菊池寛 『仇討禁止令』 「そなたは、毎日剣術の稽古に通っておられる…

GoogleのAI「Gemini」を使用して現代語化しました。


青空文庫図書カード: 菊池寛 『仇討禁止令』

現代語化

「よお兄さん、毎日刀の稽古してんだって、マジ?」
「うん」
「マジかよ。そいつはちょっと時代遅れじゃねーか。今じゃお偉いさんたちもお侍さんの刀禁止令を出そうとしてるって時に、剣術の稽古してどうすんのよ?それより、今時の学問でも習ったほうが、将来仕事に役立つんじゃねーか。福沢先生の塾とか行ってみたら?」
「実は兄貴にはまだ話してなかったんだけど、ちょっと事情があってさ、剣術の稽古してるんだ」
「事情って何だ?」
「俺、仇討ちしたいんだ」
「えっ!」
「親父の仇を討たなきゃ気が済まねえんだよ」
「……」
「親父が腹を刺されて首を半分斬られたのを見たとき、命を捨てても仇に一太刀浴びせたいって決めたんだ。でもお維新になって復讐なんてできなくなったと思ってたんだけど、明治三年の新律綱領で、親殺しの場合、役所に出れば罪にならないって条項があるんだ。それで復讐を決心した。そんで同じ年に神田で住谷兄弟が仇討ちしたって噂を聞いて、いてもたってもいられなくなって上京してきたんだ」
「仇はわかってるのか?」
「わかってるよ。親父殺しの小泉、山田、吉川って5人だ」
「でも、そのうち3人は死んだって……」
「山田と吉川が生きてるのは、きっと神様が俺の願いを叶えてくれてるんだと思う」
「その中で誰が犯人かわかるのか?」
「まだわかんねえよ。でさ、兄貴はあの連中と知り合いだって聞いたけど、詳しいことわかんない?」
「いや、俺もわかんねえけど……」
「誰がやったかはいいんだ。山田も吉川も、どっちも仇であることに変わりねえんだから」
「太政官も新律綱領で仇討ちを認めたけど、その後、大学のお偉いさんたちに意見を聞いたんだって。そしたら仇討ちは禁止すべきだって意見が多くて、今まさに法律で禁止しようとしてるんだ。それに、維新のときの殺人は私怨じゃなくて国家のためだったんだから、山田や吉川だけを恨むのもどうかと思うんだ。親父さんも、復讐に大事な人生を無駄にするより、今の学問で出世して立派になってくれって喜ぶと思うよ……」
「兄貴の言うとおりだわ。でも俺には出世も立身も関係ねえ。親父の無念を晴らしたいだけなんだ。親父は兄貴の言うとおり、もう恨んでないかもしれない。それなら、俺が自分の無念を晴らしたいんだ。親父があんなひどい死に方をしたことは、一生忘れられないから」
「そうか。それなら仇討ち禁止令が出る前に志を遂げろ。でも、山田と吉川の顔はわかるのか?」
「それが困ったもんだ。二人とも見たことねえんだ。しかも一人は近衛の大尉、もう一人は警部って、どちらも手出しできねえところにいる。でさ、俺は二人とも一緒に討ちたいんだ。だから作戦が難しいんだよ」
「なるほど……」

原文 (会話文抽出)

「そなたは、毎日剣術の稽古に通っておられるとのことであるが、本当か」
「はあ」
「さようか。それは少しお心得違いではないだろうか。今、封建の制が廃れ、士族の廃刀令も近々御発布になろうという御時世になって、剣術の稽古をして、なんとなされるのじゃ。それよりも、新しい御世に身を立てられるために、文明開化の学問をなぜなさらぬのじゃ。福沢先生の塾へでもお通いなされては、どうじゃ」
「お兄様には、まだ申し上げませんでしたが、子細あって、剣法の稽古をいたしておりまする」
「子細とはなんじゃ」
「万之助は、敵討がしたいのでございます」
「えっ!」
「父頼母を殺された無念は、どうしても諦めることができません」
「……」
「私は、父が側腹を刺され、首を半分斬り落されて倒れている姿を見ました時、たとい一命は捨てても、敵に一太刀報いたいと決心したのでございます。が、御維新になりまして、敵討などももう駄目かと諦めておりましたところ、明治三年に御発布になりました新律綱領によりますと、父祖殺された場合は、敵を討ちましても、あらかじめ官に申告しておけば罪にならぬという一条がございますので、ほっと安堵するとともに、復讐の志をいよいよ固めたのでございます。その上、同年、神田筋違橋での住谷兄弟仇討の噂が、高松へもきこえて参りましたので、矢も楯もたまらず、上京して参ったのでござりまする」
「敵は分かっているのか」
「分かっております。父が殺された翌日出奔した小泉、山田、吉川など五人に相違ござりませぬ」
「しかし、あの中でも、三人までは死んだが……」
「山田と吉川とが生き残っておりますのは、天が私の志を憫んでいるのだと思います」
「そのうち、誰が下手人か、分かっているか」
「分かっておりません。お兄様は、あの連中とは御交際があったとのことでござりまするが、お兄様にはくわしいことは分かっておりませんか」
「いや、わしにも分からぬが……」
「誰が、直接手を下したかは、問題ではござりませぬ。ただ山田も吉川も、敵であることに間違いござりませぬ」
「太政官でも、新律綱領で敵討を公許したことについては、その後疑義を持ち、大学の教授たちの意見をきくために御下問状が発せられたが、教授たちからも、仇討は禁止すべしとの回答があったので、左院の院議に付され、近々、復讐禁止令が出ることになっている。ことに、維新の際は、私怨私欲のための殺人でなく、国家のために、止むを得ざるに出でた殺人であるから、そなたのように、一途に山田、吉川などを恨むのはいかがであろうか。頼母殿尊霊も、そなたが復讐などに大事な半生を費されるよりも、文明の学問に身を入れて立身出世なされる方が、どれほどお喜びになるか分からないと、拙者は存ずるが……」
「お兄様のお言葉、嬉しゅうござりまする。しかし、私は、立身も出世も望みではございません。ただ、父の無念が晴らしたいのでございます。いや、父はお言葉のように、もう相手を恨んでいぬかも知れません。それならば、私は自分の無念が晴らしたいのでござりまする。父のむごたらしい殺され方を見た口惜しさは、とうてい忘れることができませぬ」
「ごもっともである。それならば、復讐禁止令の御発布にならぬ前に志を遂げられたがよい。だが、山田の顔、吉川の顔はご存じか」
「それで難儀でござりまする。二人とも存じませぬ。その上、一人は近衛大尉、一人は警部、二人ともなかなか手出しのできぬ所におります。その上、私の志は両人を一時に討ち取りたい願いなので、ことを運ぶのが容易でござりませぬ」
「なるほど……」


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