岡本綺堂 『半七捕物帳』 「丁度そこで逢いました」…

GoogleのAI「Gemini」を使用して現代語化しました。


青空文庫図書カード: 岡本綺堂 『半七捕物帳』

現代語化

「丁度そこで会いました」
「それは都合がよかった。それでは早々に話そう。それぞれ担当はどうでしたか?」
「では、私から話します」
「大津屋の主人は重兵衛といって、今年41だそうです。5年前に奥さんに先立たれて、お絹という娘と2人きりですが、どこか内緒の女性がいるようで、最近は家を空けることがよくあります。それと、親分。その娘のお絹という女性が、お城坊主の息子となんだか怪しいという噂で……。そうすると、親分の鑑定通り、万次郎と大津屋はグルということになりますよね?それから大津屋に出入りしてる女性絵描きは、孤芳という号をつけている女性で、年は23、4。容姿も悪くないし、まだ独身で、新宿の閻魔さんの近くで暮らしてるそうです。それで、まだはっきりとはわかりませんが、この女性は大津屋の主人か万次郎か、どちらかの男性と関係があるのではないかと睨んでいます……」
「そうかもしれませんね」
「それでは、松。あなたの調べはどうですか?」
「私のほうは簡単にわかりました」
「親分もご存知の通り、四谷坂町に住んでいるお城坊主の牧野逸斎、その長男が由太郎、次男が万次郎です……。万次郎は今年21ですが、まだ養子先が見つからず、実家に厄介になっています。この人も絵馬好きで、大津屋にも出入りしているうちに、先ほど亀が言った通り、大津屋の娘といい仲になったという噂です。でも、近所の評判を聞くと、万次郎という奴は褒められているわけではないですが、特に悪く言われることもなく、世の中にたくさんいる平凡な次男坊の典型で、道楽好きの若い者ということのようです」
「大津屋の重兵衛はどうですか?この人にも悪い噂はありませんか?」
「そうですね」
「近所でも悪い評判は特にないようです。万次郎と同じで、まあ良いでもなく悪いでもなく、普通の人というところでしょう。でも、古いお店だけに財産は悪くないらしく、淀橋の方に2、3軒アパートを持っているそうです」
「娘はどんな女性ですか?」
「昨日親分がいい女かと訊いたら、職人さんが笑ってましたでしょう?本当に笑うはずですよ。私も今日初めて見ましたが、いやもう、2度は見られないくらいブサイクで、近所のお岩さんの記録を抜くかもしれません。かわいそうに、かなりひどい疱瘡にやられたようです。でもまあ年頃ですから、万次郎といい仲になった……。といっても、おそらく万次郎のほうは次男坊だから、大津屋の婿になってしまおうと、我慢して付き合ってるんでしょうね」
「それでひと通りのことはわかりました」
「娘と万次郎が付き合ってることは、父親の重兵衛も知っていて、そのうち婿にするつもりでしょう。それはまあどうでもいいんですが、丸多の主人の絵馬中毒に付け込んで、偽物の絵馬を作って、孤芳という女性に絵を描かせて、その偽物を丸多に売りつけた……。その後、万次郎が押しかける。やはり私の鑑定通りです……。今の話では、万次郎という奴はあまり度胸がある人間ではないようなので、おそらく重兵衛が裏で糸を引いているのでしょう。自分が隠れて操って、万次郎をうまく利用して、大もうけしようとしてる……。この人もなかなかの謀叛人です。由井正雪が褒めてるかもしれません。でも、こいつらが大人しく手を引いて、これっきり丸多に縁を切れば、まあ大目に見ておくしかありません。何事もこの後の成り行き次第です」
「まあ、そうですね」
「それにしても、丸多の主人にも困ったものです。店の者には気の毒ですが、どこをどう探せばいいのかわかりません」
「親分、とんでもないことになりました。丸多が亡くなったそうです」
「いろいろお騒がせしましたが、主人の遺体が発見されました」
「どこで見つかりましたか?」
「追分の高札場の近くの土手の側で……」
「それじゃ近所ですね」
「はい。お店から遠くないところです」
「どうやって亡くなったんですか?」
「松の木に首を吊って」
「例の絵馬は……」
「遺体の近くには見当たりませんでした。ご存知の通り、あそこには玉川の上水が流れていて、土手の向こうは天竜寺です。その土手に一本古い松の木がありますが、主人は自分の帯を太い枝にかけて……。遺体の近くには財布、煙草入れ、鼻紙などがまとめてありましたが、絵馬は見つからなかったそうです。あの辺は通行人が少ないので、通りすがりの人がそれを見つけたのは、今朝6時半頃だそうで、近所ではありますが丸多のお店とは少し離れているので、すぐに身元がわからず、検死なども終わって、その身元がやっとはっきりして、私どもに呼び出しの連絡が来たのは、もう7時頃(午後4時)でした。それに驚いて駆け付け、だんだん事情を聞いて、ひとまず遺体を引き取って帰ってきたのは、日が暮れてからのことで……。すぐにご連絡するはずでしたが、何しろ慌ただしていて……」
「そりゃあさぞお忙しかったでしょう。大変なことになりましたね」
「それで、検死はどういうことで済みましたか?」
「気が狂っていたということでしょう……。他人に殺されたわけでもなく、自分で首を絞めたので、検視の役人たちも特に難しい取り調べはしませんでした」
「検視が無事に済めばいいですが、私たちが出頭する必要はありませんが、とにかくお悔やみながらお店まで参りましょう。おい、亀も松も一緒に行ってくれ」
「ひょっとすると、丸多の主人は首つりじゃないかもしれません。誰かに絞められたのかもしれませんよ」
「やはり大津屋の奴らでしょうか?」
「絞め殺して木の枝にぶら下げておくというのは、よくある手口です」
「まあ、行ってみたら何かわかるでしょう」
「もしそうなら、大目に見ておくどころか、奴らを次々と逮捕しなければなりません。また大騒ぎだ」

