GoogleのAI「Gemini」を使用して現代語化しました。
青空文庫図書カード: 岡本綺堂 『半七捕物帳』
現代語化
「神田の親分、おはようございます」
「春になってから寒さが戻ってきましたね」
「生意気な質問ですが、さっき出ていった武士は知り合いですか?」
「いいえ、初めての方です。こんなものを持ってどこに持ち込んでも断られたみたいで、結局うちに押し付けていったんです」
「何ですか、それは……」
「こんなものですが……」
「鮫の皮ですか?こうしてみると汚いもんですね」
「まだ仕上げてない泥鮫だからですよ」
「ご存知のとおり、この鮫の皮は大体外国の遠い島から送られてくるんですが、みんな泥だらけで送られてきて、こっちで洗ったり磨いたりしてようやく白い綺麗なものになるんです。それが仕上げがかなり面倒でねえ。しかも迂闊にやると大変な損をするんです。このとおり泥だらけで来るもんだから、仕上げてみないと傷や血の滲みがあるのかよくわからないんです。傷はまあいいんですが、血の滲みってやつが厄介なんです。鮫を突いて殺したとき、生血が皮にしみ込むみたいなんですが、それがいくら洗っても磨いても取れないんで困るんです。白い鮫の皮に黒い点がついてたら売れ物になりませんからね。もちろんそういうのは漆をかけて隠したりしますが、白鮫に比べると半値にもなりません。10枚束にしてあったら、たいていこの血の滲みがあるやつが3、4枚ぐらい混じってますから、こっちもそのつもりで平均の値で買い取るんですが、仕上げてみなければ血の滲みがあるかどうか分からないから困ります」
「なるほどね」
「あのお武家はこれを売りに来たんですか?」
「長崎の方で買ったんだそうで、かなりの値段で買い取ってくださいって頼まれまして。私も商売ですから買い取ってもいいんですが、いくら武士でも素人が持ってきたものは不安だし、しかもこのとおり泥鮫で、それが1枚だけっていうんです。もし血の滲みがあるやつを買っちゃったら損だからねえ。一度は断ったんですが、いくらでもいいからってしつこく頼まれて、結局安く買い取ることになりまして……。あとで主人に怒られるかもしれません。はははは」
原文 (会話文抽出)
「お早うございます」
「神田の親分、お早うございます」
「春になってから馬鹿に冷えますね」
「つかねえことを訊き申すようだが、今ここを出た武家はお馴染の人ですかえ」
「いいえ、初めて見えた方です。こんなものを持ち歩いて、そこらで二、三軒ことわられたそうですが、とうとう私の家へ押し付けて行ってしまったんですよ」
「何ですえ、それは……」
「こんなもので……」
「鮫の皮ですか。こうして見ると、随分きたないもんですね」
「まだ仕上げの済まない泥鮫ですからね」
「御承知の通り、この鮫の皮はたいてい異国の遠い島から来るんですが、みんな泥だらけのまま送って来て、こっちで洗ったり磨いたりして初めてまっ白な綺麗なものになるんですが、その仕上げがなかなか面倒でしてね。それに迂濶するとひどい損をします。なにしろこの通り泥だらけで来るんですから、すっかり仕上げて見ないうちは、傷があるか血暈があるか能く判りません。傷はまあ好いんですが、血暈という奴がまことに困るんです。なんでも鮫を突き殺した時に、その生血が皮に沁み着くんだそうですが、これが幾ら洗っても磨いても脱けないので困るんです。まっ白な鮫の肌に薄黒い点が着いていちゃあ売物になりませんからね。勿論そういうものは漆をかけて誤魔かしますが、白鮫にくらべると半分値にもなりません。十枚も束になっている中には、きっとこの血暈のある奴が三、四枚ぐらい混っていますから、こっちもそのつもりで平均の値で引き取るんですが、どうしても仕上げて見なければ、その血暈が見付からないんだから困ります」
「成程ねえ」
「あのお武家が、これを売りに来たんですかえ」
「長崎の方で買ったんだそうで、相当の値段に引き取ってくれという掛け合いなんです。わたしの方も商売ですから引き取ってもいいんですが、いくらお武家でも素人の持って来たものは何だか不安ですし、おまけにこのとおりの泥鮫で、たった一枚というんですから、もし血暈でも付いている奴を背負い込んだ日にゃ迷惑ですからね。まあ一旦は断わったんですが、幾らでもいいからと頻りに口説かれて、とうとう廉く引き取るようなことになりまして……。あとで主人に叱られるかも知れません。へへへへへ」