GoogleのAI「Gemini」を使用して現代語化しました。
青空文庫図書カード: 岡本綺堂 『半七捕物帳』
現代語化
「全員に配ったわけではないでしょうが、グループに2、3本ずつは行き渡ったと思います」
「ここの家の人たちにもみんな配ったのか?」
「はい。女中さんにも全員配りました」
「そうか。じゃあ、先生、ちょっと頼みがあるんだけど。さすがに俺が行って1人1人調べるわけにもいかないから、今から2階に行って、先生が手拭を配った記憶のあるおかみさんたちを回って聞いてきてくれないか」
「何を聞くんですか?」
「手拭を持ってますかって言って……。娘や子供には用はない。おしろいをつけてる人だけがいいんだ。もし手拭を持ってないって人がいたら、すぐに俺に知らせてくれ」
「話が長くなりますから、ここで一気に種明かししちゃいましょう」
「先生はそれから2階に行って、観客を1人ずつ調べたけど、どうも分からないんです。先生だって遠慮しながら調べてるから、埒が明きません。2階を調べ、楽屋を調べても、どうも当たらず障らずで、今度は俺が自分で田原屋の女中を調べることになったんです。田原屋には4人の女中がありまして、その女中頭を勤めてるのはおはまって女で、30歳くらいで、丸髷に結っておしろいをつけてました。これはここのうちの親戚で、手伝いながら去年から来てたんです。これを厳しく調べると、とうとう白状しました」
「その女が殺したんですか?」
「ええ。幽霊のように真っ青な顔をしてて、初めから様子が変だったんですけど、調べると意外にもすらすら白状しました。この女は以前両国辺りのある町人の家に奉公してるうちに、そこの主人の手がついて、身重になって宿に下がって、そこで女の子を生んだんです。すると、主人の家には子どもがいないので、本妻も承知の上でその子を貰い受けるって話になったんですけど、おはまは親子情でどうしてもその子を先方に渡したくなくて、どんなに苦労しても自分の手で育てたいと強情を張ったのを、仲を取り持った人たちがいろいろと説得して、子どもは主人のほうに引き渡し、自分は相当の手当てをもらって一生縁を切るってことに決まったんです。でも、おはまはどうしても我が子のことが忘れられなくて、それから気病みみたいになって2、3年フラフラしてるうちに、主人からもらった金も大抵使っちゃって、本当に困ったことになりました。それでも身体は少し丈夫になったので、それから3、4か所に奉公しましたが、子どもがいる家に行くとわけもなくその子にひどいことをして、1つのところに長くは勤まらず、自分の子どもがいる家は嫌だってことで、遠縁の親戚にあたるこの田原屋に手伝いに来てたんです。これだけ話せばだいたい察しがつくでしょう。その日もおていが美しい繻子で着飾ったのを見て、ああかわいい子だってしみじみ見惚れてるうちに、ちょうど自分の子も同じ年頃だってことを思い出すと、なんだか急に感情が高まって、おていをそっと庭先に呼び出して、不意に絞め殺してしまったんです。昼間のことでしたが、楽屋には大勢の人がごちゃごちゃしてたのに、どうして気がつかなかったんですかね。いや、誰か1人でも気がつけばこんな騒ぎにならなかったんですけど、間違いが起こる時は不思議なものですよ」
「で、その手拭の問題はどうなったんです。手拭になんか証拠でもあったんですか?」
「手拭に薄い歯形が残ってたんです。薄いおしろいの痕が……。それで、たぶんおしろいをつけた女が袖から手拭を出したときに、ちょっと口にくわえたものと判断して、お歯黒の女ばかり取り調べたわけです。おはまはあの日に初めておしろいをつけたばかりで、まだよく乾いてなかったみたいですね」
「それからその女はどうなったんです?」
「もちろん死罪の予定でしたが、上でも多少の情けがあったと見えて、ご挨拶は済みましたがっていうことで、2、3年牢屋に入れられてましたが、そのうちにとうとう牢屋の中で死んでしまいました。大和屋も気の毒でしたが、おはまも本当にかわいそうでしたよ」
「本当にですね」
「こうなると、自転車や荷馬車ばかり取り締まっても無駄ですね」
「その通りです。表面に見えるものは避けられますが、もう一歩奥にあるものはどうにもしようがないでしょう。さっきの話の他にも、こんなこともありましたよ」
