GoogleのAI「Gemini」を使用して現代語化しました。
青空文庫図書カード: 岡本綺堂 『半七捕物帳』
現代語化
「てめえ、俺たちまで騙そうとしたんだろ。悪い奴だな。てめえ、あの喜三郎ってやつからいくらもらった?」
「何ももらってない」
「嘘こけ。てめえは喜三郎から分け前をもらって、わざと逃がしたんだろ。ここにいる女中が証人だ。どうだ。まだ隠すか?」
「もういい加減にしてください」
「七蔵も最初から喜三郎と一緒じゃなかったんだけど、お関に起こされて目が覚めた時に、ちょうど喜三郎が帰ってきて、悪いところを見られたと思って、口止め料に十五両払って逃がしてもらったんだ。七蔵もそれで知らんぷりを決めようと思ったみたいだけど、だんだん面倒になってきて、主人が腹を切るか手討ちにするかって言い出したから、あいつもおっかなびっくりで俺たちのところに逃げ込んだんだ。それでさっさと逃げればいいのに、自分の部屋に荷物を取りに戻ったら主人がいなくて、急にまた欲が出て、お土産に主人の胴巻きまで持って行こうとしたのが運の尽きで、こんなことになっちまったんだ。一度息を吹き返したけど、傷が重かったから明け方になっちまったらやっぱり死んじゃったよ」
「それで主人はどうしたの?」
「俺が上手くやるように知恵をつけたんだ。悪いことは全部七蔵のせいにしたんだよ。もともとあいつが悪いんだから仕方がない。つまりその喜三郎ってやつが七蔵の親戚だっていうんで、主人はそれを信じて臨時で荷物を運ぶのに雇ったんだってことにしたんだ。それでなんとか無事に済んだ。普段なら、主人もそれなりに咎められるんだろうけど、もう幕末で幕府も直参の家来を大切にしてたから、全部七蔵のせいにされて、市之助って人は何も言われずに済んだんだ」
「それで、その喜三郎って奴は逃げたままなの?」
「それが不思議なことに、結局俺の手に掛かったんだ。小田原の方はこれで終わったけど、俺が多吉を連れて箱根に行くと、隣の温泉宿に泊まってる奴が怪しいって多吉が言うから、俺も注意して調べたら、そいつは足を挫いてたんだ。念のために小田原の宿のやつらに調べてもらったら、あの晩泊まった客と間違いないって言うから、すぐに捕まえた。宿屋の塀を乗り越えて逃げようとした時に転落して、左足を挫いたんだって。それで遠くまで逃げられなくて、治療しながら湯本に隠れてたんだ。これは俺の手柄でも何でもない、偶然の産物だった。江戸に帰ってから、小森市之助って侍が俺の元に挨拶に来たから、その話を聞かせると、すごく喜んでたよ。その市之助って人は、維新の時に奥州の白河あたりで戦死したらしいけど、小田原の宿屋で自害するよりも、何年か生き延びて立派に戦死した方が良かっただろうな」
原文 (会話文抽出)
「やい、しっかりしろ」
「てめえ、おれ達までも一杯食わせようとしたな。悪い奴だ。てめえはあの喜三郎という奴から幾ら貰った」
「なんにも貰わねえ」
「嘘をつけ。てめえは喜三郎から幾らか分け前を貰って、承知のうえ逃がしたろう。ここにいる女中が証人だ。どうだ。まだ隠すか」
「まあ、お話はそこまでですよ」
「七蔵も最初から喜三郎と同腹ではなかったのですが、お関に起されて眼をさましかかった所へ、丁度に喜三郎が仕事をして帰って来たもんですから、喜三郎も悪いところを見られたと思って、口ふさげに十五両やってそっと逃がして貰ったんです。七蔵もそれで知らん顔をしている積りだったんでしょうが、だんだん事面倒になって来て、主人が切腹するの手討ちにするのと云い出したので、奴もおどろいて私たちのところへ駈け込んで来たんです。それですぐに逃げればいいものを、自分の座敷へ荷物を取りに引っ返して来ると、主人が丁度いなかったもんですから、急にまた慾心を起して、行き掛けの駄賃に主人の胴巻まで引っさらって行こうとしたのが運の尽きで、とうとうこんなことになってしまったんです。一旦は息を吹き返しましたけれども、なにぶんにも傷が重いので、夜の引明けにはやはり眼を瞑ってしまいました」
「それで主人はどうしました」
「わたくしがいいように知恵をつけて、悪いことはみんな七蔵にかぶせてしまいました。まったく当人が悪いのだから仕方がありません。つまりその喜三郎というやつが七蔵の親類だというので、主人はそれを信用して臨時の荷かつぎに雇ったのだということにこしらえて、まずどうにか無事に済みました。ふだんの時ならば、それでも主人に相当のお咎めがあるんでしょうが、なにしろもう幕末で幕府の方でも直参の家来を大切にする時でしたから、何事もみんな七蔵の罪になってしまって、市之助という人にはなんにも瑕がつかずに済みました」
「それで、その喜三郎という奴のゆくえは知れないんですか」
「いや、それが不思議な因縁で、やっぱりわたくしの手にかかったんですよ。小田原の方はまずそれで済んで、わたくしは多吉をつれて箱根へ行くと、となりの温泉宿にとまっている奴がどうもおかしいと多吉が云うので、わたくしも気をつけてだんだん探ってみると、そいつは左足を挫いているんです。念のために小田原の宿の者をよんで透き視をさせると、このあいだの晩とまった客に相違ないというので、すぐに踏み込んで召し捕りました。宿屋の塀を乗り越して逃げるときに、踏みはずして、転げ落ちて、左の足を引っ挫いたので、遠くへ逃げることが出来なくなって、その治療ながら湯本に隠れていたんだそうです。これはわたくしの手柄でもなんでもない、不意の拾い物でした。江戸へ帰ってから、小森市之助という侍はわたくしのところへ礼ながら尋ねてくれましたから、その話をして聞かせると、大層よろこんでいました。なんでもその市之助という人は、御維新のときに、奥州の白河あたりで討死にをしたとかいうことですが、小田原の宿屋で冷たい腹を切るよりも、幾年か生きのびて花々しく討死にした方がましでしたろう」