海野十三 『赤外線男』 「昨夜、貴方の襲撃された模様をお話し下さい…

GoogleのAI「Gemini」を使用して現代語化しました。


青空文庫図書カード: 海野十三 『赤外線男』

現代語化

「昨夜、襲われた時のことを話してください」
「恥ずかしい話ですが」
「何時頃だったか分かりませんが、研究室のベッドで寝ていた私は、ガタリという結構な音にふと目が覚めると、どうでしょう。部屋の入り口のドアの上半分にポッカリ大きな穴が開いてるんです。枕元のスタンドをつけて寝るんで、それで分かったんです。私はびっくりして飛び起きました。すると、あの赤外線テレビ装置がグラグラと独りで揺れ始めました。あれよあれよという間に、装置の蓋がパッと宙に舞い上がって、ガタンと床に落ちました。私が呆然としていると、今度はガチャーンとすごい音がして、あの装置が爆発したんです。真空管の破片が飛びました。大きな回転盤が半分くらいもげて飛んでしまいます。続いてガチャンガチャンと大きなレンズが壊れて、頑丈なケースが薪でも割るようにメリメリと引き裂かれます。私は肝を潰しましたが、もしかしたら、これはこの装置で見たことのある赤外線人間じゃないかと考えると、ぞっとしました。見えないものを見た私への復讐じゃないかしらと思いました。私はそっと逃げ出して、部屋の隅にでも隠れるつもりでベッドから滑り降りようとするところを、ギュッと抱きしめられてしまいました。それでいて私の周りに何も異常はないんです。でも身体が動かせなくなって、恐ろしい力がじわじわと加わるので、骨が折れそうになって、思わず『痛い、助けて』と叫びました。すると急に、ガーンと頭に一発くらってその場で気を失ってしまいました。それから途中、全然記憶がなくて、いやというほど腹に痛みを覚えて、ハッと気がつくと、私は変なところに載ってるんです。それがさっき、皆さんから降ろしてもらったあの背の高い変圧器の上です。口には猿轡がはめられて、手は後ろで縛られて、立ち上がることすらできません。下を見ると、なんとでしょう。奇々怪々な光景が悪夢のように目に飛び込んできます。実験棚の扉が、風に煽られたように、バタンと開きます。すると棚に並べてあったたくさんの原書が生き物のようにポンポンと飛び出してきて、床の上に落ちます。引き出しが一つ一つ、ヒョコヒョコ外れて飛行機の操縦みたいなことをすると、中に入ってた洋紙や薬の小瓶などが、花火のように空中に飛び交います。いやその化け物屋敷みたいなすごい光景は、正視するのが怖くて、思わず目を閉じて、普段唱えたこともなかったお経を唱えていました」
「それで、どうしました?」
「それからです。部屋の騒ぎが少し収まると、今度は壊れた入り口がガタガタと鳴りました。何か廊下に足音がして、それが遠ざかっていくように聞こえました。すると間もなく、向うの方で大きな音がし始めました。弓矢で扉を叩き割るような恐ろしい音です。あれは今考えると、どうやら事務室の入り口だったようです。その音もいつしか消えて、今度はまた別の、ゴトンゴトンという音に変わり、何か小さなものを投げつけてるように思いましたが、それも5分、10分と経つうちにだんだん静かになり、やがて何も聞こえなくなりました。私は赤外線人間がまだこの部屋に戻ってくるんじゃないかと、魂も消し飛ぶほどガタガタ震えていましたが、幸いそのあと別に異常もなく、やっと我に返ったようなわけでした。いやなんて言っていいのか、こんなに恐ろしいと思ったことはありません」
「あなたは、そのとき、何かドアが閉まるような音を聞きませんでしたか」
「そうです。そういえば、足音らしいものが空虚に響いて、トントンと遠ざかるように思いましたが、別にドアがギーッと閉まる音には気づきませんでした」
「ふふん、それはどうも……」
「どうでしょうか、ちょっとお尋ねしますが」
「さっきの深山先生のお話では、赤外線人間が、この建物からドアを閉めて出て行った様子がないそうですが、そうすると、赤外線人間はまだこの建物の中にうろついてるんでしょうか」
「それは分からないね」
「この辺にうろついてるかもしれないけど、一方で考えると、赤外線人間が建物から出ていくときに、別に所長に叱られるわけじゃないから、あなたみたいに必ずドアをガタンと閉めていくとは限らないからな」
「先生、一つ発見しましたよ。この部屋の棚の隅に大きな靴跡がありました」
「靴跡ですか」
「そうです。ちょっと変わった大足です。もちろん、深山理学士のでもないし、またこれは男の靴だから、この部屋のダリアさんのでもない。大きさから背丈を計算すると、どうしても5尺7寸はある。それからゴムのかかとのすり減り具合からするとこれは血気盛んな青年のものだと思います」
「検事さん、ちょっと待ってください」
「その足跡は犯人なんですか、どうなんですか?」
「それはもちろん、今のところ棚の隅にあったというだけのことさ」
「それにですね、赤外線人間というのは、見えない人間なんじゃありませんか。その見えない人間が、足跡を残すというのはおかしくないですか?」
「でも先生」
「深山君の報告によると、赤外線人間はこの運動場を人間のような格好で歩いていたというぞ。そうすると、赤外線人間だって、地球の重力を受けて歩いているんだから、空中を飛んでるわけじゃない。だから身体は見えないけど、地面に接するところには、赤外線人間の足跡が残らないといけないと思うよ」
「足跡が見えるなら、靴も見えててもいいでしょう。少なくとも、靴の裏は見えててもいいわけです。そこには僕らの目に見える泥がついてるんだから」
「ねえ、先生」
「これはどうも僕らには手に負えなさそうだよ。第一、知識が足りない」
「そうですよ」
「仕方がないから、これは一つあの男に頼むことにしよう。帆村荘六をさ」
「帆村さんですか。実は私も前からそう考えていました」