原文 (会話文抽出)
「師匠。これはお前の配り手拭だが、きょうのお客さまは大抵持っているだろうね」
「めいめいというわけにも行きますまいが、ひと組に二、三本ずつは行き渡っているだろうかと思います」
「ここの家の人達にもみんな配ったかえ」
「はあ。女中さん達にもみんな配りました」
「そうか。じゃあ、師匠、すこし頼みてえことがある。まさかに俺が行って一々調べるわけにも行かねえから、お前これから二階へ行って、おまえが手拭を配った覚えのあるおかみさん達を一巡訊いて来てくれ」
「なにを訊いて来るんです」
「手拭をお持ちですかと云って……。娘や子供には用はねえ。鉄漿をつけている人だけでいいんだ。もし手拭を持っていねえと云う人があったら、すぐに俺に知らせてくれ」
「お話が長くなりますから、ここらで一足飛びに種明かしをしてしまいましょう」
「師匠はそれから二階へ行って、見物を一々調べたが、どうも判らないんです。尤も師匠だって遠慮しながら調べているんだから埒は明きません。二階をしらべ、楽屋を調べても、どうも当りが付かないもんですから、今度はわたくしが自分で田原屋の女中を調べることになったんです。田原屋には四人の女中がありまして、その女中頭を勤めているのはおはまという女で、三十一二で、丸髷に結って鉄漿をつけていました。これはここのうちの親類で、手伝いながら去年から来ていたんです。これを厳しく調べると、とうとう白状しました」
「その女が殺したんですか」
「尤も幽霊のように真っ蒼な顔をして、初めから様子が変だったのですが、調べられて意外にもすらすら白状しました。この女は以前両国辺のある町人の大家に奉公しているうちに、そこの主人の手が付いて、身重になって宿へ下がって、そこで女の子を生んだのです。すると、主人の家には子供がないので、本妻も承知のうえで其の子を引き取るということになったが、おはまは親子の情でどうしても其の子を先方へ渡したくない、どんなに苦労しても自分の手で育てたいと強情を張るのを、仲に立った人達がいろいろになだめて、子供は主人の方へ引き渡し、自分は相当の手当てを貰って一生の縁切りということに決められてしまったんです。けれども、おはまはどうしても我が子のことが思い切れないで、それから気病みのようになって二、三年ぶらぶらしているうちに、主人から貰った金も大抵遣ってしまって、まことに詰まらないことになりました。それでも身体は少し丈夫になったので、それから三、四ヵ所に奉公しましたが、子供のある家へいくとむやみに其の子をひどい目に逢わせるので一つ所に長くは勤まらず、自分も子供のある家は忌だというので、遠縁の親類にあたるこの田原屋へ手伝いに来ていたんです。これだけ申し上げたら大抵お判りでしょう。その日もおていが美しい繻子奴になったのを見て、ああ可愛らしい子だとつくづくと見惚れているうちに、ちょうど自分の子も同じ年頃だということを思い出すと、なんだか急にむらむらとなって、おていをそっと庭さきへ呼び出して、不意に絞め殺してしまったんです。昼間のことではあり、楽屋では大勢の人間がごたごたしていたんですが、どうして気がつかなかったもんですか。いや、誰か一人でも気がつけばこんな騒ぎにならなかったんですが、間違いの出来る時というものは不思議なものですよ」
「で、その手拭の問題はどうしたんです。手拭に何か証拠でもあったんですか」
「手拭には薄い歯のあとが残っていたんです。うすい鉄漿の痕が……。で、たぶん鉄漿をつけている女が袂から手拭を出したときに、ちょいと口に啣えたものと鑑定して、おはぐろの女ばかり詮議したわけです。おはまは其の日に鉄漿をつけたばかりで、まだよく乾いていなかったと見えます」
「それから其の女はどうなりました」
「無論に死罪の筈ですが、上でも幾分の憐れみがあったとみえて、吟味相済まずというので、二年も三年も牢内につながれていましたが、そのうちにとうとう牢死しました。大和屋も気の毒でしたが、おはまもまったく可哀そうでしたよ」
「全くですね」
「こうなると、自転車や荷馬車ばかり取り締っても無駄ですね」
「そうですよ。なんと云っても、うわべに見えるものは避けられますが、もう一つ奥にはいっているものはどうにもしようがありますまい。今お話をしたほかに、まだこんなこともありましたよ」