岡本綺堂 『半七捕物帳』 「親分、なにか変ったことはありませんかね」…

GoogleのAI「Gemini」を使用して現代語化しました。


青空文庫図書カード: 岡本綺堂 『半七捕物帳』

現代語化

「「親分、なんか変わったことないですか?」
「ここのところは不漁だな」
「ちょっと休暇もいいだろう。この間の淀橋みたいな大けがを食らっちゃあたまらない。幸次郎はどうだ?」
「おかげで怪我の方は日を追うごとに良くなってます。もう少し涼しくなったら起きられるでしょう。実は昨日千住の掃部宿の質屋に用事があって出かけたところ、そこでちょっとした家財の入れ替えがあったんで、下谷通新町の長助って大工が来ていました。いろいろ話を聞いてみると、その大工は浅草の幽霊の見世物小屋で、照降町の駿河屋の女隠居が死んでるのを発見したそうなんです。それで、当時の話を聞かせてくれましたよ。長助はまだ若い奴で、口では強そうなことを言ってましたが、こいつも内心はぶるぶるもので、もしもの時は失神する仲間だったかもしれません」
「おう、そんな話は俺も聞いた」
「それで、見世物の方は禁止ですか?」
「いいえ、相変わらず営業してます。まあ、なんとか頼み込んだんでしょうね。世の中って不思議なもんで、幽霊におびえて死んだ人がいたって話を聞くと、客足がぱったり止まるかと思いきや、逆にそれが噂になって毎日大繁盛、何が幸いになるかわかりませんね」
「それで、長助って奴はどんな話をしました?」
「ちょっと言い訳もあるかもしれませんが、まあ、こんな話でした」
「その女隠居ってどんな女だったんですかね」
「観音まいりに出かけてたんで、いくらも金は持ってなかったんじゃないですかね」
「そうですね。女一人で参拝に出るくらいですから、いくらも財布には入ってなかったでしょう」
「女一人といえば、その隠居は女のくせに、たった一人で左の方へ行ったのは、どういうわけでしょうか? まさか景品が欲しかったわけでもないでしょうに、よっぽど気の強い女と見えますな」
「もちろん大家の隠居ですから、景品が欲しかったわけじゃないでしょう。小屋の中は暗いのと、怖い怖いと気が転倒して、右と左を間違えて、あべこべに歩いたんでしょうね。怖い物見たさで入ったはいいけど、思ったより怖くなって気が遠くなったのかもしれません」
「そう言っちゃえばそれまでですが……」
「おい、松。無駄骨かもしれないけど、とりあえず駿河屋を調べてくれ」
「親分、もう調べてきました」
「やあ、お疲れ様。早速ですが、その女隠居はいくつで、どんな女だ?」
「お半って名前で、45です。8年前に旦那さんに先立たれて、3年前に杉の森新道に隠居して、お嶋って女中と二人暮らしですが、店からかなりの仕送りがあるので、なかなか贅沢に暮らしていたようです。40過ぎてもまだ艶のある大柄の女で、普段から身ぎれいにしているそうです」
「駿河屋の養子は誰だ?」
「信次郎って言って、今年21です。先代の主人の妹の息子で、先代夫婦の甥にあたります。先代には子供がいないので、11歳の時から養子にもらわれて来て、13歳の時に先代が亡くなりました。まだ年が若いので、当分の間は義理の母親のお半が後見をしていて、信次郎が18の秋に店を譲ったんです。18でもまだ若いですが、店には吉兵衛って番頭がいるので、それが半分は後見のような形で、商売の方は問題なくやってるそうです。若主人の信次郎は色白のおとなしい男で、近所の若い女なんかに評判がいいそうです」
「信次郎はまだ独身か?」
「そんなわけで、男は良し、資産は良し、年頃ではあり、これまでにも二、三度縁談の申し出があったようですが、やっぱり縁がなかったのか、いつも途中で破談になってしまって、いまだに独身です。と言って、別に遊び人という噂もありません」
「お半は40過ぎても艶のある女だというが、それにも浮いた噂はないのか?」
「それがですね、親分」
「私も、そこを目をつけて、女中のお嶋って奴をだまして聞いてみたのですが、この女中は3月の出稼ぎから住み込んだ新参者で、内外のことはあまり詳しく知らないらしいです。でも、女中の話によると、隠居のお半は毎月必ず先代の墓参りに出かける。浅草の観音にも参拝に行く。深川の八幡にもお参りをする。それはまあ信仰心だから仕方がないとして、そのほかにも親戚に行くとか何とか言って、けっこう出歩くことが多いそうです。後家さんがあんまり出歩くのはどうもよろしくない。この中には何かありそうですよ」
「そうだろうな」
「3年前といえば42だ。養子だって18だ。それに店を譲って隠居してしまうのは、ちょっと早すぎる。店にいちゃあ何か自由に動けないので、隠居ってことにして、別居したんでしょう。それで、勝手に出歩いている。いずれ何かの相手がいるに違いない。それで、もう一度聞きますが、お半が観世物小屋に入った後、一人の若い男が入った。それから男と女の二人連れが入った。その次に大工の長助が入った……と、こういう順になるな?」
「そうです、そうです」
「お半の前にはどんな奴が入ったんだ?」
「いや、それは長助も知らなかったみたいです……。調べましょうか?」
「お半のあと先に入った奴をみんな調べてくれ。わかんなくてもいいが、年頃や人相風俗、できるだけ詳しく頼むぜ」
「承知しました。木戸番の奴らを少し脅せば、みんなぺらぺら喋りますよ」
「おお、いいところに来た。おまえにも少し仕事がある」
「今ここで松に会いましたが、これから浅草のお化け小屋に行くそうです……」
「そうだ。お化け小屋の方は松に頼んだが、おまえは照降町の方に行ってくれ」

