岡本綺堂 『三浦老人昔話』 「お話は先ずこゝ迄です。」…

GoogleのAI「Gemini」を使用して現代語化しました。


青空文庫図書カード: 岡本綺堂 『三浦老人昔話』

現代語化

「話はここまでです」
「その櫛が落ちると、お幾は元の顔に戻ったそうです。それで、だんだん阿部さんの気も落ち着く。例の「置いてけー」も聞こえなくなる。結局何事も無く済んだということです。お幾は最初櫛をもらって、自分の針箱の上に置いていたのですが、蝮の治療が終わって自分の部屋に戻って、その櫛を手に取って眺めているところを、急に主人に呼ばれたので、慌ててその櫛を頭に挿して、主人の枕元へ行ったのだそうです」
「そうすると、その櫛を挿している間は美しい女に見えたんですね」
「まあ、そういうわけです。その櫛を挿している間は見違えるような美しい女に見えて、それが落ちると元の女になったというのです」
「その櫛には何か因縁があるんでしょうね。でも誰の物かわからなかったということですよね。その櫛と、「置いてけー」って声とか、そこに何らかの関係があるのかないのか、それもわかりません。櫛と、蝮と、「置いてけ堀」と、すごい3題話のようですが、そこに何もまとまりがついていないところが逆に怪談らしいのかもしれませんね。それでも阿部さんが早く気づいて、なんか自分の様子がおかしいと思って、事前に弟に押さえ方を頼んでおいたのは正解でした。もしそうじゃなかったら、無茶苦茶に刀を振り回して、どんな大騒ぎをしたかわかりません。阿部さんはそれに懲りたと見えて、その後内職の釣り師を辞めてしまったそうです」
「「置いてけ堀」」
「いや、昨日あなたが来られると、ちょうどここに面白い人が来ていたんですけどね。その人は森垣幸右衛門と言って――明治以降はその名前を名乗らなくなって、森垣道信という難しい名前に変えてしまったんですが――私の長い付き合いです。維新後はしばらく横浜に行っていたんですが、その時に思いついたんでしょう。東京に戻ってから時計屋を始めて、それがうまくいって、今では大森の方に別荘みたいなものを建てて、気楽に隠居生活を送っています。私と同じようだとおっしゃいますか?どうして、どうして、私はなんとか息をしているだけですよ。森垣さんの足元にも及びませんよ。その森垣さんがつつじを見物しながら昨日久しぶりにしに来てくれて、昔の話をいろいろしました。その人にはこんな変わった経歴があるんです。さあ、聞いてください」

原文 (会話文抽出)

「お話は先ずこゝ迄です。」
「その櫛が落ちると、お幾はもとの顔にみえたそうです。それで、だん/\に阿部さんの気も落ちつく。例の置いてけえも聞えなくなる。先ず何事もなしに済んだということです。お幾は初めに櫛を貰って、一旦は自分の針箱の上にのせて置いたのですが、蝮の療治がすんで、自分の部屋へ戻って来て、その櫛を手に取って再び眺めているところを、急に主人に呼ばれたので、あわてゝその櫛を自分の頭にさして、主人の枕もとへ出て行ったのだそうです。」
「そうすると、その櫛をさしているあいだは美しい女に見えたんですね。」
「まあ、そういうわけです。その櫛をさしているあいだは見ちがえるような美しい女にみえて、それが落ちると元の女になったというのです。」
「どうしてもその櫛になにかの因縁話がありそうですよ。しかしそれは誰の物か、とう/\判らずじまいであったということです。その櫛と、置いてけえと呼ぶ声と、そこにも何かの関係があるのか無いのか、それもわかりません。櫛と、蝮と、置いてけ堀と、とんだ三題話のようですが、そこに何にも纏まりのついていないところが却って本筋の怪談かも知れませんよ。それでも阿部さんが早く気がついて、なんだか自分の気が可怪しいようだと思って、前以て弟に取押方をたのんで置いたのは大出来でした。左もなかったら、むやみ矢鱈に刀でも振りまわして、どんな大騒ぎを仕出来したかも知れないところでした。阿部さんはそれに懲りたとみえて、その後は内職の釣師を廃業したということです。」
「置いてけ堀」
「いや、あなたが昨日おいでになると、丁度こゝに面白い人物が来ていたのですがね。その人は森垣幸右衛門と云って――明治以後はその名乗りを取って、森垣道信というむずかしい名に換えてしまいましたが――わたくしの久しいお馴染なんです。維新後は一時横浜へ行っていたのですが、その時にかんがえ付いたのでしょう。東京へ帰って来てから時計屋をはじめて、それがうまく繁昌して、今では大森の方へ別荘のようなものをこしらえて、まあ楽隠居という体で気楽に暮しています。なに、わたくしと同じようだと仰しゃるか。どうして、どうして、わたくしなどは何うにか斯うにか息をついていると云うだけで、とても森垣さんの足もとへも寄附かれませんよ。その森垣さんが躑躅見物ながら昨日久しぶりで尋ねてくれて、色々のむかし話をしました。その人にはこういう変った履歴があるのです。まあ、お聴きなさい。」


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