GoogleのAI「Gemini」を使用して現代語化しました。
青空文庫図書カード: 岡本綺堂 『三浦老人昔話』
現代語化
「やっぱり月謝を取るんですか?」
「内職なので月謝を取りますよ」
「小身の武士は内職ですが、もっと身分の高い武士や、旗本になると、たいていは無月謝です。旗本の屋敷で月謝を取ったのはないようです。武術なら道場が必要だし、読み書きを教えるなら教室が必要ですよね。だから炭や茶も必要だし、畳も痛みます。他にも、正月の稽古始めに余興で福引をしたり、歌かるたの会をしたり、2月にはオニギリを食べさせたり、5月にはちまき餅を食べさせたりするんです。読み書きの先生なら、七夕祭りもします。煤払いには甘酒を飲ませたり、餅つきには餅を食べさせたりするというから、先生は結構お金がかかるんです。だから無月謝で、せいぜいお盆やお正月に半紙や扇子、砂糖袋を持ってくるくらいですから、金儲けのためにできる仕事じゃありません。特に読み書きの生徒が増えると、旦那さんだけじゃなく、女中さんや奥さんも手伝って面倒を見なきゃいけない場合も出てくるんです。毎日大変です」
「そういうのは道楽なんですか?」
「道楽な人もいるでしょうし、人に教えたいという親切な人もいるでしょうし、幕府のお気に入りを得て出世の足がかりにしようと考えている人もいるでしょうから、人によって違います。また、自分の屋敷を道場や教室にしていることを理由に、知行地から余分なお金を取っている人もいます。昔の武士は正直だから、うちの殿様は剣術や読み書きを教えて、大勢の面倒を見ていらっしゃるんだから、きっとお金もたくさんかかっているだろうと思って、知行地の住民もたいていのことは我慢して納めるんです。これは、生徒から月謝を取らずに、知行地の方から月謝をもらっているようなものですが、それでも知行地の住民は文句を言いません。江戸の屋敷では何十人も生徒がいるそうだなんて、むしろ自慢にしているくらいで、これだけでも昔と今は人気が違いますね。いや、その無月謝の先生について、こんな話があります」
原文 (会話文抽出)
「いつぞや『置いてけ堀』や『梅暦』のお話をした時に、御家人たちが色々の内職をするといいましたが、その節も申した通り、同じ内職でも刀を磨いだり、魚を釣ったりするのは、世間体のいゝ方でした。それから、髪を結うのもいゝことになっていました。陣中に髪結いはいないから、どうしてもお互いに髪を結い合うより外はない。それですから、武士が他人の髪を結っても差支えないことになっている。勿論、女や町人の頭をいじるのはいけない。更に上等になると、剣術柔術の武芸や手習学問を教える。これも一種の内職のようなものですが、こうなると立派な表芸で、世間の評判も好し、上のおぼえもめでたいのですから、一挙両得ということにもなります。」
「やはり月謝を取るのですか。」
「所詮は内職ですから月謝を取りますよ。」
「小身の御家人たちは内職ですが、御家人も上等の部に属する人や、または旗本衆になると、大抵は無月謝です。旗本の屋敷で月謝を取ったのは無いようです。武芸ならば道場が要る、手習学問ならば稽古場が要る。したがって炭や茶もいる、第一に畳が切れる。まだそのほかに、正月の稽古はじめには余興の福引などをやる。歌がるたの会をやる。初午には強飯を食わせる。三月の節句には白酒をのませる。五月には柏餅を食わせる。手習の師匠であれば、たなばた祭もする。煤はらいには甘酒をのませる、餅搗きには餅を食わせるというのですから、師匠は相当の物入りがあります。それで無月謝、せい/″\が盆正月の礼に半紙か扇子か砂糖袋を持って来るぐらいのことですから、慾得づくでは出来ない仕事です。ことに手習子でも寄せるとなると、主人ばかりではない、女中や奥様までが手伝って世話を焼かなければならないようにもなる。毎日随分うるさいことです。」
「そういうのは道楽なんでしょうか。」
「道楽もありましょうし、人に教えてやりたいという奇特の心掛けの人もありましょうし、上のお覚えをめでたくして自分の出世の蔓にしようと考えている人もありましょうし、それは其人によって違っているのですから、一概にどうと云うわけにも行きますまい。又そのなかには、自分の屋敷を道場や稽古場にしていると云うのを口実に、知行所から余分のものを取立てるのもある。むかしの人間は正直ですから、おれの殿様は剣術や手習を教えて、大勢の世話をしていらっしゃるのだから、定めてお物入りも多かろうと、知行所の者共も大抵のことは我慢して納めるようにもなる。こういうのは、弟子から月謝を取らないで、知行所の方から月謝を取るようなわけですが、それでも知行所の者は不服を云わない。江戸のお屋敷では何十人の弟子を取っていらっしゃるそうだなどと、却って自慢をしている位で、これだけでも今とむかしとは人気が違いますよ。いや、その無月謝のお師匠様について、こんなお話があります。」