GoogleのAI「Gemini」を使用して現代語化しました。
青空文庫図書カード: 岡本綺堂 『半七捕物帳』
現代語化
「後々のことまで気を付けてやるのはいいことだ。仏も喜ぶだろう。それで、その仏さんの前で少し話したいことがあるんだ。ここのお嬢さんも縁のある話だから、お母さんと一緒に呼んだらいいかね」
「はい。どうぞ」
「もう終わったことだから、どうにもならないんだけど、紋作がどうして死んだのか、冠蔵が誰に殺されたのか、その理由がわからないと、いつまでも心が落ち着かないだろうと思って。それで今日はそれを話しに来たから、よく聞いてくれ。紋七さん。紋作は誰に殺されたと思います?」
「知りません、分かりません」
「私も最初は分からなかったんだけど、最近になってようやく分かったんだ。紋作は他人に殺されたんじゃなくて、自分で死んだんだ」
「え?」
「でも、冠蔵を殺して、自分も死んだんだ」
「みんなそう考えてたんです。仲の悪い紋作と冠蔵が喧嘩の末にそうなったんだろうって。でも2人とも刃物を持ってないし、周りに刃物も落ちてませんでした。それで他人を疑って、私も最初は衣裳屋の定吉を調べたけど、違ってた。あの夜、料理屋の入り口で紋作のことを聞いた男が怪しいと思ったけど、これも外れだった。でも、そこから手がかりが生まれたんだ。その男は植木屋で、紋作の叔母さんの別荘に出入りしてる。その縁で、叔母さんから頼まれて紋作の家に時々使いに来てたんだ。あの夜も叔母さんの使いで、お年玉を届けたんだけど、紋作は稽古に行って留守だったそう。それで楽屋に行ってみると、紋作はここにもいなくて、3人で池の端の料理屋に行ったらしいって。そこからまた引き返して池の端に行ってみたんだけど、お屋敷の内用で来たってことを気にして、相手が出てくるのを待ってこっそり手渡ししようと思ってたら、なかなか相手が出てこなくて、待ちくたびれて近くの蕎麦屋で暖を取ってからまた引き返したんだけど、もう夜はかなり更けてた。思い切って帳場に声をかけてみると、紋作は帰ったって。もう一度ここに戻ってきたら、やっぱりまだ帰ってないって。使いも諦めて帰ったらしいよ」
「ええ、あの晩は紋作さんのところにお使いが2回来ました」
「それはいいんだけど、紋作は冠蔵と一緒に料理屋を出て、どっちも酔っ払ってたからまた喧嘩を始めたんだ。今度は誰も止めなかったから、喧嘩はどんどん大きくなって、殴り合い寸前になったところで、提灯を下げた侍が通りかかったんだ。暗闇で大きな声で言い争ってる人がいるから、侍もつい提灯を近づけると、喧嘩の1人が紋作だった。その侍は紋作の叔母さんの屋敷に勤めてて、別荘にもよく行くから、紋作とも顔見知りだったんだ。それがちょうどそこに来てしまったのが大間違いで、逆上してた紋作はその侍の顔を見ると、黒崎さんどうぞお貸しくださいって言いながら、突然その侍の脇差を抜いて、相手の冠蔵に斬りかかったんだ。その黒崎って侍も吉原帰りで酔ってたし、あまりに突然で驚いてたら、紋作はめちゃくちゃに斬りつけて冠蔵を殺しちゃった。黒崎はさらに驚いて止めようとしたけど、紋作は覚悟したみたいで、相手がよろめきながら捕まえようとした手を振り払って、次は自分の脇腹に刀を突き刺しちゃったんだ。黒崎も途方に暮れたけど、年配の侍だったらまだ冷静だったかもしれないけど、若い上に吉原帰りだったから、侍が自分の刀を人に奪われたってことは面目が立たないと思って、慌ててその脇差を奪い取って、提灯を消して一目散に逃げちゃったんだ。でも、そのままにしておかれなくて、次の日すぐに別荘に行って、紋作の叔母さんに内緒で打ち明けたんだ。