GoogleのAI「Gemini」を使用して現代語化しました。
青空文庫図書カード: 海野十三 『爬虫館事件』
現代語化
「あなたは知らないんですね」
「これは――」
「――ロシア兵の撃った銃弾です。そして、これは30日から行方不明になってる河内園長の体内に28年間潜んでいたものです。言ってみれば、河内園長の身元確認できるものなんです。しかも園長の体を燃やすか溶かさないと出てこない一生ものなんです」
「そんないいかげんなことはやめろ!」
「残念ですが、あなたの計画は見事に失敗しましたよ。あなたは園長を殺すために医学と理学を学び、スマトラまで行ってヘビの研究に没頭しました。そして日本に帰ると、大金を寄付してこの爬虫館を建て、研究を続けました。7匹のニシキヘビはあなたの研究材料であると同時に、強力な凶器を生み出すものでした。私たちは医学の授業で、犬の手術をして唾液腺を体外に出して、おいしいエサを見せて体外に流れ出た犬の唾液を採取する実験をよく見かけますが、あなたは生物学と外科に優れた知識と技術で、ヘビのお腹に穴をあけ、消化液を丹念に採取したんです。それは入念な注意を払って今まで保管されていました。そしてここに並んでいるタンクは、精巧に作られた人工の胃腸だったんです」
「鴨田さんは30日の午前11時20分頃、園長をひそかに人のいないこの部屋に誘い込んで毒殺しました。それですぐ園長の服を脱がせて裸にし、服などはあの大きなバッグに入れて夕方、何事もなかったように園の外に運び出しましたが、それは後のお話で、鴨田さんは園長の口を開けてヘビの消化液には溶けない金歯を全部取り出すと、もう全部溶けると思ってこの3番目のタンクに入れました。それで長い間保管していたニシキヘビの消化液をタンクに入れて密封をし、電気仕掛けで同心管――それはヒダのある人工胃腸なんですが、その胃腸を動かしたんです。適切な温度で続けたら、鴨田さんの研究によると、今夜の8時頃までには完全に園長の体はタンクの中で跡形もなく溶けてしまうことが分かっていたんです。鴨田さんにその自信があったからこそ、この時間にタンクを開けるのを承諾したんです。そしてさらなる計画として、タンクの中の液体をそのまま下水道に流すことにしました。急いで流せば、こんな静かな場所だから音が分かっちゃうんで、排水弁を少しだけ開けて、ゆっくりと園長の溶けたタンクの内容液を流しました。でもそこでは大きな失敗がありました。流すスピードが遅すぎて、園長の体内にあった弾丸は流れ出せずに、ヒダの間に残ってしまったんです。この弾丸というのは、園長が沙河の激戦で奮闘した結果敵の弾を何発も受けて、後に野戦病院で大きな手術を受けましたが、結局取り出せずに体内に残った1発が残ったんです。その1発が皮肉にも棺桶ならぬこのタンクの中へ残ったわけです。本当に恐ろしいことですよね。ちなみに、園長の金歯は厚かましくも私の目の前でビーカーの王水に溶かして下水に流しました。万年筆やボタンは鴨田さん自身が撒いたもので、これは犯罪者特有のちょっとした攪乱工作です」
「でたらめだ、作り話だ!」
「では仕方がないので、最後にお話をしましょう」
「この犯行の動機は、本当に悲惨な出来事からきています。話は日露戦争の頃にさかのぼりますが、河内園長が満州の野に出て軍曹となり、一個分隊の兵士を率いて沙河の最前線、遼陽の戦いで奮闘したときのことです。その時に柵山南条という二等兵が、敵の目の前でひどい行動をとったために、皇軍の陣営が崩れそうになったのでやむを得ず、涙を流してその柵山二等兵を殺したんです。これは軍法に定めがあるしかたない殺人ですが、それを分隊員の一人が見ていて、本国に凱旋してから柵山二等兵の未亡人にうっかりしゃべってしまったんです。未亡人は殺された夫以上にしっかりした人で、その時はまだ幼かった一人の男の子を抱きしめて、河内軍曹への復讐を誓ったんです。その男の子――鴨田兎三夫さんはその後、母の姓の鴨田を名乗って、途中で亡くなった母の意志を継いで、こういうことになったわけです」
「これ以上言う必要はありませんよね。最後に紹介したい人物が一人います。それはこの話のきっかけを教えてくれて、その後の調査に協力してくれた故園長の古い戦友、半崎甲平さんです。この人は園長と同じ出身で、衛生隊員として出征していたので、後に園長がX線で体内の弾丸を見たときにも立ち会い、また戦場の秘密話を園長から聞いた方です。鴨田さんの亡くなったお父さんのことも知っているので、ここに連れてきました。今、ご案内します」
原文 (会話文抽出)
「貴方はこれをご存知ですか」
「貴方はご存知なかったのですね」
