海野十三 『三人の双生児』 「ほう、こんなことが出ていますわ。――二月…

GoogleのAI「Gemini」を使用して現代語化しました。


青空文庫図書カード: 海野十三 『三人の双生児』

現代語化

「ほう、こんなこと書いてあるわ。―2月1日、「タラップ」の手すりを修理する。相棒が不慣れでなかなか進まない。去年の今頃も修理したことがあったっけな。その時は赤沢常造ってやつがいたから、半日で終わったんだ。あいつが下船して故郷へ帰ったのはその直後だった。もう1年経つのに、あいつは故郷にじっとしていて、どこにも働きに行こうとしない。私はお勝のことが心配で仕方ない。と言っても、お勝はもうすぐお産をする。お産をするまでは、いくら女好きなあいつでも手を出すようなことはないだろう。でも、女を盗むのは妊婦に限るともいうから、安心できない―ほほう、亡くなったお嬢さんの父親は、この赤沢常造という男を大分気にしていらっしゃるようですが、これはどんな関係の方なんでしょうか」
「その赤沢ってのは、伯父さんだったと思います。一度父と大喧嘩をしたので、私は知ってるんです」
「どんなことから大喧嘩なさったんでしょうか」
「それは知りません」
「それは重大なことですね。……それから奥様のお生まれになったのはいつですか」
「その日記の最後の日付がそうです」
「なるほどですね。そうそう、この同じ2月19日に、お嬢さんはお生まれになったんですね」
「ああ、ありました。2月19日、オオ呪ワレテアレ、今日授カッタ三人ノ双生児! これですね。3人の双生児!」
「いかがでしょう。心当たりがありまして」
「これは現地について調べるのが一番早道でしょうね。探偵が机の上で結論を手品のように取り出してみせるのは探偵小説の作りごとです。本当の探偵は実践が大事なので、そこに私たちの腕の見せどころがあるんです、奥さん」
「でもその現地というのが雲をつかむような話で、そもそもどこなのか見当がついていないんです」
「それは奥さん、調べれば分かることです」
「広告にお書きになったサワガニとか立葵とかは、日本中にありますから、手掛かりになりません。でも奥さんは、もっと何か地方的な特徴のあることをご存知のはずです。小さかった時、よく気づくのは物売りの声やお祭りの行事、その辺の狭い地域の地名、幼なじみの名前などです。何か思い出してみてください」
「物売りの声で、何か覚えてるものはないですか」
「さあ、―」
「そうです、魚売りのおばさんの呼び声を思い出しました。こうなんです―いなや鰈や竹輪はおいんなはらーんと」
「おいんなはらーんですね。大変結構なお手掛かりです。もう1つ、お祭りの名前など、いかがでしょう」
「明神さまのお祭りとか、それから太い竹を輪切りにしてくれるサギッチョウとかいうのがありました」
「ああ左義長ですね。それも結構です。それからこの辺りの村の名前とか町の名前とか覚えていませんか」
「近所の地名ですか?アタケっていっていました」
「ああアタケ、安宅と書くんでしょう。ああ、それですっかり分かりました」
「じゃあ奥さんの故郷は四国ですか。阿波の国は徳島というところに、安宅という小さな村があります。そこならサワガニも、立葵もたくさんあります。では私、これから徳島に行って調べてきます。4、5日お待ちください」

原文 (会話文抽出)

「ほう、こんなことが出ていますわ。――二月一日、『タラップ』ノ手摺ヲ修繕スル。相棒ガ不慣デナカナカ捗ラヌ。去年ノ今頃モ修繕シタコトガアッタッケガ、ソノトキハ赤沢常造ノ奴ガイタカラ、半日デ片付イタモノダ。彼奴ガ下船シテ故郷ニ引込ンダノハソノ直後ダッタ。モウ一年ニナルノニ、彼奴ハ故郷ニジットシテイテ、ドコニモ働キニ行コウトシナイ。ワシハオ勝ノコトガ心配デナラン。ト云ッテモ、オ勝ハモウスグオ産ヲスル。オ産ヲスルマデハ、イクラ物好キナ彼奴トテモ手ヲ出ス様ナコトガアルマイ。トハ云ウモノノ、女ヲ盗ムニハ姙婦ニ限ルトユウ話モアルカラ、安心ナラン――ほほう、亡くなった貴女さまのお父さまは、この赤沢常造という男を大分気にしていらっしゃるようですが、これはどんな関係の方でございましょうか」
「その赤沢というのは、伯父さんだと憶えています。一度父と大喧嘩をしたので、あたしは知っているのです」
「どんなことから大喧嘩なすったのでございましょう」
「さあそれは存じません」
「それは重大なことですね。……それから奥様のお生れ遊ばしたのは何日でございましょうか」
「その日記の最後の日附がそうなのです」
「ああそうでございますか。そうそう、この同じ二月十九日に、貴女さまはお生れ遊ばしたのでございますね」
「ああ、ありました。二月十九日、オオ呪ワレテアレ、今日授カッタ三人ノ双生児! これでございますネ。三人の双生児!」
「いかがでございましょう。お心あたりがありまして」
「これは現地について調べるのが一番早や道でございますわ。探偵が机の上で結論を手品のように取出してみせるのはあれは探偵小説の作りごとでございますわ。本当の探偵は一にも実践、二にも実践――これが大事なので、そこにあたくしたちの腕の奮いどころがあるのですわ、奥さま」
「でもその現地というのが雲を掴むような話で第一何処だか見当がついていないのですよ」
「それは奥さま、調べるようにいたせば、分ることでございますわ」
「広告にお書きになりましたサワ蟹とか立葵とかは、日本全国どこにもございまして、これは手懸りになりません。でも奥さまは、もっと何か地方的な特色のあることを御存知の筈と存じますわ。お小さいとき、よくお気のつくものとしては物売りの声、お祭りなどの行事、その辺のごく狭い地区の名、幼な馴染の名などでございますが、一つ思い出していただきましょうか」
「物売の声で、なにか憶えていらっしゃるものはございません?」
「さあ、――」
「そうです、魚売りのおばさんの呼び声を思いだしましたわ。こうなんです――いなや鰈や竹輪はおいんなはらーンで、という」
「おいんなはらーンででございますか。たいへん結構なお手懸りでございますわ。ではもう一つ、お祭の名称など、いかがでございます」
「さあ、――明神さまのお祭りだとか、それから太い竹を輪切りにしてくれるサギッチョウなどというものがありました」
「ああ左義長のことですネ。それも結構です。それからこの辺の村の名とか町の名とか憶えていらっしゃいません」
「近所の地名ですか何ですか。アタケといっていましたわ」
「ああアタケ、安宅と書くのでしょう。ああ、それですっかり分りました」
「すると奥さまのお郷里は四国です。阿波の国は徳島というところに、安宅という小さな村があります。そこならサワ蟹だって、立葵だって沢山あります。ではあたくし、これから鳥度行って調べて参ります。四五日の御猶予を下さいませ」


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