三遊亭圓朝 『菊模様皿山奇談』 「御家老さま怪しからん事を仰せられます、思…

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青空文庫図書カード: 三遊亭圓朝 『菊模様皿山奇談』

現代語化

「ご家老様、何言ってんですか? そんなことしてないし、そんなこと言うやつがいるんですか? 証拠は何ですか? 教えてくださいよ」
「まだそんなこと言うか? お前は煮るなり焼くなりするぐらいのやつだろう。よく考えろよ。奥方が亡くなってから、お秋の方が好き勝手にやって、神原兄弟やお前らを引き入れて殿様をバカにしてたのはみんな知ってる。それに渡辺殺害もそうだろう? 渡辺ってやつはわけのわからん奴だったけど、特別に可愛がってたから家来にしたんだろ? 上に媚びへつらって、寺島主水をだまして、江戸家老を騙して菊様を世に出そうとしてるんだろ? 弟様を殺そうとしてるんだろ? そんなことが露見したから、俺もわざわざ出てきてるんだよ。お前みたいな悪い奴は年をとってもひねり殺すぐらい朝飯前。言い訳あるのか? 忠義を尽くす若者たちは、お前みたいな不忠不義のやつを八つ裂きにしてもしゃーないって憤ってたけど、俺が止めた。そんなことしたらダメだ、一人殺すなんて大したことじゃない。荒立てたら殿様の判断違いで恥だし、渡辺も浮かばれない。将軍家に知られたら大変なことになる。穏便に済ませた方がいいって判断したんだよ。もう言い訳は無理だからさ、神原兄弟は国元に幽閉、家老役はクビで秋月喜一郎が後任。お前は不忠だからクビだ。書面書け。祖五郎、松蔭で親父を殺されてさぞ無念だろう。俺はクビになってるから、悪人でも殿様のそばに仕えてる大蔵を敵と名乗って勝手に殺すわけにはいかない。暇が取れたら、すぐ討ち取れ。梅三郎、お前はすでに罪に問われてるから、祖五郎を手伝え。岩越って柔術がすごい奴がいるから心配ない。お前も手伝え。松蔭、書状を書いたらそれでクビだ。秋田屋、ちょっと庭を貸してくれ」
「はい」
「池があるんだけど?」
「いや、落ちたとしてもいい。早く終わらせなきゃ」
「早く書け!」
「はい。でも、証拠はなにがあるんですか? 神原兄弟と組んで家老を欺いたり、弟様を毒殺したり、渡辺殺害なんて全く身に覚えがないですし」
「黙れ! 梅三郎が全部知ってるぞ。お前が神原と組んで渡辺を殺したとき、俺はそこにいて男たちを押さえつけて密書を奪った。もう逃げられないぞ」
「おい大蔵、恩知らずの畜生! お前は俺の親父を殺ったんだな。召使いの菊も殺し、林蔵も斬り殺した。挙げ句の果てに密通だと言って遺体を運んだんだろ? でも、その前に菊が悪事をしたことを全部書いた手紙を袖に縫い付けて実家に送ってた。俺が持ってるぞ。もう逃げられないぞ。お前も武士だろ? 勝負しろ」
「はい。不忠不義の大罪、心から恥じております」
「さ、書け! もう終わりだ。松蔭、もう諦めろ。逃げられないんだから。書け」
「はい」
「まだ恐れ入ってないのか?」
「はい」
「もう一つ言っとくぞ。白山の飴屋の小金屋源兵衛をだまして、宗庵っていう医者を抱き込んで、水飴に斑猫を煮込んで紋之丞様に差し入れようとしただろ? 飴屋の主人が全部自白してるぞ。逃げられない」
「ああ、畜生。ここまでやったのにばれたか」

原文 (会話文抽出)