「これはですね――」
「――これは露兵の射った小銃弾です。そして、これは三十日から行方不明になられた河内園長の体内に二十八年この方、潜っていたものです。云わば河内園長の認識標なんです。しかも園長の身体を焼くとか、溶かすかしなければ出て来ない終身の認識標なんです」
「そんな出鱈目は、よせ!」
「いや、お気の毒に鴨田さんの計画は、とんだところで失敗しましたよ。貴方は園長を殺すために、医学を修め、理学を学び、スマトラまで行って蟒の研究に従事せられた。そして日本へ帰られると、多額の寄附をしてこの爬虫館を建て、貴方は研究を続けられた。七頭のニシキヘビは貴方の研究材料であると共に、貴重な兇器を生むものだった。私どもはよく医学教室で、犬を手術し、唾液腺を体外へ引張り出して置いて、これにうまそうな餌を見せることにより、体外の容器へ湧きだした犬の唾液を採集する実験を見かけますが、貴方は生物学と外科とにすぐれた頭脳と腕とで、蟒の腹腔に穴をあけ、その消化器官の液汁を、丹念に採集したのです。それは周到なる注意で今日まで貯蔵されていました。そして又ここに並んでいるタンクは、巧妙な構造をもった人造胃腸だったんです」
「鴨田さんは三十日の午前十一時二十分頃、園長をひそかに人気のない此の室に誘い、毒物で殺したんです。そこで直ちに園長の軽装を剥いで裸体とし、着衣などは、あの大鞄に入れ其の夕方、何喰わぬ顔で園外に搬び去りましたが、それは後の話として、鴨田さんは園長の口をこじ開けるや、蟒の消化液では溶けない金歯をすっかり外して別にすると、もうこれで全部が溶けるものと安心して此の第三タンクに入れました。そこで永年貯蔵して置いたニシキヘビ消化液をタンクへ入れて密封をすると、電動仕掛けで同心管――それは襞をもった人造胃腸なんですが、その胃腸を動かし始めたんです。適当な温度に保ってこれを続けたものですから、鴨田さんの研究によると、今夜の八時頃までに完全に園長の身体はタンクの中で、影も形もなく融解してしまうことが判っていました。 鴨田さんにその自信があったればこそ、この時間になってタンクを開くことを承知されたのです。そして尚も計画をすすめて、タンクの中の溶液を、そのまま下水へ流してしまうことにしました。急いで流せば、こんな静かなところだからそれと音を悟られるので、排水弁を半開とし、ソロソロと園長の溶けこんだタンクの内容液を流し出したんです。しかしそれは一つの大失敗を残しました。流出速度が極めて緩慢だったために、園長の体内に潜入していた弾丸は流れ去るに至らず、そのまま襞の間に残留してしまったんです。この弾丸というのは、園長が沙河の大会戦で奮戦の果に身に数発の敵弾をうけ、後に野戦病院で大手術をうけましたが、遂に抜き出すことの出来なかった一弾が身体の中に残りました。その一弾が皮肉にも棺桶ならぬ此のタンクの中へ残ったわけなんです。本当に恐ろしいことですね。なお附け加えると、園長の金歯は、大胆にも私の見ている前でビーカー中の王水に溶かし下水道へ流しました。万年筆や釦は鴨田さん自身が撒いたもので、これは犯罪者特有のちょっとした掻乱手段です」
「出鱈目だ、捏造だ!」
「では已むを得ませんから、最後のお話をいたしましょう」
「この犯行の動機は、まことに悲惨な事実から出て居ます。話は遠く日露戦争の昔にさかのぼりますが、河内園長が満州の野に出征して軍曹となり、一分隊の兵を率いて例の沙河の前線、遼陽の戦いに奮戦したときのことです。其のとき柵山南条という二等兵がどうした事か敵前というのに、目に余るほど遺憾な振舞をしたために、皇軍の一角が崩れようとするので已むを得ず、泪をふるって其の柵山二等兵を斬殺したのです。これは、軍規に定めがある致方のない殺人ですが、それを見ていた分隊中の或る者が、本国へ凱旋後柵山二等兵の未亡人にうっかり喋ったのです。未亡人は殺された夫に勝るしっかり者で、そのときまだ幼かった一人の男の子を抱きあげて、河内軍曹への復讐を誓ったのです。その男の子――兎三夫君は爾来、母方の姓鴨田を名乗って、途中で亡くなった母の意志を継ぎ、さてこんなことになったのです」
「もう後は云う必要がありますまい。最後に御紹介したい一人の人物があります。それはこの話のヒントを与えて以後私の調べに貢献して下すった故園長の古い戦友、半崎甲平老人であります。この老人は同郷の出身ですが、衛生隊員として出征せられていたので、後に園長がX線で体内の弾丸を見たときにも立合い、また戦場の秘話を園長から聴きもした方です。鴨田さんの亡き父君のことも知ってられるんですから、此処へお連れしました。いま御案内して参りましょう」