海野十三 『蠅男』 「おう、樽の上のあんちゃんよオ」…

GoogleのAI「Gemini」を使用して現代語化しました。


青空文庫図書カード: 海野十三 『蠅男』

現代語化

「おい、樽の上の兄ちゃんよ」
「なんだよ、俺のことか」
「何か書くもの持ってるだろ?」
「持ってねえよ」
「ウソつくなよ、手帳とか持ってるでしょ。それを破いて20枚くらい紙切れにしてくれ」
「その紙切れをどうするの?」
「うん。――その紙切れにさ、字を書いてくれ。なるべくペンがいいんだけど」
「誰が字を書くんだよ」
「兄ちゃんが書いてよ」
「バカらしい。こんなガタガタの車の上で、書けるわけないだろ」
「なんだっていいから、とにかく書いてくれ。そして書いたのどんどん道端に捨ててくれ。誰か拾ってくれるだろう」
「書けって言われても無理だよ。片手離すと、車から落ちちゃうよ」
「ちっ、もう文句言わないで。書けって言ったら書けよ。書かないなら、この車ごと崖から飛び降りるぞ。命が惜しくないのか。俺はもう気が狂いそうなんだ。ああ、わわ」
「うわ、気が狂ったらダメだよ。書くよ書くよ。書きます書きます、字でも絵でもなんでも書きますよ。でも先生、落ち着いてくれよ。気が狂ったらダメだよ」
「お前は何て名前だ?」
「丸徳商店の長吉です」
「じゃ、長どん。いいか、こう書いてくれ。――ハエ男らしき人物が35665号の車で宝塚から有馬方面へ逃走中。警察手配頼む、午後2時探偵帆村」
「なんだ、ハエ人間って、どうやって書くんだい?」
「ハエは夏の蚊やハエのハエだよ。男は男女の男だ。カタカナで書いた方が書きやすいよ」
「うわー、ハエ男!するとこれは新聞に出てる殺人犯のハエ男のことかい?」
「そうだ。そのハエ男らしきのが、向こうに行く車に乗ってるんだ」
「うわー。じゃあ今俺たちで、ハエ男を追いかけるってことか。うわー、大変なことだ。ハエ男に殺されちゃうよ。字なんて書いてられない。やめるやめる」
「また断るのか。じゃあ崖から車ごと飛び降りてもいいんだな」
「うわー、それもちょっと待って。これは困ったなあ。どっちに行っても生き残れないや。こんなんなら、あいつの匂いをかいでフルーツポンチ一杯で利太郎から宝塚まわりを譲ってもらわなきゃよかった。天王寺の占い師が、お前は近いうちに女で失敗するって言ってたけど、これが正しかったんだな」
「さあ長どん。文句言わずに早く書け。向こうに家が見える。紙切れを落とすにはちょうどいいところだ。――さあ、ペンを持ってハエ男って書け」
「うわー、か、書きます。樽の上でガタガタ揺れてても書きます。書くって言ったら書きますよ。でも飛び降りちゃダメですよ」

原文 (会話文抽出)

「おう、樽の上のあんちゃんよオ」
「なんや、俺のことか」
「君、何か書くものを持っているだろう」
「持ってえへんがな」
「嘘をつくな、手帳かなんか持っているだろう。それを破いて、二十枚ぐらいの紙切をこしらえるんだ」
「その紙片をどないするねン」
「ううン。――その紙片にネ、字を書いてくれ。なるべくペンがいい」
「誰が字を書くねン」
「あんちゃんが書いておくれよ」
「あほらしい。こんなガタガタ車の上で、書けるかちゅんや」
「なんでもいい。是非書いてくれ。そして書いたやつはドンドン道傍に捨ててくれ。誰か拾ってくれるだろう」
「書けといったって無理や。片手離すと、車の上から落ちてしまうがな」
「ちえッ、もう問答はしない。書けといったら書かんか。書かなきゃ、この車ごと、崖の上から飛び下りるぞ。生命が惜しくないか。僕はもう気が変になりそうなんだ。ああア、わわア」
「うわッ、気が変になったらあかへんが。書くがな書くがな。書きます書きます、字でも絵でも何でも書きます。ええもしどてらの先生、気をしっかり持っとくれやすや。気が変になったらあきまへんでえ」
「君の名は何という」
「丸徳商店の長吉だす」
「では長どん。いいかネ、こう書いてくれたまえ。――蠅男ラシキ人物ガ三五六六五号ノ自動車デ宝塚ヨリ有馬方面へ逃ゲル。警察手配タノム、午後二時探偵帆村」
「なんや、ハエオトコて、どう書くんや」
「ハエは夏になると出る蚊や蠅の蠅だ。オトコは男女の男だ。片仮名で書いた方が書きやすい」
「うへーッ、蠅男! するとこれはあの新聞に出ている殺人魔の蠅男のことだすか」
「そうだ。その蠅男らしいのが、向うに行く自動車のなかに乗っているんだ」
「うへッ。そんなら今あんたと私とで、蠅男を追いかけよるのだすか。うわーッ、えらいこっちゃ。蠅男に殺されてしまうがな。字やかて書けまへん。お断りや」
「また断るのかネ。じゃ、崖から車ごと飛び下りてもいいんだネ」
「うわーッ、それも一寸待った。こら弱ってしもたなア。どっちへ行っても生命がないわ。こんなんやったら、あの子の匂いを嗅ぎたいばっかりにフルーツポンチ一杯で利太郎から宝塚まわりを譲ってもらうんやなかった。天王寺の占師が、お前は近いうち女の子で失敗するというとったがこら正しくほんまやナ」
「さあ長どん。ぐずぐず云わんで早く書いた。向うに人家が見える。紙片を落とすのに都合がいいところだ。――さあ、ペンを持ってハエオトコとやった。――」
「うわーッ、か、書きます。踊っている樽の上でもかまへん。書くというたら書きますがな。しかし飛び下りたらあかんでえ」


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