原文 (会話文抽出)

「親分、なにか変ったことはありませんかね」
「ここのところは不漁だな」
「ちっとは骨休めもいいだろう。このあいだの淀橋のようながらがらを食っちゃあ堪まらねえ。幸次郎はどんな塩梅だ」
「おかげで怪我の方は日ましにいいようです。もうちっと涼しくなったら起きられましょう。実はきのう千住の掃部宿の質屋に用があって出かけて行くと、そこでちっとばかり家作の手入れをするので、下谷通新町の長助という大工が来ていました。だんだん訊いてみると、その大工は浅草の幽霊の観世物小屋で、照降町の駿河屋の女隠居が死んでいるのを見付けたのだそうで、その時の話をして聞かせやしたよ。長助はまだ若けえ野郎で、口では強そうなことを云っていましたが、こいつも内心はぶるぶるもので、まかり間違えば気絶するお仲間だったのかも知れません」
「むむ、そんな話をおれも聞いた」
「そこで、観世物の方はお差し止めか」
「いいえ、相変らず木戸をあけています。まあ、なんとか宜しく頼んだのでしょう。世の中はまた不思議なもので、幽霊におどろいて死んだ者があったなんて云ったら、客の足がばったり止まるかと思いのほか、却ってそれが評判になって毎日大繁昌、なにが仕合わせになるか判りませんね」
「そこで、長助という奴はどんな話をした」
「ちっとはお負けも付いているかも知れませんが、まあ、こんな事でした」
「その女隠居はどんな女か知らねえが、観音まいりに出かけたのじゃあ、幾らも金を持っていやあしめえな」
「そうでしょうね。女ひとりで参詣に出たのじゃあ、いくらも巾着銭を持っていやあしますめえ」
「女ひとりと云えば、その隠居は女のくせに、たった一人で左の方へ行ったのは、どういう訳だろう。まさかに景物が欲しかったのでもあるめえが、よっぽど気の強い女とみえるな」
「もちろん大家の隠居だから、景物が欲しかったわけじゃあありますめえ。小屋のなかは暗いのと、怖い怖いで度を失ったのとで、右と左を間違えて、あべこべに歩いて行ったのだろうという噂です。怖い物見たさではいったら、案外に怖いので気が遠くなったのかも知れません」
「そう云ってしまえばそれまでだが……」
「おい、松。無駄骨かも知れねえが、まず取りあえず駿河屋をしらべてくれ」
「親分、すっかり洗って来ました」
「やあ、御苦労。早速だが、その女隠居は幾つで、どんな女だ」
「名はお半と云って、四十五です。八年前に亭主に死に別れて、三年前から杉の森新道に隠居して、お嶋という女中と二人暮らしですが、店の方から相当の仕送りがあるので、なかなか贅沢に暮らしていたようです。四十を越してもまだ水々しい大柄の女で、ふだんから小綺麗にしていたと云います」
「駿河屋の養子はなんというのだ」
「信次郎といって、ことし二十一です。先代の主人の妹のせがれで、先代夫婦の甥にあたるわけです。先代には子供がないので、十一の年から養子に貰われて来て、十三のときに先代が死んだ。何分にも年が行かねえので、当分は義母のお半が後見をしていて、信次郎が十八の秋に店を譲ったのです。十八でもまだ若けえが、店には吉兵衛という番頭がいるので、それが半分は後見のような形で、商売の方は差支え無しにやっているそうです。若主人の信次郎は色白のおとなしい男で、近所の若けえ女なんぞには評判がいいそうです」
「信次郎はまだ独り身か」
「そんなわけで、男はよし、身上はよし、年頃ではあり、これまでに二、三度も縁談の申し込みがあったそうですが、やっぱり縁遠いというのか、いつも中途で毀れてしまって、いまだに独り身です。と云って、別に道楽をするという噂も無いようです」
「お半は四十を越しても水々しい女だというが、それにも浮いた噂はねえのか」
「それがね、親分」
「わっしも、そこへ見当をつけて、女中のお嶋という奴をだまして訊いたのですが、この女中は三月の出代りから住み込んだ新参で、内外の事をあんまり詳しくは知らねえらしいのです。だが、女中の話によると、隠居のお半は毎月かならず先代の墓まいりに出て行く。浅草の観音へも参詣に行く。深川の八幡へもお参りをする。それはまあ信心だから仕方がねえとして、そのほかにも親類へ行くとか何とか云って、ずいぶん出歩くことがあるそうです。後家さんがあんまり出歩くのはどうもよくねえ。この方には何か綾があるかも知れませんね」
「そうだろうな」
「三年前といえば四十二だ。養子だって十八だ。それに店を譲って隠居してしまうのは、ちっと早過ぎる。店にいちゃあ何かの自由が利かねえので、隠居ということにして、別居したのだろう。そうして、勝手に出あるいている。いずれ何かの相手があるに相違ねえ。そこで、もう一度訊くが、お半が観世物小屋へはいると、そのあとから一人の若けえ男がはいった。それから男と女の二人連れがはいった。その次に大工の長助がはいった……と、こういう順になるのだな」
「そうです、そうです」
「お半の前にはどんな奴がはいったのだ」
「さあ。それは長助も知らねえようでしたが……。調べましょうか」
「お半のあと先にはいった奴をみんな調べてくれ。如才もあるめえが、年頃から人相風俗、なるたけ詳しい方がいいぜ」
「承知しました。木戸番の奴らを少し嚇かしゃあ、みんなべらべらしゃべりますよ」
「おお、いいところへ来た。おめえにも少し用がある」
「今そこで松に逢いましたら、これから浅草のお化けへ出かけるそうで……」
「そうだ。お化けの方は松に頼んだが、おめえは照降町へまわってくれ」


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