどうだ」
「はい、そのように思われます」
「町役人共はどう思う、奉行は狂気だと思うがどうだ」
「お調べの通りと存じます」

原文 (会話文抽出)

「浅草鳥越片町幸兵衛手代萬助、本所元町與兵衛店恒太郎、訴訟人長二郎並びに家主源八、其の外名主代組合の者残らず出ましたか」
「一同附添いましてござります」
「訴人長二郎、其の方は何歳に相成る」
「へい、二十九でござります」
「其の方当月九日の夜五つ半時、鳥越片町龜甲屋幸兵衛並に妻柳を柳島押上堤において殺害いたしたる段、訴え出たが、何故に殺害いたしたのじゃ、包まず申上げい」
「へい、只殺しましたので」
「只殺したでは相済まんぞ、殺した仔細を申せ」
「其の事を申しますと両親の恥になりますから、何と仰しゃっても申上げる事は出来ません……何卒只人を殺しました廉で御処刑をお願い申します」
「幸兵衛手代萬助」
「へい」
「これなる長二郎は幸兵衛方へ出入をいたしおった由じゃが、何か遺恨を挟むような事はなかったか、何うじゃ」
「へい、恐れながら申上げます、長二郎は指物屋でございますから、昨年の夏頃から度々誂え物をいたし、多分の手間代を払い、主人夫婦が格別贔屓にいたして、度々長二郎の宅へも参りました、其の夜死骸の側に五十両の金包が落ちて居りましたのをもって見ますと、長二郎が其の金を奪ろうとして殺しまして、何かに慌てゝ金を奪らずに遁げたものと考えます」
「長二郎どうじゃ、左様か」
「其の金は私が貰ったのを返したので、金なぞに目をくれるような私じゃアございません」
「然らば何故に殺したのじゃ、其の方の為になる得意先の夫婦を殺すとは、何か仔細がなければ相成らん、有体に申せ」
「恐れながら申上げます、長二は差上げました書面の通り、私親共の弟子でございまして、幼少の時から親孝心で実直で、道楽ということは怪我にもいたしませんで、余計な金があると正直な貧乏人に施すくらいで、仕事にかけては江戸一番という評判を取って居りますから、金銭に不自由をするような男ではござりませんから、悪心があってした事では無いと存じます」
「申上げます、只今恒太郎から申上げました通り、長二郎は六年ほど私店内に住居いたしましたが只の一度夜宅を明けたことの無い、実体な辛抱人で、店賃は毎月十日前に納めて、時々釣は宜いから一杯飲めなぞと申しまして、心立の優しい慈悲深い性で、人なぞ殺すような男ではござりません」
「へい申上げます、私主人方で昨年の夏から長二に払いました手間料は、二百両足らずに相成ります、此の帳面を御覧を願います」
「この帳面は幸兵衛の自筆か」
「へい左様でございます、此の通り格別贔屓にいたしまして、主人の妻は長二郎に女房の世話を致したいと申して居りましたから、私の考えますには、其の事を長二郎に話しましたのを長二郎が訝しく暁って、無礼な事でも申しかけたのを幸兵衛に告げましたので、幸兵衛が立腹いたして、身分が身分でございますから、後で紛紜の起らないように、出入留の手切金を夫婦で持ってまいったもんですから、此の事が世間へ知れては外聞にもなり、殊に恋のかなわない口惜紛れに、両人を殺したんであろうかとも存じます」
「長二郎、此の帳面の通り其の方手間料を受取ったか而して柳が其の方へ嫁の口入をいたしたか何うじゃ」
「へい、よくは覚えませんが、其の位受取ったかも知れませんが、決して余計な物は貰やアしません、又嫁を貰えと云った事はありましたが、私が無礼なことを云いかけたなぞとは飛んでもない事でございます」
「それはそれで宜しいが、何故斯様に贔屓になる得意の恩人を殺したのじゃ、何ういう恨か有体に申せ」
「別に恨というはございませんが、只あの夫婦を殺したくなりましたから殺したのでございます」
「黙れ……其の方天下の御法度を心得ぬか」
「へい心得て居りますから、遁げ隠れもせずにお訴え申したのでございます」
「黙れ……有体に申上げぬは御法に背くのじゃ、こりゃ何じゃな、其の方狂気いたして居るな」
「申上げます、仰せの通り長二郎は全く逆上せて居ると存じます、平常斯ういう男ではございません、私親共は今年六十七歳の老体で、子供の時分から江戸一番の職人にまで仕上げました長二郎の身を案じて、夜も碌に眠りません程でございますによって、何卒老体の親共を不便と思召して、お慈悲の御沙汰をお願い申します、全く気違に相違ございませんから」
「成程気違だろう、主のある女に無理を云いかけて、此方で内証にしようと云うのを肯かずに、大恩のある出入場の旦那夫婦を殺すとア、正気の沙汰ではございますまい」
「萬助……其の方の主人夫婦を殺害いたした長二郎は狂人で、前後の弁えなくいたした事と相見えるが何うじゃ」
「へい、左様でございましょう」
「町役人共は何と思う、奉行は狂気じゃと思うが何うじゃ」
「お鑑定の通りと存じます」


青空文庫現代語化 Home リスト