叔母さんも驚いたけど、どうすることもできない。様子を探らせると、冠蔵も死んでるし、紋作も死んでる。喧嘩の相手が2人とも死んだ以上、諦めるしかないと思って、いつもの植木屋に頼んで、香典を届けてもらったんだ。黒崎は自分にも落ち度があったから、ひっそりとお葬式を見送ったそう。それで、全部が分かったでしょ。私がこれだけのことを突き止めたのは、お葬式の日に子分の庄太が植木屋の後をつけて行って、居場所を突き止めて、私が乗り込んで奴を脅して全部しゃべらせた上で、また訪ねていって、その黒崎って侍にも会ったんだ。侍は正直に全部打ち明けて、屋敷の恥、自分の恥、外に漏らさないでくれって頼むから、私も承諾して帰ってきたんだ。さあ、これでみんな分かったでしょ。誰も恨む必要はないんだよ。こんな仏さんの前で私が言うんだから嘘じゃないよ」
「お話はここまでなんですけど」
「もう1つ不思議なのは、紋作と冠蔵が同時に亡くなったから、芝居では急に代役をこしらえて、12月の初めに初日を迎えたんだけど、3段目の幕が明くときに、師直と判官の首が同時に落ちたんだって。冠蔵と紋作の執念が残ってるのか、人形にも魂があるのか、みんなゾッとしたらしいんだけど、興行中は特に変わったこともなく、大入り満員で千秋楽を迎えたんだ。兎唇の定吉も、次の年の正月に酒に酔って喧嘩をして、相手を傷つけたことで、取り調べ中に牢屋で死んだんだ。これも何かの因果なのかもしれないね」
原文 (会話文抽出)
「親分さん。この間はいろいろお世話になりました。今夜は仏の逮夜でござりますに因って、まあ型ばかりの仏事を営んでやろうかと存じて居ります」
「後々のことまでよく気をつけてやりなさる。御奇特のことだ、仏もさぞ喜んでいるだろう。さて其の仏のまえでお前さんに少し話したいことがある。ここの娘もつながる縁らしいから、おふくろと一緒にここへ呼んでもいいかね」
「はい。どうぞ」
「もう済んでしまったことで、今更どうにもしようがねえようなもんだが、紋作がどうして死んだか、冠蔵が誰に殺されたか、その仔細がわからねえじゃあ、おめえ達もいつまでも心持がよくあるめえと思う。そこできょうはそれを話しに来たんだから、そのつもりで聴いてくれ。ねえ、紋七さん。あの紋作は誰が殺したと思いなさる」
「そりゃあ判りまへん、ちっとも知りまへん」
「おれも最初は見当が付かなかったが、この頃になってようよう判った。紋作は誰に殺されたのでもねえ。自分で死んだのだ」
「まあ」
「しかし冠蔵を殺して、自分も死んだのだ」
「誰のかんがえも同じことで、仲の悪い紋作と冠蔵とが喧嘩の果てにあんなことになったんだろうとは推量したが、二人ともに刃物を持っていねえ。そこらにも刃物は落ちていねえ。そこで他人に疑いがかかって、おれも最初は衣裳屋の定吉に眼をつけたが、その見当は狂ってしまった。その晩、料理屋の門口から紋作を訊いた男、それが怪しいと思ったが、これもやっぱり外れてしまった。しかし手がかりはそれから付いた。その男は植木屋で、紋作の叔母さんの下屋敷へ親の代から出入りをしている。その因縁で、叔母さんから頼まれて時々紋作のところへ使に来ていたんだ。あの晩も叔母さんの使で、年の暮の小づかいを幾らかここへ届けに来ると、紋作は稽古に行った留守だという。その足で楽屋をたずねて行くと、紋作はここにももういないで、三人づれで池の端の料理屋へ行ったらしいという。それからまた引っ返して池の端へ行ったが、御屋敷の内証の使ということが腹にあるので、なるべく当人の出て来るのを待ってこっそり手渡しをしようと思っていたが、相手はなかなか出て来そうもないので、待ちくたびれて近所の蕎麦屋へ行って、寒さ凌ぎに熱い蕎麦をすすり込んでまた引っ返して来ると、もう夜はよほど更けている。思い切って念のために帳場へ声をかけると、紋作は帰ったという。もう一度ここの家まで引っ返して来ると、やっぱりまだ帰らないという。使も根が尽きてそのまま帰ってしまったという訳だ」
