海野十三 『赤耀館事件の真相』 「では姉が……」…

GoogleのAI「Gemini」を使用して現代語化しました。


青空文庫図書カード: 海野十三 『赤耀館事件の真相』

現代語化

「つまり姉が……」
「姉が兄を殺したんですか?」
「お嬢さん、私たちの失敗はそこにあるんです。見てください。綾子夫人の像から2センチほど離れたところに、大きな手の跡がX線で発見されています。これは丈太郎さんの右手なのです。綾子夫人を壁際に押し付けたとき、丈太郎さんの手は夫人の濡れた服をつかんでいました。そのとき丈太郎さんは中毒で力尽き、この壁の上に濡れた手でつかまり、そのまま下に倒れてしまったんです。丈太郎さんの死亡時刻は午後9時3分と断定できます。周囲の状況からして、綾子夫人は丈太郎さんのところへレモナーデを持ってきたんです。丈太郎さんは9時2分過ぎに時報受信の実験をして、優しい妻の差し出すレモナーデを一口飲みました。ところが丈太郎さんはすぐに身体に異変を感じ、これは綾子夫人が毒入りのレモナーデを飲ませたせいだと決めつけ、すぐに夫人に飛びかかって壁際に押し付けはしたものの、そのときには中毒が丈太郎さんの心臓を止めてしまっていたんです。私たちの実験では綾子夫人が犯人であるとしか言えませんでしたが、私は夫人を犯人と断定できません。いや、この部屋にはまだ私たちが見落としている手がかりがあるはずです。まず見つけなければならないのは、丈太郎さんがどうやって青酸を摂取したかということです。コップの中に青酸カリが入っていたとすると、綾子夫人も青酸ガスを吸い込んでその場で命を落としているはずです。お嬢さんにお聞きしますが、丈太郎さんは何かものを口にくわえる癖はありませんでしたか?」
「まあ、よくご存じで――私もすっかり忘れていました。兄は変な癖がある人で、こういう風に左手の親指と人差し指と中指をキュッと曲げて、そのあとで人差し指と中指をくっつけたまま、下唇の内側をこんな風に……」
「ちょっと待って、お嬢さん。そんな危ない真似は絶対にしないでください。でもそれは重要な情報を教えていただきました。もしかしたら3つ目の発見ができるかもしれません。尾形さん、そこの受信機をそっと窓の方へ運んでください。できるだけ静かに、端を持って……」

原文 (会話文抽出)

「では姉が……」
「姉が兄を殺したのでございますか」
「お嬢様、私たちの失敗は、そこにあるのです。ごらんなさい。綾子夫人の像から二寸ばかり離れた場所に、大きな手の跡がX線によって発見されています。これは丈太郎氏の右手なのです。綾子夫人を壁ぎわに押しつけたとき丈太郎氏の手は夫人の濡れた衣服をつかんでいたのでした。そのとき丈太郎氏は中毒のために力を失い、この壁の上にぬれた手をつくなり、バッタリ下に斃れてしまったのです。丈太郎氏の臨終は正に午後九時三分であると断言することが出来ます。周囲の状況から考えますと、綾子夫人は丈太郎氏のところへ、レモナーデを搬んで来たのです。丈太郎氏は九時二分過ぎに時報受信の実験をやり、やさしい夫人の捧げるレモナーデを手にとって一口に飲んだのでした。ところが丈太郎氏は忽ち身体に異常を覚え、これはてっきり綾子夫人が毒を仕掛けたレモナーデを飲ませたせいであると思い、忽ち夫人に飛びかかって壁際に押しつけはしたものの、其の時、中毒作用は丈太郎氏の心臓を止めてしまったのです。私どもの実験は綾子夫人を犯人として画き出すほか、何の効果もありませんでした。しかし私は夫人を犯人とするに忍びないのです。いやまだまだ此の室には、私達の未だ発見していないような参考資料がある筈です。第一に探し出さねばならぬことは、丈太郎氏は如何なる手段によって青酸を口にせられたかということです。コップの中に青酸加里があったとすると、綾子夫人も青酸瓦斯を吸いこんで命を其の場に喪った筈なのです。お嬢さんにお伺いいたしますが、丈太郎氏は、何かものを口にくわえるといった風な癖をお持ちではありませんでしたでしょうか」
「まあ、よく御存知でいらっしゃいますこと――私もウッカリ忘れて居ました。兄は不思議な癖のもち主でございました。こういう風に左手の親指と、人差指と中指とをピッとひねり、そのあとで人差指と中指とを一緒に並べたまま、下唇の内側をこんな風に……」
「ま、待って下さい、お嬢さん、そんな悪い真似は本当におやりにならぬように。しかしそれはいいことを伺いました。第三の発見ができるかも知れません。尾形さん、そこにある受信機をそのままそっと窓の方へ一緒に担いで呉れ給え。なるべく静かに、そして端の方をもって……」


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