原文 (会話文抽出)

「昨夜、貴方の襲撃された模様をお話し下さい」
「どうも面目次第もないことですが」
「何時頃だったか存じませぬが、研究室のベッドに寝ていた私は、ガタリというかなり高い物音に不図眼を醒してみますと、どうでしょうか。室の入口の扉の上半分がポッカリ大孔が明いています。これは枕許のスタンドを点けて寝るものですから、それで判ったのです。私は吃驚して跳ね起きました。すると、あの赤外線テレヴィジョン装置がグラグラと独り手に揺れ始めました。オヤと思う間もなく、装置の蓋が呀ッという間もなく宙に舞い上り、ガタンと床の上に落ちました。私が呆然としていますと、今度はガチャーンと物凄い音がして、あの装置が破裂したんです。真空管の破片が飛んできました。大きな廻転盤が半分ばかりもげて飛んでしまう。つづいてガチャンガチャンと大きなレンズが壊れて、頑丈なケースが、薪でも割るようにメリメリと引裂かれる。私は胆を潰しましたが、ひょっとすると、これはこの装置で見たことのある赤外線男ではないかしらと考えると、ゾーッとしました。見る可からざるものを視た私への復讐なのではないかしらと思いました。私はソッと逃げ出し、室の隅ッこにでも隠れるつもりで、寝床から滑り下りようとするところを、ギュッと抱きすくめられてしまいました。それでいて身の周りには何の異変もないのです。しかし身体の自由は失われて、恐ろしい力がヒシヒシと加わり、骨が折れそうになるので、思わず『痛い、助けて呉れ』と怒鳴りました。ところがイキナリ、ガーンと頭へ一撃くってその場へ昏倒してしまったのです。それから途中、全然記憶が欠けているのですが、イヤというほど横ッ腹に疼痛を覚えたので、ハッと気がついてみますと、私は妙なところに載っているのです。それが先刻、皆さんから降ろしていただいたあの背の高い変圧器の上です。口には猿轡を噛ませられ、手は後に縛られ、立ち上ることも出来ない有様です。下を見ると、これはどうでしょう。奇々怪々な光景が悪夢のように眼に映ります。実験戸棚の扉が、風にあおられたように、パターンと開く、すると棚に並べてあった沢山の原書が生き物のようにポーンポンと飛び出してきては、床の上に落ちる。引出しが一つ一つ、ヒョコヒョコ脱け出して飛行機の操縦のようなことをすると、中に入っていた洋紙や薬品の小壜などが、花火のように空中に乱舞する。いやその化物屋敷のような物凄い光景は、正視するのが恐ろしく、思わず眼を閉じて、日頃唱えたこともなかったお念仏を口誦んだほどでした」
「それから、どうしたです」
