岡本綺堂 『半七捕物帳』 「老婢、どうだい、天気がおかしくなったな」…

GoogleのAI「Gemini」を使用して現代語化しました。


青空文庫図書カード: 岡本綺堂 『半七捕物帳』

現代語化

「おい、天気おかしくなってきたな」
「なんか時雨が降りそうですね」
「今晩からお十夜か」
「そうだよ、お十夜だ。十手と縄を持ってる商売でも、年取るとお寺に参ったりするようになる。宗派は違うけど、今夜は浅草にでもお参りに行こうかなあ」
「それいいですね。法要とか説法もあるそうですよ」
「お前にそう言われると、俺もオッサンだなあ。ははははは」
「親分、禿岩が来ましたよ。すぐ通しますか?」
「おう。何か用事でもあるのかな。まあ、通せ」
「おはようございます。急に冬みたいになりましたね」
「もうお十夜だもん。冬っぽくなるのは当然だよ。寝坊の奴が朝からどうしたんだ」
「早速ですが、例の槍突き……。あれで妙なことを聞いたんで、とりあえず親分の耳に入れておこうと思って」
「昨夜の5時過ぎに蔵前でまた殺された」
「へえ」
「仕方ねえなあ。殺されたのは男か女か」
「それが変なんです。もしや親分。浅草の勘次と富松って駕籠屋が空駕籠を担いで柳原の堤を通ってると、河岸の柳の影から17、8の小綺麗な娘が出てきて、雷門まで乗せてってくれって言うんだって。こっちも帰り道だからすぐ値段が決まって、その娘を乗せて蔵前の方に向かって急いでると、御厩河岸の渡し場の方から……。そうじゃないかなと思うんだけど、ばたばたと走ってきた奴がいて、暗闇からいきなり駕籠のカーテンに突っ込んだんだって。駕籠屋2人はびっくりして駕籠を放り出して逃げ出したんだけど、そのままじゃいられないから、半町くらい逃げてから、また立ち止まって、さっきのとこに恐る恐る戻ってみると、駕籠はそのまま道の真ん中に置いてあるんだって。試しにそっと声をかけてみると、中は無言。いよいよやられたんだろうと思って、駕籠屋は気味が悪そうにカーテンを開けてみると、中に人はいないんだって。ねえ、変でしょ。そしたら懐中電灯の明かりでよく見ると、大きな黒猫が1匹……。腹を突き刺されて死んでるんだって」
「黒猫が……。槍に突かれてたのか」
「そうですよ」
「何のわけだか、さっぱりわかんねえな。娘はどこかに消えていて、大きな黒猫が代わりに死んでるんだ。どう考えても変じゃねえか」
「ちょっと変だなあ。どうして猫と娘が入れ替わったのか」
「そこが調べどころですよ。駕籠屋の話によると、どうもその娘は普通の人間じゃない、もしかしたら猫が化けたんじゃないかなって……。確かに最近物騒だってのに、夜の間職か何かなんじゃないにしても、若い娘が5時過ぎに柳原の堤をウロついてるってのが変だ。化け猫が娘の姿に変身して駕籠屋を騙そうとしたところを、たまたま槍突きが当たったから、正体を現しちゃったのかも」
「そうかもしれないなあ」
「まあ、そうでも言わなきゃ道理が合わないけど、それにしても変な話だ。で、その娘は美人だったってのか。顔を出してたのか」
「いえ、頭巾をかぶってたそうです」
「そうなのか。あと、その娘は駕籠に乗るのに慣れてたのか?」
「うーん、そこまでは聞いてないです。人間らしくなかったみたいですから。そこはなんとなく誤魔化していたんでしょう」
「もう1回聞くけど、その娘は17、8だったのか」
「そうです。そう聞きました」
「おう、ご苦労さん。俺もあれこれ考えてみるよ」

原文 (会話文抽出)

「老婢、どうだい、天気がおかしくなったな」
「なんだか時雨れそうでございます」
「今晩からお十夜でございますね」
「そうだ、お十夜だ。十手とお縄をあずかっている商売でも、年をとると後生気が出る。お宗旨じゃあねえが、今夜は浅草へでも御参詣に行こうかな」
「それが宜しゅうございます。御法要や御説法があるそうでございますから」
「老婢と話が合うようになっちゃあ、おれももうお仕舞いだな。はははははは」
「親分、禿岩がまいりました。すぐに通してやりますか」
「むむ。なにか用があるのかしら。まあ、通せ」
「お早うございます。なんだか急に冬らしくなりましたね」
「もうお十夜だ。冬らしくなる筈だ。寝坊の男が朝っぱらからどうしたんだ」
「早速ですが、例の槍突き……。あれで妙なことを聞き込んだので、ともかくもお前さんの耳に入れて置こうと思ってね」
「ゆうべの五ツ(午後八時)少し過ぎに蔵前でまた殺られた」
「むむ」
「仕様がねえな。殺られたのは男か女か」
「それがおかしい。もし、親分。浅草の勘次と富松という駕籠屋が空駕籠をかついで柳原の堤を通ると、河岸の柳のかげから十七八の小綺麗な娘が出て来て、雷門までのせて行けと云う。こっちも戻りだからすぐに値ができて、その娘を乗せて蔵前の方へいそいで行くと、御厩河岸の渡し場の方から……。まあ、そうだろうと思うんだが、ばたばたと早足に駆け出して来た奴があって、暗やみからだしぬけに駕籠の垂簾へ突っ込んだ。駕籠屋二人はびっくりして駕籠を投げ出してわあっと逃げ出した。が、そのままにもして置かれねえので、半町ほども逃げてから、また立ち停まって、もとのところへ怖々帰って来てみると、駕籠はそのまま往来のまん中に置いてあるので、試しにそっと声をかけると、中じゃあなんにも返事をしねえ。いよいよやられたに相違ねえと、駕籠屋は気味わるそうに垂簾をあげて見ると、中には人間の姿が見えねえ。ねえ、おかしいじゃありませんか。それから提灯の火でよく見ると大きい黒猫が一匹……。胴っ腹を突きぬかれて死んでいるので……」
「黒猫が……。槍に突かれていたのか」
「そうですよ」
「何のわけだか、ちっともわからねえ。娘はどこへか消えてしまって、大きい黒猫が身がわりに死んでいるんです。どう考えても変じゃありませんか」
「すこし変だな。どうして猫と娘とが入れ換わったろう」
「そこが詮議物ですよ。駕籠屋の云うには、どうもその娘は真人間じゃあねえ、ひょっとすると猫が化けたんじゃねえかと……。成程このごろは物騒だというのに、夜鷹じゃあるめえし、若い娘が五ツ過ぎに柳原の堤をうろうろしているというのがおかしい。化け猫が娘の姿をして駕籠屋を一杯食わそうとしたところを、不意に槍突きを食ったもんだから、てめえが正体をあらわしてしまったのかも知れませんね」
「そうよなあ」
「まあ、そうでも云わなければ理窟が合わねえが、なにしろ変な話だな。で、その娘は美い女だと云ったな。面をむき出しにしていたのか」
「いいえ、頭巾をかぶっていたそうです」
「そうか。そうして、その娘は駕籠に乗り馴れているらしかったか」
「さあ、そこまでは聞きませんでした。なにしろ真人間じゃあねえらしいから。そこはなんとか巧く誤魔化していたでしょうよ」
「もう一遍きくが、その娘は十七八だと云ったな」
「そうです。そういう話です」
「いや、御苦労。おれもまあ考えてみようよ」


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