原文 (会話文抽出)

「丁度そこで逢いました」
「そりゃあ都合が好かった。そこで、早速だが、めいめいの受け持ちはどうだった」
「じゃあ、わっしから口を切りましょう」
「大津屋の亭主は重兵衛といって、ことし四十一になるそうです。五年前に女房に死なれて、お絹という娘と二人っきりですが、どっかに内証の女があると見えて、この頃は家を明けることが度々ある。それから、親分。その娘のお絹というのは、お城坊主の舎とどうも可怪しいという噂で……。してみると、親分の鑑定通り、万次郎と大津屋とはぐるだろうと思いますね。それから大津屋へ出入りの女絵かきは、孤芳という号を付けている女で、年は二十三四、容貌もまんざらで無く、まだ独身で、新宿の閻魔さまのそばに世帯を持っているそうです。そこで、まだはっきりとは判りませんが、この女は大津屋の亭主か万次郎か、どっちかの男に係り合いがあると、わっしは睨んでいるのですが……」
「そうかも知れねえ」
「そこで、松。おめえの調べはどうだ」
「わっしの方はすらすらと判りました」
「親分も知っていなさる通り、四谷坂町に住んでいるお城坊主の牧野逸斎、その長男が由太郎、舎が万次郎で……。万次郎はことし二十一ですが、まだ養子さきも見付からねえで、自分の家の厄介になっている。こいつも絵馬道楽のお仲間で、大津屋へも出這入りをしているうちに、今も亀が云う通り、大津屋の娘と出来合ったらしいという噂です。だが、近所の評判を聞くと、万次郎という奴はもちろん褒められてもいねえが、取り立てて悪くも云われねえ、世間に有りふれた次三男の紋切り型で、道楽肌の若い者というだけの事らしいのです」
「大津屋の重兵衛はどうだ。こいつにも悪い評判はねえか」
「そうですね」
「これも近所町内の評判は別に悪くもねえようです。万次郎と同じことで、まあ善くも無し、悪くも無しでしょうね。だが、旧い店だけに身上は悪くも無いらしく、淀橋の方に二、三軒の家作も持っているそうです」
「娘はどんな女だ」
「きのう親分がいい女かと云ったら、職人が笑っていたでしょう。まったく笑うはずで、わっしもきょう初めて覗いてみたが、いやもう、ふた目と見られねえ位で、近所のお岩さまの株を取りそうな女ですよ。可哀そうに、よっぽど重い疱瘡に祟られたらしい。それでもまあ年頃だから、万次郎と出来合った……。と云っても、おそらく万次郎の方じゃあ舎坊の厄介者だから、大津屋の婿にでもはいり込むつもりで、まあ我慢して係り合っているのでしょうよ」
「それで先ずひと通りは判った」
「娘と万次郎と出来ていることは父親の重兵衛も知っていて、行く行くは婿にでもするつもりだろう。それはまあどうでも構わねえが、丸多の亭主の絵馬きちがいに付け込んで、偽物の絵馬をこしらえて、孤芳という女に絵をかかせて、その偽物を丸多に押しつけて……。それから入れ代って万次郎が押し掛ける。やっぱり俺の鑑定通りだ……。今の話じゃあ、万次郎という奴はあんまり度胸のある人間でも無さそうだから、おそらく重兵衛の入れ知恵だろう。自分が蔭で糸を引いて、万次郎をうまく操って、大きい仕事をしようとする……。こいつもなかなかの謀叛人だ。由井正雪が褒めているかも知れねえ。だが、こいつらがおとなしく手を引いて、これっきり丸多へ因縁を付けねえということになれば、まあ大目に見て置くほかはあるめえ。何事もこの後の成り行き次第だ」