「それからです。室内の騒ぎが少し静まると、こんどは、壊れた戸口がガタガタと鳴りました。何だか廊下に跫音がして、それが遠のいてゆくように聞えました。すると間もなく、向うの方で大きな響がしはじめました。掛矢でもって扉を叩き割るような恐ろしい物音です。それは今から考えてみますと、どうも事務室の入口のように思われました。その物音もいつしか消えて、こんどは又別の、ゴトンゴトンという音にかわり、何となく小さい物を投げつけているように思いましたが、それも五分、十分と経つうちに段々静かになり、軈て何にも聞えなくなりました。私は赤外線男がまだ此の室へ引返してくるのではないかと、気も魂も消し飛ばしてガタガタ慄えていましたが、幸にもその後、別に異変も起らず、やっと我れに返ったようなわけでした。いや何と申してよいか、あのように恐ろしいと思ったことはありませんでした」
「君は、そのとき、何か扉の閉るような物音をききはしなかったかネ」
「そうです。そういえば、跫音らしいものが空虚な反響をあげて、トントンと遠のくように思いましたが、別に扉がギーッと閉まる音は気がつきませんでした」
「ふふん、それはどうも……」
「どうでしょうか、ちょっとお尋ねしますが」
「今の深山先生のお話では、赤外線男が、この建物から扉を閉めて出て行った様子がございませんが、そうしますと、赤外線男はまだこの建物の中でウロついているのでございましょうか」
「そりゃ判らんね」
「この辺にウロウロしているかも知れないが、また一方から考えると、赤外線男が建物から出てゆくときにゃ、別に所長さんに叱られるわけではないから、君のように必ず扉をガタンと閉めてゆくとは限らないからナ」
「君、一つ発見したよ。この室の戸棚の隅に大きな靴の跡があったよ」
「靴の跡ですか」
「そうだ。これはちょっと変っている大足だ。無論、深山理学士のでもないし、またこれは男の靴だから、この室のダリア嬢のものでもない。寸法から背丈を計算して出すと、どうしても五尺七寸はある。それからゴムの踵の摩滅具合から云ってこれは血気盛んな青年のものだと思うよ」
「検事さん、待って下さい」
「その足跡は果して犯人のでしょうか、どうでしょうか」
「それは勿論、いまのところ戸棚の隅にあったというだけのことさ」
「それにですな、赤外線男というのは、眼に見えない人間なんじゃないですか。その見えない人間が、足跡を残すというのは滑稽じゃないでしょうか」
「しかし君」
「深山君の報告によると、赤外線男はこの運動場を人間のような恰好して歩いていたというぞ。してみれば、赤外線男とて、地球の重力をうけて歩いているので、空中を飛行しているわけではない。だから身体は見えなくても、大地に接するところには、赤外線男の足跡が残らにゃならんと思うよ」
「足跡が見えるなら、靴も見えたっていいでしょう。すくなくとも、靴の裏は見えたっていいわけです。そこには我々の眼に見える泥がついているのですからネ」
「ねえ、君」
「これはどうも俺たちの手にはおえないようだよ。第一、知識が足りない」
「そうですヨ」
「仕方がないから、これは一つ例の男を頼むことにしてはどうかネ。帆村荘六をサ」
「帆村君ですか。実は私も前からそれを考えていたのです」


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