海野十三 『蠅』 「注意をすることが、卑怯であるとは思いませ…

GoogleのAI「Gemini」を使用して現代語化しました。


青空文庫図書カード: 海野十三 『蠅』

現代語化

「注意することは、卑怯だとは思えません」
「怪しいことがあれば、徹底的に注意しないといけません。たとえば……」
「たとえば何ですか?」
「たとえば、あそこを見てください。ハエが壁に止まってますよ。あれを怪しいかどうかととりあえず疑ってみるのが私たちの任務じゃないですか?」
「ハエが一匹、壁に止まってるって?フン、あれは……あれはさっき弁当屋の子供が持ってきた弁当箱から逃げ出したハエじゃないか。全く怪しくない」
「それだけじゃ、怪しくないって証明にはなりません。それはハエがあの黒い箱から逃げ出せる可能性があるっていうだけの話です。あのハエを捕まえて、6本の脚と口吻に何かくっついてないか、顕微鏡で調べてください。何かくっついてたら、化学的に分析します。その結果があの黒い箱の中身である豚料理の一部ならいいんですが、違ったり、何にもくっついてなければ、どうなりますか。あのハエが弁当屋の出前箱にいたものではないって証明ができます。そうすると、あのハエは一体どこから来たのでしょうか。もしかしたら一種の新兵器じゃないかと……」
「あははははは」
「あなたの考えはよくわかりました。こういう考えには昔から、すごく簡単な名前が付けられてるんです。懐疑主義って言うんです」
「いや参謀、それは粗雑な考え方だと思います。そもそもこの部屋にハエが止ってるってことがすごく不思議なことじゃないですか。ここは軍団長のいる部屋ですよ。しかも季節は秋です。ハエがいるなんて、我が国では珍しい現象です」
「弁当屋が持ってきたのなら、怪しくはなさそうですが……」
「特に新兵器っていうのは、敵が全く予想もしてなかったような性能と怪奇な見た目をしてるのが一番です。もしハエの形をした新兵器があったとしたら……。そしてあの弁当屋の子供が実は白軍のスパイだったとしたら……」
「君は神経衰弱だ!」
「参謀は神経が鈍すぎます!」
「いや、君は……」
「鈍物参謀」
「やめろ!」
「はっ」
「もうやめろ、議論は無駄だ。喋ってる暇があるなら、なぜあのハエを捕まえて調べないんだ!」
「はっ」

原文 (会話文抽出)

「注意をすることが、卑怯であるとは思いませぬ」
「怪しいことがあれば、そいつは何処までも注意しなきゃいけません。たとえば……」
「たとえば何だという?」
「たとえば、ああ、そこをごらんなさい。一匹の蠅が壁の上に止まっている。そいつを怪しいことはないかどうかと一応疑ってみるのがわれわれの任務ではないか」
「蠅が一匹、壁に止まっているって? フン、あれは……あれは先刻弁当屋の小僧が持って来た弁当の函から逃げた蠅一匹じゃないか。すこしも怪しくない」
「それだけのことでは、怪しくないという証明にはならない。それは蠅があの黒い函の中から逃げだせるという可能性について論及したに過ぎない。あの蠅を捕獲して、六本の脚と一個の口吻とに異物が附着しているかいないかを、顕微鏡の下に調べる。もし何物か附著していることを発見したらば、それを化学分析する。その結果があの黒函の中の内容である豚料理の一部分であればいいけれど、それが違っているか、或いは全然附着物が無いときには、どういうことになるか。あの蠅は弁当屋の出前の函にいたものではないという証明ができる。さアそうなれば、あの蠅は一体どこからやって来たのだろうか。もしやそれは一種の新兵器ではないかと……」
「あッはッはッはッ」
「君の説はよく解った。そういう種類の説は昔から非常に簡単な名称が与えられているのだ。曰く、懐疑主義とネ」
「イヤ参謀、それは粗笨な考え方だと思う。一体この室に蠅などが止まっているというのが極めて不思議なことではないか。ここは軍団長の居らるる室だ。ことに季節は秋だ。蠅がいるなんて、わが国では珍らしい現象だ」
「弁当屋が持って来たのなら、怪しくはあるまいが……」
「ことに新兵器なるものは、敵がまったく思いもかけなかったような性能と怪奇な外観をもつのを佳とする。もし蠅の形に似せた新兵器があったとしたら……。そしてあの弁当屋の小僧が実は白軍のスパイだったとしたら……」
「君は神経衰弱だッ」
「参謀は神経が鈍すぎるッ」
「いいや、君は……」
「鈍物参謀」
「やめいッ!」
「はッ」
「もうやめいッ、論議は無駄だ。喋っている遑があったら、なぜあの蠅を手にとって検べんのじゃ」
「はッ」


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