「まあ、そうですね」
「それにしても、丸多の亭主にも困ったものだ。店の者にゃあ気の毒だが、何処をどう探すという的がねえ」
「親分、飛んだ事になってしまった。丸多が死んだそうですよ」
「いろいろ御心配をかけましたが、主人の死骸が見付かりました」
「どこで見付かりました」
「追分の高札場のそばの土手下で……」
「それじゃあ近所ですね」
「はい。店から遠くない所でございます」
「どうして死んでいたのです」
「松の木に首をくくって」
「例の絵馬は……」
「死骸のそばには見あたりませんでした。御承知の通り、あすこには玉川の上水が流れて居りまして、土手のむこうは天竜寺でございます。その土手下に一本の古い松の木がありますが、主人は自分の帯を大きい枝にかけて……。死骸のそばに紙入れ、煙草入れ、鼻紙なぞは一つに纏めてありましたが、絵馬は見あたらなかったと申します。あの辺は往来の少ない所でございますので、通りがかりの人がそれを見付けましたのは、けさの六ツ半頃だそうでございますが、近所とは申しながら丸多の店とは少し距れて居りますので、すぐにそれとは判りかねたと見えまして、御検視なども済みまして、その身許もようようはっきりして、わたくし共へお呼び出しの参りましたのは、やがて七ツ頃(午後四時)でございます。それに驚いて駈け付けまして、だんだんお調べを受けまして、ひと先ず死骸を引き取ってまいりましたのは、日が暮れてからの事で……。早速おしらせに出る筈でございましたが、何しろごたごた致して居りましたので……」
「そりゃあ定めてお取り込みでしょう。どうも飛んだことになりましたね」
「そこで、御検視はどういうことで済みました」
「乱心と申すことで……。人に殺されたというわけでも無し、自分で首を縊ったのでございますから、検視のお役人方も別にむずかしい御詮議もなさいませんでした」
「御検視が無事に済めば結構、わたし達が差し出るにゃあ及びませんが、ともかくもお悔みながらお店まで参りましょう。おい、亀も松も一緒に行ってくれ」
「ひょっとすると、丸多の亭主は首くくりじゃあねえ。誰かに縊られたのかも知れねえな」
「やっぱり大津屋の奴らでしょうか」
「絞め殺して置いて、木の枝へぶら下げて置くというのは、よくある手だ」
「まあ、行ってみたらなんとか見当が付くだろう」
「もしそうならば、大目に見て置くどころか、あいつらを数珠つなぎにしなけりゃあならねえ。又ひと騒ぎだ」


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