海野十三 『ゴールデン・バット事件』 「ありゃチェリーさんだネ」…

GoogleのAI「Gemini」を使用して現代語化しました。


青空文庫図書カード: 海野十三 『ゴールデン・バット事件』

現代語化

「よっ、チェリーさんじゃないか」
「ううん」
「久しぶりだけど、ずいぶん肉付いたよ。別人みたいだ」
「そうね」
「まあ、どうぞどうぞ」
「先日は失礼しました……」
「ん?」
「今のはどういう意味ですか?『先日は失礼しました』って」
「わかんないの?」
「あの金って奴が死んだ時、中毒かかってたんだろ」
「それってひどいモルヒネ中毒だったんだって?」
「そう。死体の解剖でもそうだったんだけど、そのモルヒネ中毒が直接の死因じゃなかったらしい」
「でも、金はどうやってモルヒネを使ってたのか、それが全然わかんねーんだよ。それを解くために苦労して、神戸まで行ったんだ。でも結局、それがどうなってるのかわからなくて。で、ヒントを掴むために金の部屋を物色したら、灰皿の中身からわかったんだ」
「ううん」
「灰皿には、マッチの燃えカスとタバコの灰ばっかりで、吸い殻が一個もなかったんだよ。それが最初のヒントだった。普通は吸い殻が出るはずなのに、それがなかったってことは、普通の吸い方じゃないってことなんだ。で、タバコが大好きないわゆる愛煙家でも、ちょっと変わった吸い方をするんだよ。火のついたタバコがだんだん短くなってくると、ベタベタしてくるじゃない?それが不味くて、大事に最後まで吸うような人はほとんどいない。で、俺は仮説を立てたんだ。それで、仮説を確かめるために、神戸の港で働きながら、怪しい連中を探しまくったんだ。そしたら、ある程度、仮説が当たってることがわかった。でも、証拠が必要だったから、急いで東京に戻ったんだ。で、最初に会って話をしたのが君江だったんだよ」
「君江って、金的情婦だったんでしょ?それでハッキリ聞いちゃったんだ。『金があなたにうまいタバコの吸い方を教えたんでしょ?』って」
「なに?うまいタバコって?」
「そうなんだ。甘いタバコのことを聞いたら、ハッとして顔色を変えたんだ。でももう逃げられないんだよ。先に迫ってたから、必ず白状しなきゃいけなかったんだ。『そうよ』って、ついに君江が答えた。それで俺は言ったんだ。『タバコに白い粉薬をのせて火を付けるんですよね?』君江は黙ってうなずいたよ」
「それで、どういうこと?」
「あれは、モルヒネをタバコに染み込ませて吸う方法なんだ。モルヒネ中毒者は、モルヒネだけを吸うけど、俺たちは、ほんの少量のモルヒネをタバコに混ぜて吸うんだ」
「その方法は?」
「詳しいことは言えないけど、とにかくモルヒネが入ったタバコ──あの場合はゴールデンバットだったんだけど、その切口のところが、一度火をつけてすぐ消したみたいになってるんだ。金は、そういうタバコを吸ってた」
「へー、うまいのか?」
「モルヒネ特有の気持ちいい効きがあるらしいよ。で、金って奴は頭が良かったのか、それを自分だけじゃなくて、ゴールデンバットの女たちにこっそり吸わせてたんだ。女たちは、そんな仕掛けのあるタバコとは知らずに吸って、気持ちよくなっちゃった。で、バカみたいに何本も吸ってるうちに、ついにモルヒネ中毒になっちゃった。そうすると、もう吸わないと苦しくなっちゃうんだよ。しかも、仕掛けのあるタバコのことを知っても、もう手遅れだった。女たちは金にまとわりついて、ゴールデンバットを強要するようになった。金としては願ったり叶ったりだろうな。一本のタバコで、お気に入りの女たちを自由に操ってたんだ」
「へぇー……」
「これは全部、君江から聞き出したんだよ。君江が急に暴れ出したことがあったろ?あれは、金がチェリーに移り始めた頃だったんだ。君江が文句を言ったから、金は怒って『じゃあお前に薬はやらねぇよ』って、薬を減らして黙らせようとしたんだ。君江は他の女よりちょっとだけ多く薬をもらってたんだよ。金が彼女を興奮させて、自分の欲望を満たそうとしてたから。でも、減らされたから、君江は金に食ってかかったんだよ」
「ああ、それで……」
「ところで、金はどこからモルヒネを仕入れてたんだ?」
「それが問題だったんだけど、それも神戸で調べた。ある方面から密輸されたヘロインだったんだ。金は、それを手に入れたときに、その使い方も教わったらしい」
「じゃあ、結構貯めてたんだね。でも金の部屋からは、そんなの出てこなかったって話だけど」
「そうなんだ。そこに面白い問題があるんだよ」
「そのうちわかればいいよ」
「すみませんね。今日は大入りで、手が回りません。こんなの、ゴールデンバットが始まって以来のことですよ」
「みんなサービス良すぎるからでしょ」
「まあ、どうですか?」

原文 (会話文抽出)

