夏目漱石 『趣味の遺伝』 「その河上について何か面白い御話はないでし…

GoogleのAI「Gemini」を使用して現代語化しました。


青空文庫図書カード: 夏目漱石 『趣味の遺伝』

現代語化

「その川上さんって、何か面白い話あんのか?」
「川上って、今言ったみたいにもう何人もいるんだけどさ。どの川上さんの話?」
「どれでもいいよ」
「面白いって言うと、どんな話が?」
「何でもいいよ。ちょっと材料が欲しいから」
「材料? 何に使うの?」
「ちょっと調べたいことがあるんだ」
「へぇ。ゴンゴロウってやつは、だいぶ威張り散らしてたやつで、維新のときとかも暴れまくってたんだ――あるときお前の長い刀持って俺んとこ議論しに来たんだけどさ、……」
「いや、そういうんじゃなくてさ。もっと家庭内で起きたような、今でもみんなが覚えてるような面白い話はないか?」
「ゴンゴロウの親父って、どんな人だったんすか?」
「才蔵かな。こいつはまた優しいやつでさ、――お前の知ってるコウイチにそっくりなんだよ、よく似てる」
「似てますか?」
「ああ、そっくりだよ。で、その頃は維新ももうちょっと前だったから、世の中も平和だし、親父が留守番役だったから、金使って遊びまくってたみたいだ」
「その人のこと、何か浮いた話とか――浮いた話っていうと変だけど――ないっすか?」
「いや才蔵といえば可哀想な話があるんだ。その頃家中に小野田帯刀ってやつがいて、200石取りの侍だったんだけど、ちょうど川上んとこに屋敷があって。この帯刀に娘がいて、それがまた藩で一番の美人だったんだけどさ、お前」
「なるほど」
「で、両家は向かい同士だから、しょっちゅう行き来するんだ。行き来するうちにその娘が才蔵に惚れちまった。とにかく才蔵んとこに嫁に行かなきゃ死ぬとか騒ぎ出してさ――いや女ってやつは始末に負けないよ――どうしても行かせてくれって泣くわけよ」
「ふーん、それで思い通りになったんですか?」
「で、帯刀から才蔵の親父に話が来たんだけど、才蔵も実はすごく欲しかったからそれでいいって返事をする。結婚の日も決めちゃうくらい話が進んでたんだ」
「いい話じゃん」
「そこまではよかったんだけどさ、――とんでもないことが起きたんだ」
「へぇ」
「その頃家老に才蔵と同じくらいの年の息子がいて、この息子がまた帯刀の娘に惚れて、どうしても嫁に欲しいって求婚するんだけど、もう才蔵んとこに約束しちゃったあとだった。家老でもこのことについてはどうにもできねえ。でもこの息子って、子供の頃から殿様の世話をして育ったやつで、すごい殿様に気に入られててさ、――どこどう動いたのか知らねえけど、殿様の命令でその娘をそっちに嫁がせろって帯刀に言いくるめちゃったんだ」
「気の毒だなあ」

原文 (会話文抽出)

「その河上について何か面白い御話はないでしょうか」
「河上? 河上にも今御話しする通り何人もある。どの河上の事を御尋ねか」
「どの河上でも構わんです」
「面白い事と云うて、どんな事を?」
「どんな事でも構いません。ちと材料が欲しいので」
「材料? 何になさる」
「ちと取調べたい事がありまして」
「なある。貢五郎と云うのはだいぶ慷慨家で、維新の時などはだいぶ暴ばれたものだ――或る時あなた長い刀を提げてわしの所へ議論に来て、……」
「いえ、そう云う方面でなく。もう少し家庭内に起った事柄で、面白いと今でも人が記憶しているような事件はないでしょうか」
「貢五郎という人の親はどんな性質でしたろう」
「才三かな。これはまた至って優しい、――あなたの知っておらるる浩一に生き写しじゃ、よく似ている」
「似ていますか?」
「ああ、実によく似ている。それでその頃は維新には間もある事で、世の中も穏かであったのみならず、役が御留守居だから、だいぶ金を使って風流をやったそうだ」
「その人の事について何か艶聞が――艶聞と云うと妙ですが――ないでしょうか」
「いや才三については憐れな話がある。その頃家中に小野田帯刀と云うて、二百石取りの侍がいて、ちょうど河上と向い合って屋敷を持っておった。この帯刀に一人の娘があって、それがまた藩中第一の美人であったがな、あなた」
「なるほど」
「それで両家は向う同志だから、朝夕往来をする。往来をするうちにその娘が才三に懸想をする。何でも才三方へ嫁に行かねば死んでしまうと騒いだのだて――いや女と云うものは始末に行かぬもので――是非行かして下されと泣くじゃ」
「ふん、それで思う通りに行きましたか」
「で帯刀から人をもって才三の親に懸合うと、才三も実は大変貰いたかったのだからその旨を返事する。結婚の日取りまできめるくらいに事が捗どったて」
「結構な事で」
「そこまでは結構だったが、――飛んだ故障が出来たじゃ」
「へええ」
「その頃国家老にやはり才三くらいな年恰好なせがれが有って、このせがれがまた帯刀の娘に恋慕して、是非貰いたいと聞き合せて見るともう才三方へ約束が出来たあとだ。いかに家老の勢でもこればかりはどうもならん。ところがこのせがれが幼少の頃から殿様の御相手をして成長したもので、非常に御上の御気に入りでの、あなた。――どこをどう運動したものか殿様の御意でその方の娘をあれに遣わせと云う御意が帯刀に下りたのだて」
「気の毒ですな」


青空文庫現代語化 Home リスト