佐々木味津三 『老中の眼鏡』 「さぞかし御疲れに厶りましょう。御無事の御…

GoogleのAI「Gemini」を使用して現代語化しました。


青空文庫図書カード: 佐々木味津三 『老中の眼鏡』

現代語化

「お疲れでしょう。無事にお戻りになって何よりです。今夜の様子は?」
「聞きたいか?」
「殿のご心配は私の心配、お聞きしないわけにはいきません。いかがでしょうか?」
「言いようがない。火が消えたような寂れようだった」
「ではやはり――」
「そうだ。もはや迷ってはいられないだろう。決断を急ごう」
「…………」
「不服か。黙っているのは不服だというのか?」
「いえ、不服ではありません。殿がお考えになった結果、これ以外に道がないとおっしゃるのなら、どんなご決断でも格之進は何の不服もありませんが――」
「不服はないがどうしたというのだ?」
「私が考えるに、屋台店が毎晩寂れているのは、町民が貧しいからだけではないと思います。志士の取り締まりや浪人の取り締まりなどの血なまぐさい事件が続いているので、それが原因で怖がって出てこないのでは?」
「一理ある。だがお前も普通の人だな。今の言葉は誰もが言うことだ。私はそうは思いたくない。世の中がどう動いているかもう少し見極めたいんだ。殺傷沙汰がいくら起こっても、町民が金持ちなら自然と活気が出てくるはずだ。屋台店は町民の中でも一番貧しい人たちが集まる場所だ。そこに客が来ないのは、貧しい人たちに活気がない証拠だ。国を治める者として、私はまず貧しい人たちの生活を考えるべきだ。活気があるかどうかを考えるべきだ。民は導くべきであって、何もかも知らせるべきではない。貧しい人たちは攘夷なんてどうでもいいだろう。金があればどんな時代でも楽しめるんだ。だが残念ながら、今は金がない。これを解決するには外国との交易しかない。交易すれば金が国に入ってくるのは間違いない、金が入ればそれは水だ。下を潤す水だ。貧しい人たちも潤うだろう。それにポルトガルは3年間も交易を求めてきた。海外事情通覧にも書いてある。ポルトガルはオランダやアメリカと肩を並べる裕福な国だ。私はいつも貧しい人たちの生活を考えたいと思っている。決断するぞ。私は明日には交易を許可する。どうだ、多井。私の考えは間違っているか?」
「しかし、それではまた――」
「井伊大老と同じ轍を踏むというのか!」
「はぁ。家来といたしましては、ただただ殿のご無事が……」
「死は覚悟している!たとえ賊に殺されようとも、100年の大計のためなら、安藤対馬の命などどうでもいい。攘夷を唱える奴らの言葉も腹立たしい。外国人を恐れて、外船と交易すれば日本が危なくなるなどという愚かなことを言っているが、日本が危ういと思うなら内輪揉めをやめたらいいだろう。どうだ、多井! 私の考えは間違っているか?」
「いえ、それは違うのですが。京都との約束はどうなさるのでしょうか?」
「あれか。約束というのは攘夷を行うという約束か?」
「はぁ。恐れながら和宮様のお嫁入りと引き換えに、10年以内に必ず攘夷を行うとお誓いになったはずですが、お嫁入りからまだ2か月しか経っていないのに、自らお破りになるのは、二枚舌の、いえ、約束を反故にする罪ではないでしょうか?」
「お前も最近、急に老けたな――」
「それもこれもすべて国のためです! 二枚舌ではない、国の危機を救う大計です! 内乱を防ぐことが最優先。京都と江戸が仲良くできれば、国にとってこれ以上の喜びはありませんが、お嫁入りを申し込んだのも忠義のため、国を思うがゆえに交易するのも忠義のためだ。――大無! 気持ちを落ち着かせたい。笙を持てっ」

原文 (会話文抽出)

