岡本綺堂 『半七捕物帳』 「そうですか。実はこのあいだ或る所へ行きま…

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青空文庫図書カード: 岡本綺堂 『半七捕物帳』

現代語化

「こないだあるところに行ったら、書画屋が来てて「几董の短冊」ってのを売ってたんす。僕は俳句とかわかんないけど、その句だけは覚えてる」
「どんな句?」
「あーと……、「誰が願ぞ地蔵縛りし藤の花」……って」
「あるある。たしかに几董の句だよ。井華集にも載ってる。面白い句だね」
「僕みたいな素人でも面白かったです」
「地蔵が縛られてるのを詠んでるんだろうけど、俳句だから藤の花って風流に表現してるんすよね。実際は藤蔓で縛るんじゃなくて、荒縄で何重にもきつく縛るんだって。で、地蔵さんも大変なんだって。願掛けする人が地蔵を縛って置いて、願いが叶ったら縄を解くんだってさ。だから繁盛してる地蔵さんは年中縛られてるわけよ。それが仏の教えで、ありがたいことなんだとか」
「どの地蔵でも縛っていいんですか?」
「いや、それはダメ。適当に縛っちゃダメで。「縛られ地蔵」って決まってるんす。全国にいろいろあるみたいだけど、江戸にもいくつかあった。中でも有名だったのが小石川茗荷谷の林泉寺でさ。門の外に地蔵堂があって、江戸時代にはよく信仰されてたんだって。お地蔵さんは3尺くらいのもので、3間四方くらいのお堂の中にあったから、雨風には当たらなかったけど、荒縄で年中縛られるから、だんだん削れて江戸時代にはもう顔も見えないくらいになってたんだって。林泉寺の門前には町があって、そこらへんはちょっと賑わってたみたい」

原文 (会話文抽出)

「そうですか。実はこのあいだ或る所へ行きましたら、そこへ書画屋が来ていて、几董の短冊というのを見せていました。わたくしは俳諧の事なぞはぼんくらで、いっさい判らないのですが、その短冊の句だけは覚えています」
「なんという句でした」
「ええと……、誰が願ぞ地蔵縛りし藤の花……。そんな句がありますかえ」
「あります。たしかに几董の句で、井華集にも出ています。おもしろい句ですね」
「わたくしのような素人にも面白いと思われました」
「縛られ地蔵を詠んだ句でしょうが、俳諧だから風流に藤の花と云ったので、藤蔓で縛るなぞはめったに無い。みんな荒縄で幾重にも厳重に引っくくるのだから、地蔵さまも遣り切れません。なにかの願掛けをするものは、その地蔵さまを縛って置いて、願が叶えば縄を解くというわけですから、繁昌する地蔵さまは年百年じゅう縛られていなければなりません。それが仏の利生方便、まことに有難いところだと申します」
「どの地蔵さまを縛ってもいいんですか」
「いや、そうは行かない。むやみに地蔵さまを縛ったりしては罰があたる。縛られる地蔵さまは『縛られ地蔵』に限っているのです。縛られ地蔵は諸国にあるようですが、江戸にも二、三カ所ありました。中でも、世間に知られていたのは小石川茗荷谷の林泉寺で、林泉寺、深光寺、良念寺、徳雲寺と四軒の寺々が門をならべて小高い丘の上にありましたが、その林泉寺の門の外に地蔵堂がある。それを茗荷谷の縛られ地蔵といって、江戸時代には随分信仰する者がありました。地蔵さまの尊像は高さ三尺ばかりで、三間四方ぐらいのお堂のなかに納まっていましたから、雨かぜに晒されるようなことは無かったのですが、荒縄で年中ぐいぐいと引っくくられるせいでしょう、石像も自然に摺れ損じて、江戸末期の頃には地蔵さまのお顔もはっきりとは拝めないくらいに磨滅していました。林泉寺には門前町もあって、ここらではちょっと繁昌の所でしたが……」


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