GoogleのAI「Gemini」を使用して現代語化しました。
青空文庫図書カード: 岡本綺堂 『半七捕物帳』
現代語化
「それがね。なんだかめちゃくちゃな話のようだけれども、お母さんは一生懸命泣いてわめいているんだ。というのは、しん吉は先月から甲州街道の方角へ稼ぎに行って、月末には江戸へ帰るはずのところが、今月になっても便りがない。お母さんも毎日心配していると、おとといの晩、お母さんが変な夢を見たんだ」
「どんな夢を見た……」
「お母さんが火鉢の前に座っていると、しん吉が外からぼんやり入ってきた、黙って手をついている。おや、お帰りかえと声をかけたら返事をしない。なぜ黙ってうつむいているんだよと訊くと、しん吉は小さな声で、顔を見せるとお母さんがびっくりするからと云う。おまえの顔を見てびっくりする奴があるものか、旅から帰って来たらまず無事な顔を親に見せるものだ、早く顔を見せろと云うと、しん吉がパッと顔をあげた……」
「なんだか怪談みたいになってきたね」
「まったく怪談さ」
「しん吉が顔をあげると、顔が血だらけ……。何か砂利みたいなもので引きずったように、顔一面にすりむいている。お母さんも驚いてきゃっと云うと、夢が覚めた……。もしやこれが正夢で、せがれの身の上に何か変事が起きたんじゃなかろうかと、お母さんもひどく心配していると、昨日もまた同じ夢を見て、せがれの顔はやっぱり血だらけ……。ますます心配していると、今日の夕方、お母さんが銭湯から帰ってくると、暗い家のなかにしん吉がしょんぼりと座っている。振り向くと、やっぱり血だらけの顔をしていたので、お母さんはもう声が出なかったそうで……。これはどうしてもただごとではない。せがれは何処かで不慮の最期を遂げたに違いないと、お母さんは半狂乱になって自身番へ泣き込んできたというわけさ。自身番だってどうすることもできない。お前があまり心配するから、そんな夢を見たのだろうとか、夢は逆夢だとか云って、まあいい加減になだめているのだが、親ひとり子ひとりの息子にもしものことがあったら、私も生きていられないとか云って、お母さんは泣いてわめいている。そのうち大家さんが来て、無理になだめて引っ張って帰ったが、考えてみればかわいそうだし、しん吉は一体どうしたのかねえ」
「なるほど怪談だ」
「だが、自身番で言う通り、おかあさんがあまりにも心配しているので、せがれの夢を見たり、せがれの姿を見たりしたのだろう。そんなこととは知らずに、しん吉の野郎、近在を回ってちょっと懐が暖まったので、今頃どこか宿場で面白く浮かれているかも知れない。親不孝な奴だ」
「おい、お仙。傘を出してくれ」
「どこへ行くの」
「しん吉のおふくろに会いに行く」
「親分。怪談を真に受けて行くのかい?」
「真に受けても受けなくても、ちょっと思い当たる節がある。俺の帰るまで、お前たちにはここに待っていてくれ」
原文 (会話文抽出)
「しん吉のおふくろは何を泣いているのだ」
「それがね。なんだか取り留めのない話のようだけれども、おっかさんは一生懸命に泣いて騒いでいる。と云うのは、しん吉は先月から甲州街道の方角へ稼ぎに行って、月ずえには江戸へ帰る筈のところが、今月になっても便りがない。おっかさんも毎日心配していると、おとといの晩、おっかさんが変な夢を見たんだとさ」
「どんな夢を見た……」
「おっかさんが火鉢のまえに坐っていると、しん吉が外からぼんやりはいって来て、だまって手をついている。おや、お帰りかえと声をかけても返事をしない。なぜ黙って俯向いているんだよと云うと、しん吉は小さな声で、顔を見せると阿母さんがびっくりするからと云う。おまえの顔を見てびっくりする奴があるものか、旅から帰って来たら先ず無事な顔を親に見せるものだ、早く顔をお見せよと云うと、しん吉がひょいと顔をあげた……」
「なんだか怪談がかって来たようだね」
「まったく怪談さ」
「しん吉が顔をあげると、顔は血だらけ……。なんでも砂利のような物で引っこすったように、顔一面に摺りむけている。おっかさんも驚いてきゃっと云うと、夢が醒めた……。もしやこれが正夢で、せがれの身の上に何か変事でもあったのじゃあ無いかと、おっかさんも頻りに案じていると、ゆうべも同じ夢をみて、せがれの顔はやっぱり血だらけ……。いよいよ心配していると、きょうの宵の口、おっかさんが銭湯から帰って来ると、暗い家のなかにしん吉がしょんぼりと坐っている。それが振り向くと、やっぱり血だらけの顔をしていたので、おっかさんはもう声が出なかったそうで……。これはどうしても唯事でない。せがれは何処でか非業の最期を遂げたに相違ないと、おっかさんは半気違いのようになって自身番へ泣き込んで来たと云うわけさ。自身番だってどうすることも出来ない。お前があんまり心配するから、そんな夢を見たのだろうとか、夢は逆夢だとか云って、まあいい加減になだめているのだが、親ひとり子ひとりの伜にもしもの事があったら、あたしも生きちゃあいられないとか云って、おっかさんは泣いて騒いでいる。そのうちに大屋さんが来て、無理になだめて引っ張って帰ったが、考えてみれば可哀そうでもあり、しん吉は一体どうしたのかねえ」
「なるほど怪談だ」
「だが、自身番で云う通り、お袋があんまり心配しているので、せがれの夢を見たり、せがれの姿を見たりしたのだろう。そんな事とは知らねえで、しん吉の野郎、近在をまわってちっとふところが暖まったので、今頃どこかの宿場でおもしろく浮かれているかも知れねえ。親不孝な野郎だ」
「おい、お仙。傘を出してくれ」
「どこへ行くの」
「しん吉のおふくろに逢って来る」
「親分。怪談を真に受けて行くのかえ」
「真に受けても受けねえでも、ちっと思いあたることがある。おれの帰るまで、おめえ達は待っていてくれ」