「さぞかし御疲れに厶りましょう。御無事の御帰館、何よりに御座ります。今宵の容子は?」
「ききたいか」
「殿の御心労は手前の心労、ききとうのうて何と致しましょうぞ。どのような模様で厶ります」
「言いようはない。火の消えたような寂れ方じゃ」
「ではやはり――」
「そうぞ。もはや迷うてはおられまい。断乎として決断を急ぐばかりじゃ」
「…………」
「不服か。黙っているのは不服じゃと申すか」
「いえ不服では厶りませぬ。殿が御深慮を持ちまして、それ以外に途はないと仰せられますならば、いかような御決断遊ばしましょうと、格之進何の不服も厶りませぬが――」
「不服はないがどうしたと申すのじゃ」
「手前愚考致しまするに屋台店の夜毎に寂れますのは、必ずしも町民共の懐中衰微の徴しとばかりは思われませぬ。一つは志士召捕り、浪土取締りなぞと血腥さい殺傷沙汰がつづきますゆえ、それを脅えての事かとも思われますので厶ります」
「一理ある。だがそちも常人よ喃。今の言葉は誰しも申すことじゃ。予は左様に思いとうない。も少し世の底の流れを観たいのじゃ。よしや殺傷沙汰が頻発致そうと、町民共の懐中が豊ならば自と活気が漲る筈じゃ。屋台店はそれら町民共のうちでも一番下積の者共の集るところじゃ。集る筈のそれら屋台に寂れの見えるは下積の者共に活気のない証拠じゃ。国政を預る身としてこの安藤対馬は、第一にそれら下積の懐中を考えたい。活気のあるなしを考えて行きたい。民は依らしむべし、知らしむべからず、貧しい者には攘夷もなにも馬の耳に念仏であろうぞ。小判、小粒、鳥目、いかような世になろうと懐中が豊であらばつねにあの者共は楽しいのじゃ。なれども悲しいかな国は今、その小判に欠けておる。これを救うは異人共との交易があるのみじゃ。交易致さば国に小判が流れ入るは必定、小判が流れ入らば水じゃ。低きを潤す水じゃ。下積の者共にも自と潤いが参ろうわ。ましてやポルトガル国はもう三年来、われらにその交易を求めてじゃ。海外事情通覧にも書いてある。ポルトガル国はオランダ、メリケン国に優るとも劣らぬ繁昌の国小判の国と詳しく書いてじゃ。対馬は常に只、貧しい者達の懐中を思うてやりたい。決断致すぞ。予は決断致してあすにも交易を差し許して遣わすぞ。のう。多井、対馬の考えは誤っておるか」
「さり乍ら、それではまたまた――」
「井伊大老の轍を踏むと申すか!」
「はっ。臣下と致しましては、只もう、只々もう殿の御身が……」
「死は前からの覚悟ぞ!たとえ逆徒の刃に斃れようとも、百年の大計のためには、安藤対馬の命ごとき一毛じゃ。攘夷を唱うる者共の言もまた対馬には片腹痛い。一にも二にも異人を懼れて、外船と交易致さば神州を危うくするものじゃと愚かも甚しい妄語を吐きおるが、国が危ういと思わば内乱がましい内輪の争い控えたらよかろうぞ。のう、多井! 予の考えは誤りか」
「いえ、それを申すのでは厶りませぬ。京都との御約束は何と召さるので厶ります」
「あれか。約束と申すは攘夷実行の口約か」
「はっ。恐れ乍ら和宮様御降嫁と引替えに、十年を出ずして必ず共に攘夷実行遊ばさるとの御誓約をお交わしなさりました筈、さるを、御降嫁願い奉って二月と出ぬたった今、進んでお自らお破り遊ばしますは、二枚舌の、いえ、その御約束御反古の罪は何と遊ばしまする御所存で厶ります」
「そちも近頃、急に年とって参ったよ喃――」
「それもこれもみな国策じゃ! 二枚舌ではない、国運の危うきを救う大策じゃ! 内争を防ぐことこそ第一の急、京都と江戸との御仲睦じく渡らせられなば、国の喜びこれに過ぎたるものはなかろうが、御降嫁願い奉ったも忠節の第一、国を思うがゆえに交易するも忠節の第一であろうぞ。――大無! 心気を澄ましたい。笙を持てっ」


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