「御家老さま怪しからん事を仰せられます、思い掛けない事を仰せられまする……手前が何で渡邊織江を殺害し、殊に御舎弟紋之丞さまを失おうとしたなどと誰が左様な事を申しました、手前に於ては毛頭覚えはございません、何を証拠に左様なことを仰しゃいますか、承わりとうござる」
「これ、まだ其様なことを云うか、手前は五分試しにもせにアならん奴だ、うゝん……よく考えて見よ、先奥方さま御死去になってから、お秋の方の気儘気随神原兄弟や手前達を引入れ、殿様を蔑にいたす事も皆な存じて居る。殊に其の方を世話いたした渡邊を殺害致したり、もと何処の者か訳も分らん者を渡邊が格別取做を申したから、お抱えになったのじゃ、上へ諂い媚を献じて、とうとう寺島主水を説伏せ、江戸家老を欺き遂せて、菊様を世に出そうが為、御舎弟様を亡き者にしようと云う事は、疾うに忠心の者が一々国表へ知らせたゆえに、老体なれども此の度態々出て参ったのだ、其の方のような悪人は年を老っても人指と拇指で捻り殺すぐらいの事は心得て居る、さアそれとも言訳があるか、忠義に凝った若者らは不忠不義の大罪人八裂にしても飽足らんと憤ったのを、私が止めた、いやそれは宜しくない、一人を殺すは何でもない、况て事を荒立る時には殿様のお眼識違いになりお恥辱である、また死去致した渡邊織江の越度にも相成る事、万一此の事が将軍家の上聞に達すれば、此の上もない御当家のお恥辱になるゆえ、事穏便が宜しいと理解をいたした、こりゃ最早何の様に陳じても遁れる道はないから、神原兄弟は国表へ禁錮申し付け、家老役御免、跡役は秋月喜一郎に仰付けられるよう相定って居る、手前は不忠な事を致し、面目次第もない、不忠不義の大罪人御奉公も相成り兼るによって永の暇下されたしという書面を書け、これ祖五郎此の松蔭に父を討たれ、無念の至りであろう、手前はお暇を蒙って居る身の上、仮令悪人でも殿様のお側近くへまいる役柄を勤める大藏を、敵と云って無闇に討つことは出来んから、暇を取ったら、直に討て……梅三郎貴様は大藏のため既に罪に陥されし廉もあり、祖五郎は未だ年若じゃによって助太刀を致してやれ、これに岩越という柔術取の名人が居るから心配は無い、貴様力を添えてやれ、さ松蔭書付を書いて私へ出せばそれで手前はお暇になったのだ…秋田屋の亭主気の毒だが此の庭で敵討を致させるから少し貸せ」
「へえ」
「泉水がございますが」
「いや、びちゃ/\落こっても宜しい、急に一時に片を附けなければならんのだ、さ書け書かんかえ」
「はっ……併し何の様の証拠がござって、手前は神原兄弟と心を合せて御家老職を欺き、剰さえ御舎弟様を手前が毒害いたそうなどと、毛頭身に覚えない事で、殊に渡邊織江を殺害いたしたなどと」
「黙れ此の梅三郎が宜く心得て居るぞ、手前は神原と心を合せて織江殿を殺害致した其の時に、此の梅三郎は其の場に居合せ、下男を取押えて密書を奪い現に所持いたして居る、最早遁れる道はないぞ」
「やい大藏、人非人恩知らず、狗畜生、やい手前はな父を討ったに相違ない、手前は召使の菊を殺し、又家来林藏も斬殺し、其の上ならず不義密通だと云って宿へ死骸を下げたが、其の前々菊が悪事の段々を細かに書いて、小袖の襟へ縫附けて親元へ贈った菊の書付けを所持して居る、最早遁れる道はないぞ、手前も武士じゃないか、尋常に立上って勝負いたせ」
「はっ……不忠不義の大罪重々心に恥じ、恐入りましてござる」
「さ、書け、もう迚もいかんから書け、松蔭手前も諦めの悪い男だ、最早遁るも引くも出来やせん、書け」
「はっ」
「まだ恐れ入らんか」
「はっ」
「も一つ云おうか、白山前の飴屋小金屋源兵衞を欺し宗庵という医者を抱込んで、水飴の中へ斑猫を煮込み、紋之丞様へ差上げようと致したな、それは疾うに水飴屋の亭主が残らず白状致してある、遁れる道はない」
「あゝ残念…是まで十分仕遂せたる事が破れたか、あゝ」


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