岡本綺堂 『半七捕物帳』 「まあ、そう云うわけで……」…

GoogleのAI「Gemini」を使用して現代語化しました。


青空文庫図書カード: 岡本綺堂 『半七捕物帳』

現代語化

「まあ、事情はそういうわけです……」
「私も近くで見てましたが、相手が武士だからどうすることもできません。力士の腰に差してたので、屋敷から拝領した刀かなって見当をつけて、手っ取り早く奪い取ってしまうなんて、なかなか喧嘩慣れしてますよ。敵いません」
「でも、万力って奴も愛想がない。なんで最初から挨拶しなかったんだ。それじゃ怒られても仕方ないよ」
「それがねえ。松さん」
「万力も礼儀知らずな男じゃないんですが、ちょっと気に食わないことがあって……。つまり、伊勢屋の旦那のお気に入りのお俊がその客の船に乗ってたんです……。芸者稼業をしてる以上、どんな客と一緒に乗ってても不思議じゃない道理ですけど、万力にしてみると、自分の旦那のなじみの女が他の客の船に乗ってる。それがなんか気に入らなくて……。もちろん、気に入らない方が悪いんですが、そもそもが正直で一本気な男なので、つい気に入らなくて無愛想になったみたいで、本人もここまでこじれるとは思ってなかったんでしょう。それにしても相手の素早さには驚きましたよ」
「旗本の道楽者にはずる賢い奴が多いから、うっかり油断はできません」
「それでも、まあ無事に済んでよかった」
「ところが、無事に済まないんです……」
「そこまではまあ、それで収まったんですが、その一件がいつの間にか屋敷の耳に入って、天下の力士が拝領の刀を取られて、桟橋で両手をついて謝ったなんてのは、抱え屋敷の面目が丸つぶれだということで、万力は結局出入りを禁止されてしまいました。そうすると伊勢屋の旦那も、自分が花見に連れて行ってこんなことになったということで、それまで以上に万力の面倒を見るようになったんです。伊勢屋は昔からある店で、身代もかなりあるらしいので、その後ろ盾があれば万力も困ることはないでしょうが、抱え屋敷をしくじると仲間に対して威張ることができません。そう思うと、単純に羨ましいとも言い切れません。本人は心中泣いてるかもしれませんよ」
「そうでしょうね」
「ところで、その相手の2人の侍は素性が分かりませんか?」
「1人は本所の御旅所近くに住む平井善九郎という旗本ですが、もう1人は分かりません。刀を奪ったのは平井さんじゃなくて、連れてた武士の方でしたが、年頃は21、2で小粋な人でした。まあ、次男坊か三男坊の道楽者でしょう」
「お俊は平井っていう侍とも親しいんですか?」
「特別親しいというわけでもありませんが、全くの他人でもないそうです。それにしても、あの船に乗ってたお俊も災難で、自分のしたことじゃないのに、自然と伊勢屋の旦那の機嫌を損ねることになって、その時はちょっと揉めたみたいですが、芸者として働かせてるからこそこういうこともあるんだということで、6月に急にお俊を嫁に出す話がもちあがりました。お俊からしたら、災難が逆に幸運になったかもしれません。今は川向うに囲われて気楽に暮らしてるそうです」
「お俊に薄化粧ってありませんでしたか?」
「あの女は土地でも評判の美人で、あばたなんてありませんよ」
「親分、どうしますか?」
「頑固そうだが、俺はまだ決められない」
「殺されたのはお俊で、殺したのは万力だ」
「碁盤はお俊の家にありましたか?」
「まあ、そうでしょう。伊勢屋は昔から質屋なので、流れ物か何かで、いい品を入手して、それを俊ちゃんの家に置いてたんでしょう。寒いのにご苦労だけど、これから六間堀に行って、伊勢屋の様子を調べてきてくれ」
「わかりました」

原文 (会話文抽出)

「まあ、そう云うわけで……」
「わたしも傍に見ていたのですが、相手がお武家だからどうすることも出来ません。相撲取りの腰に差しているのだから、おおかた屋敷の拝領物だろうと見当を付けて、手っ取り早く引ったくってしまうなんて、なかなか喧嘩馴れているのだから敵いません」
「だが、万力という奴も愛嬌がねえ。なぜ最初に挨拶をしなかったのだ。それじゃあ怒られても仕方があるめえ」
「それがねえ。松さん」
「万力も礼儀も知らねえ男じゃあねえのだが、ちょいと面白くねえ事があって……。と云うのは、伊勢屋の旦那のお馴染のお俊がその客の船に乗り合わせていたので……。そりゃあ芸者稼業をしている以上は、どんな客と一緒に乗っていようと、別に不思議はねえ理窟ですが、万力にしてみると、自分の旦那のなじみの女がほかの客の船に乗っている。それがなんだか癪にさわったので……。勿論、癪にさわる方が悪いのだが、根が正直で一本気の男だから、つい癪にさわって無愛想になったようなわけで、当人だって真逆にこんな事になろうとは思わなかったのでしょう。なにしろ相手の素早いには驚きましたよ」
「小ッ旗本の道楽者にゃあ摺れっからしが多いから、うっかり油断は出来ねえ」
「それでも、まあ無事に済んでよかった」
「ところが、無事に済まねえんで……」
「そこはまあ、それで納まったのですが、その一件がいつか屋敷の耳にはいって、天下の力士が拝領の刀を取られて、桟橋に両手をついて謝ったなぞとは、抱え屋敷の面目にかかわると云うので、万力はとうとう出入りを止められてしまいました。そうなると伊勢屋の旦那も、自分が花見に連れ出してこんなことが出来したというので、今までよりも余計に万力の世話をしてやるようになったのです。伊勢屋は旧い店で、身上もなかなかいいそうですから、その後楯が付いていりゃあ万力も困ることは無いでしょうが、抱え屋敷をしくじっちゃあ仲間に対して幅が利かねえ。それを思うと、一概に羨ましいとばかりも云われません。当人は肚で泣いているかも知れませんよ」
「そうだろうな」
「そうして、その相手の二人侍は、何者だか判らねえのか」
「ひとりは本所の御旅所の近所に屋敷を持っている平井善九郎というお旗本ですが、連れの一人は判りません。刀を引ったくったのは平井さんでなく、連れのお武家の方でしたが、年頃は二十一、二で小粋な人柄でした。まあ、次三男の道楽者でしょうね」
「お俊はその平井という侍とも馴染なのか」
「別に深い馴染というでもありませんが、まんざら知らないお客でも無いそうです。なにしろ、そんな船に乗り合わせていたお俊も災難で、本人のした事じゃあありませんが、自然に伊勢屋の旦那の御機嫌を損じるような破目になって、その当座はちっと縺れたようでしたが、芸者をさせて置けばこそこんな事にもなるのだと云うので、この六月、急にお俊を引かせる話になりました。お俊としてみれば、災難が却って仕合わせになったかも知れません。今じゃあ川向うの一つ目に囲われて気楽に暮らしているようです」
「お俊に薄あばたは無かったかね」
「あの人は土地でも容貌好しの方で、あばたなんぞはありませんよ」
「親分、どうしますね」
「強情なようだが、おれはまだ思い切れねえ」
「殺されたのはお俊で、殺したのは万力だ」
「碁盤はお俊の家にあったのでしょうか」
「まあ、そうだろうね。伊勢屋は旧い質屋だから、流れ物か何かで、好い品を持っていて、それをお俊の家へ持ち込んでいたのだろう。寒いのに御苦労だが、これから六間堀へ行って、伊勢屋の様子を探って来てくれ」
「ようがす」


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