「ありゃチェリーさんだネ」
「うん」
「暫く見ない間に、大変肉づきが発達したじゃないか。まるで別人のようだ」
「そうだネ」
「まあ、いらっしゃいませ」
「先刻はどうも……」
「む――」
「今のはどういう訳なんだ、『先刻はどうも』というのは」
「君は覚えているだろう」
「あの金という惨死青年が或る中毒に罹っていたことを」
「ひどいモルヒネ中毒だというんだろう」
「そうだ。屍体解剖の結果、それは十分に証明されたが、しかしあのモルヒネ中毒は彼の直接死因でないことが証明された」
「ところが、あの金が如何なる手段でモヒを用いていたか、それについては一向解らなかったのだ。僕はそれを解くのに大分苦心をして、とうとう神戸へ出掛けるようなことになったのだ。しかし僕は遂にその手段を見つけることが出来た。発見のヒントは、金の部屋を探したときに掴んだものだった。それは灰皿の内容物からだった」
「うむ」
「あのとき、君も知っているだろうが、灰皿の中には、燐寸の燃え屑と、煙草の灰ばかりがあって、煙草の吸殻が一つも見当らなかったことを。あれが最初のヒントなのだ。およそ吸殻のない吸い方をするということは、普通の吸い方ではない。それは愛煙家のうちでも、最も特異な吸い方なのだ。火のついた巻煙草がだんだんと短くなってお仕舞いになると脂くさくなる。これは決して美味いところではない。それを大事に最後まで吸いつくすところに、僕は疑問を挟んだのだ。――そこで僕は、或る一つの仮定を置いた。仮定を置いただけでは十分ではない。僕はその仮定を確めるために、神戸の波止場で仲仕を働きながら、不思議な秘密の楽しみをもっている人達の中を探しまわったのだ。そして遂に私の仮定が、或る程度まで正鵠を射ていることを確めた。しかしその上で、尚実際的証人を得る必要があったのだ。それで僕は急遽東京へ引返した。そして第一番に逢って話をしたのがあの君江なのだ」
「君江というと、彼女は金の情婦として有名だった時代がある。私は一本釘をさして置いた上で尋ねてみた。『君はあのうまい煙草の作り方を、死んだ金から教わったのだろう』と」
「なに、うまい煙草というと?」
「そうなのだ。甘い煙草のことを訊かれて彼女はハッと顔色をかえたが、もう仕方がないのだ。先にさして置いた私の釘は、どうしても彼女の告白を期待していいことになっていたのだ。『ええ、そうですわ』と遂に君江は答えた。そこで私は云った。『煙草にあの白い粉薬を載せて火を点ける。それでいいのだろう』君江は黙って肯いた」
「そりゃ、どういうわけだい」
「なーに、これはあの劇薬を煙草に浸ませて喫う方法なのだよ。鴉片中毒者はモヒ剤だけを吸うが、われわれの場合は、ほんの僅かのモヒ剤を煙草に交ぜて吸うのだよ」
「その方法は?」
「それは詳しく云うことを憚るがネ、とにかくその薬の入った巻煙草――あの場合ではゴールデン・バットだが、そのバットの切口のところは、一度火を点けて直ぐ消したようになっているのだ。金のやつは、こうした仕掛けのある煙草を吸っていた」
「そりゃ、うまいのだろうか」
「モルヒネ剤特有の蠱惑にみちた快味があるというわけさ。ところが金という男は頭がよかったと見えて、それを自分だけに止めず、ゴールデン・バットの女たちに秘かに喫わせたのだ。女たちは、真逆そんな仕掛けのある煙草とは知らず、つい喫ってしまったが、大変いい気持になれた。それでうかうか何本も貰って喫っているうちに、とうとうモヒ中毒に懸ってしまった。さアそうなると、今度はどうしても喫まなければ苦しくてならない。仕舞いには、あの仕掛けのある煙草のことを感づいたのだろうが、そのときはどうにもならないところへ達していた。女たちは金に殺到して、そのゴールデン・バットを強要した。金としては思う壺だったろう。バット一本の懸け引きで、気に入った女たちを自由に奔弄していったのだ」
「そうだったか――」
「これは君江から、すっかり訊いてしまったことなのだよ。君江が一時、狂暴になったことがあったネ。あれは金が寵愛をチェリーに移し始めた頃だったんだ。君江はそれを愚図愚図云ったものだから、金は怒って、それじゃお前には今までのように薬をやらないぞといって、薬の制限で君江を黙らせようとしたのだ。君江は他の女よりすこし分量を多く貰っていた。それは金が彼女を強烈に興奮させて置いて、自分の慾情を唆ろうとしたためだった。ところがその分量を減らされたために、君江はああして金に喰ってかかったのだ」
「ああ、するともしや……」
「一体あのモヒ剤はどこから金が手に入れていたのかい」
「それが問題だったが、これも神戸で調べあげた。あれは某方面から密輸入をしたヘロインだったんだ。金はそれを手に入れたときに、あの用い方も一緒に教わったものらしい」
「では、相当貯蔵していたんだネ。でも金の部屋から、そんなものが出て来た話を聞かなかったじゃないか」
「そうだ。そこに面白い問題があるんだよ」
「いまにだんだん判ってくるから」
「どうも済みません。今夜は御覧のとおりの大入で、うまく廻らないんですよ。まあどうでしょう。こんなに忙しいことは、このゴールデン・バットが出来て初めてのことなのよ」
「君たちのサービスが良すぎるせいだろう」
「どうですか――」


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