「そうです、そうです。あの晩は紋作さんを訪ねてお使が二度来ました」
「それはまあそれでいいんだが、当人の紋作は冠蔵と一緒に料理屋を出て、どっちも酔っている勢いで途中でまた喧嘩を押っ始めた。今度は誰も止める者がないので、喧嘩はいよいよ大きくなって、あわや腕ずくになろうとするところへ、提灯をさげた一人の侍が通った。くらやみで何か大きな声をして云い合っている者があるので、侍も思わず提灯をさし付けると、喧嘩の片相手は紋作だ。その侍は紋作の叔母さんの屋敷に奉公している黒崎半次郎という男で、下屋敷へもたびたび使に行くことがあるので、紋作とも顔を識っている。それが丁度そこへ来合わせたのがいよいよ間違いを大きくする基で、もう逆上せている紋作はその侍の顔をみると、黒崎さんどうぞ拝借と云いながら、だしぬけにその腰にさしていた脇差を引っこ抜いて、相手の冠蔵に斬ってかかった。その黒崎という侍も吉原帰りで酔っている上に、あんまりだしぬけで呆気に取られていると、紋作は滅茶苦茶に相手を斬って突いて殺してしまった。黒崎はいよいよ驚いて止めようとすると、紋作ももう覚悟したのだろう。相手がよろけながら捉える手を振り払って、今度は自分の脇腹へ突っ込んでしまったので、黒崎も途方にくれた。これが相当の年配の者ならば又なんとか分別もあったろうが、年は若いし、おまけに吉原帰りであるから、武士たる者が自分の腰の物を人に奪われたとあっては申し訳が立たないので、あわててその脇差をひったくって、提灯を吹き消して一目散に逃げ出した。しかしそのままにはしておかれないので、あくる日すぐに下屋敷へ行って、紋作の叔母さんに内証でそのことを打ち明けると、叔母さんも驚いたがどうもしようがない。だんだん様子を探らせると、冠蔵も死んでいる、紋作も死んでいる。喧嘩の相手が両成敗になった以上は、猶更しようがないと諦めて、いつもの植木屋に云い付けて、そっと香奠を持たせてよこした。黒崎は自分にも落度があるので、蔭ながらその葬式を見送りに来た。というわけで、何もかもすっかり判ったろう。おれがこれだけのことを突き留めたのは、送葬の日に子分の庄太の奴が植木屋のあとを尾けて行って、その居どころを確かに見きわめて来たので、おれがあとから乗り込んで行って、奴を嚇かしてひと通りのことを吐かせた上で、また出直して行ってその黒崎という侍にも逢った。侍は正直にみんな打ち明けて、屋敷の恥、自分の恥、何事も口外してくれるなと手をさげて頼むから、おれも承知して帰って来たんだ。さあ、こう判って見りゃあ誰も怨むこともあるめえ。こうして仏の位牌のまえで俺が云うんだから嘘はねえ」
「お話はまあこれぎりなんですがね」
「もう一つ不思議なことは、紋作と冠蔵が一度に居なくなったので、芝居の方では急に代り役をこしらえて、いよいよ十二月の初めから初日を出すと、三段目の幕が今明くという時に、師直と判官の首が一度にころりと落ちたそうです。冠蔵と紋作の執念が残っているのか、人形にも魂があるのか、みんなも思わず慄然としたそうですが、興行中は別に変ったことも無くて、大入りのうちにめでたく千秋楽になりました。兎欠脣の定吉という奴も、そのあくる年の正月にやっぱり酒の上で喧嘩をして、相手に傷を付けたので、吟味中に牢死しました。これも何かの因縁かも知れません」