岡本綺堂 『半七捕物帳』 「昨日といい、今日といい、御役の方々、御苦…

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青空文庫図書カード: 岡本綺堂 『半七捕物帳』

現代語化

「昨日はじめてお目にかかった者ですが、今日はまた、ご苦労様です。大体は察してまして、今朝は読経を終えて、皆さんのお越しをお待ちしておりました」
「詳しい話は後にして、ここでざっと調べさせて下さい。まず初めに地蔵様の件ですが、それはお住職ももちろんご存じですよね」
「存じております」
「私は14年前にこの寺の住職になりました。この高源寺は慶安年間に開基された由緒ある寺ですが、先代からの借金がかなり残っており、大きな檀家がだんだん減ってしまいました。火災にも遭いまして、その再建にもずいぶん苦労しました。そのせいで寺の経営も厳しいところに、役僧の延光から縛られ地蔵を勧められました。林泉寺の縛られ地蔵は昔から繁盛している。うちでもそれに倣って、縛られ地蔵を始めてはどうかと言うんです。本来は良くないこととは存じておりましたが、如何せんお金がなくて、万事を延光に任せました。しかし、今までなかった地蔵様をいきなり置いても違和感がありますし、世間の信仰も得られないだろうと延光が言うので、深川寺の石屋、松兵衛という者に頼んで一体の地蔵様を作らせ、2年以上も墓地の大銀杏の根元に埋めておいて、夢枕云々と触れ回って掘り返すことにしました。それが幸いにもうまくいって、3、4年はかなりの繁盛で、お賽銭など収入がありました」
「その延光という役僧はどうなりましたか?」
「もしかしたら仏罰だったのかもしれません。去年の2月に、延光は流行り風邪から傷寒になって、3日ほどで亡くなりました。延光が亡くなってから、今の俊乗が役僧を引き継いでおります」
「縛られ地蔵もだんだん流行らなくなったので、今度は地蔵を踊らせることにしたんですね。それはお前の発案ですか?」
「いえ、私ではありません」
「俊乗ですか?」
「俊乗でもありません。石屋の松蔵…。松兵衛の息子です。松兵衛は悪い人間ではありませんが、息子

原文 (会話文抽出)

「昨日といい、今日といい、御役の方々、御苦労に存じます。大かた斯うであろうと察しまして、今朝は読経して、皆さま方のお出でをお待ち申して居りました」
「詳しいことは後にして、ここでざっと調べますが、まず第一に地蔵さまの一件、それはお住持も勿論御承知のことでしょうね」
「承知して居ります」
「わたくしは十四年前から当寺の住職に直りました。この高源寺は慶安年中の開基で、相当の由緒もある寺でござりますが、先代からの借財がよほど残って居ります上に、大きい檀家がだんだん絶えてしまいました。火災にも一度罹りまして、その再建にもずいぶん苦労いたしました。左様の次第で、寺の維持にも困難して居ります折り柄、役僧の延光から縛られ地蔵を勧められました。林泉寺の縛られ地蔵は昔から繁昌している。当寺でもそれに倣って、縛られ地蔵を始めてはどうかと云うのでござります。こころよからぬ事とは存じながら、何分にも手もと不如意の苦しさに、万事を延光に任せました。さりとて今まで有りもしなかった地蔵尊を俄かに据え置くのも異なものであり、且は世間の信仰もあるまいという延光の意見で、深川寺の石屋松兵衛という者に頼みまして、一体の地蔵尊を作らせ、二年あまりも墓地の大銀杏の根もとに埋めて置きまして、夢枕云々と申し触らして掘り出すことに致しました。それが幸いに図にあたりまして、三、四年のあいだはなかなかの繁昌で、賽銭そのほか収入もござりました」
「その延光という役僧はどうしました」
「あるいは仏罰でもござりましょうか。昨年の二月、延光は流行かぜから傷寒になりまして、三日ばかりで世を去りました。延光が歿しましたので、唯今の俊乗がそのあとを継いで役僧を勤め居ります」
「縛られ地蔵もだんだんに流行らなくなったので、今度は地蔵を踊らせる事にしたのですね。それはお前さんの工夫ですかえ」
「いえ、わたくしではありません」
「俊乗ですか」
「俊乗でもありません。石屋の松蔵……松兵衛のせがれでござります。松兵衛は悪い者ではありませんが、伜の松蔵は博奕に耽って、いわばごろつき風の良くない人間でござります。それが縛られ地蔵の噂を聞き込みまして、当寺へ強請がましい事を云いかけて参りました。あの地蔵は自分の家で新らしく作ったもので、墓地の土中から掘り出したなどというのは拵え事である。自分の口からその秘密を洩らせば、世間の信仰が一時にすたるばかりか、当寺でも定めし迷惑するであろうと云うのでござります。飛んだ奴に頼んだと今さら後悔しても致し方がありません。何分こちらにも弱味がありますので、延光の取り計らいで幾らかずつの金をやって居りました。松蔵のような悪い奴に魅こまれましたのも、やはり仏罰であろうかと思われます」


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