芥川龍之介 『路上』 「と云ったって、何も大したいきさつがあった…

GoogleのAI「Gemini」を使用して現代語化しました。


青空文庫図書カード: 芥川龍之介 『路上』

現代語化

「別に大したことじゃねえよ。ただ、あいつが俺のとこに送ってきた手紙のせいで、やっかみに火がついちゃっただけなんだ。だけどそのとき、あいつの本性が見えて、一気に冷めちゃったのさ。そしたらあいつは、嫉妬したってだけで悪いんだって思うようになって――まあ、どうでもいいんだけどよ。俺が言いたいのは、その俺のとこに来た手紙のことなんだ。」
「その手紙の送り主は、女の名前になってたけど、実は俺自身なんだ。びっくりするだろ。俺もびっくりしてるんだから、お前が驚くのは当たり前だよ。で、なんで俺がそんな手紙を書いたかっていうと、あいつがやっかみするかどうかってのが知りたかったからさ。」
「変な奴だな。」
「変だろ。あいつが俺に惚れてるってことがわかれば、あいつが嫌いになるっていうのは、俺も知ってるんだ。そうやってあいつが嫌いになったときには、世界がさらにつまんなくなるってことも知ってるんだ。で、この手紙を書いたときには、あいつが絶対やっかむって予想ができてたんだよ。それでも手紙を書いちゃったんだ。書かずにはいられなかったんだ。」
「変な奴だな。」
「だから俺の場合、こうなんだ。――女が嫌いになりたくて女に惚れる。さらにつまんなりたくてつまんないことをする。でも心の底では、女が嫌いになりたくねえんだよ。つまんねえ思いしたくねえんだよ。だから悲惨だろ。悲惨だろう。これでもうどうしようもないだろ。」

原文 (会話文抽出)

「と云ったって、何も大したいきさつがあった訳でも何でもない。ただ、あいつが僕の所へ来た手紙の事で、嫉妬を焼いただけの事なんだ。が、その時僕はあの女の腹の底まで見えたような気がして、一度に嫌気がさしてしまったじゃないか。するとあいつは嫉妬を焼いたと云う、その事だけが悪いんだと思ったもんだから、――いや、これも余談だった。僕が君に話したいのは、その僕の所へ来た手紙と云うやつなんだがね。」
「その手紙の差出人は、女名前じゃあったけれど、実は僕自身なんだ。驚くだろう。僕だって、自分で驚いているんだから、君が驚くのはちっとも不思議はない。じゃ何故僕はそんな手紙を書いたんだ? あの女が嫉妬を焼くかどうか、それが知りたかったからさ。」
「妙な男だな。」
「妙だろう。あいつが僕に惚れている事がわかりゃ、あいつが嫌になると云う事は、僕は百も承知しているんだ。そうしてあいつが嫌になった暁にゃ、余計世の中が退屈になると云う事も知っているんだ。しかも僕は、その時に、九分九厘まではあの女が嫉妬を焼く事を知っていたんだぜ。それでいて、手紙を書いたんだ。書かなけりゃいられなかったんだ。」
「妙な男だな。」
「だから僕の場合はこうなんだ。――女が嫌になりたいために女に惚れる。より退屈になりたいために退屈な事をする。その癖僕は心の底で、ちっとも女が嫌になりたくはないんだ。ちっとも退屈でいたくはないんだ。だから君、悲惨じゃないか。悲惨だろう。この上仕方のない事はないだろう。」


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