岡本綺堂 『半七捕物帳』 「それほど結構な人間なら、土地にいられねえ…

GoogleのAI「Gemini」を使用して現代語化しました。


青空文庫図書カード: 岡本綺堂 『半七捕物帳』

現代語化

「そんなにいい人なら、この町に居られなくなるほどのことってあるか?売れっ子女を引きずって無理やり田舎に引っ込むなんて、普通考えられないよな。お前らも何か心当たりないわけ?」
「特にないです」
「でも、一度だけこんなことがあったそうです。私自身は見てないけど、お滝さんの話によると、先月の上旬頃に夕方、一人の僧侶が家の前に立って鈴を鳴らしてたらしいんです。そしたらちょうどお父さんが仕事から帰ってきて、その僧侶と顔を見合わせてすごくびっくりしたみたいで、それから小声でずっと立ち話をしてたんだそうです。その後でお父さんが僧侶にいくらかお金を渡したみたいなんです。それから日が暮れると、その僧侶がよく訪ねてきて、一度は靴を脱いで茶の間に入ったこともあるらしいんですけど、私はいつもその時は奥の部屋に行ってたのでよく知りません。どうもその僧侶が来るようになってから、お父さんが田舎に行きたいと言い出したらしいんですけど……」
「ふーん。そんなことがあったのか」
「あなたのお父さんって刺青入れてたっけ?」
「はい。両腕にちょっとだけ」
「何の柄?」
「若いときの遊びで、こんなのは見栄にも自慢にもならないからって、なるべく隠すようにしてたみたいで、私もよく見たことないんですけど、たぶん左は紅葉で、右は桜だったと思います」
「背中はどうだった?」
「真っ白でした」
「お父さんはいくつ?」
「たしか59だと思います」
「姉さんは養子だったんだよね?お父さんって江戸出身じゃないんでしょ?」
「信州の方だとかいう話ですが、姉さんもよく知らないみたいなんです。善光寺の話をすることがあるから、信州出身なんだろうと思いますけど……」
「お仙。ちょっと出かけるから着物を取ってきてくれ。ちょっとモヤモヤしてきたから、少し外に出てくるわ」
「親分。柳橋の一件って聞いてますか?」
「今聞いたとこだよ。悪いことをしたよ。いいところに顔を出してくれてありがとう。これから柳橋のお照さんの家に行ってくるよ」
「わかりました」

原文 (会話文抽出)

「それほど結構な人間なら、土地にいられねえような不義理をした訳もあるめえに、折角売れ出した娘を無理に引き摺って、なぜ草深いところへ引っ込む気になったのか。どうしてもおめえ達には心当りがねえんだね」
「どうも判りません」
「ですけれども、たった一度こんな事があったそうです。あたしが見た訳じゃありませんけれども、お滝の話には何でも先月の初め頃に、もう日の暮れかかる時分に一人の六部が家の前に立って、なにか鐸を鳴らしていると、そこへ丁度お父っさんが外から帰って来て、その六部と顔見あわせて何だか大変にびっくりしたような風だったそうで、それから二人が小さい声でしばらく立ち話をして、お父っさんはその六部に幾らかやったらしいということです。その後にも日が暮れると、その六部がときどきたずねて来て、一度は草鞋をぬいで茶の間へ上がって来たこともあるそうですが、あたし達はいつも其の時はお座敷へ出ていたのでよく知りません。なんでもその六部が来るようになってから、お父っさんは田舎へ行くと云い出したらしいんですが……」
「ふむう。そんなことがあったのか」
「おめえのところの親父は刺青をしていたっけね」
「ええ。両方の腕に少しばかり」
「なにが彫ってある」
「若い時の道楽で、こんなものは見得にも自慢にもならないと、なるたけ隠すようにしていましたから、あたし達は能く見たこともないんですが、なんでも左の方は紅葉、右の方には桜が彫ってあったようです」
「背中にはなんにもねえか」
「背中は真っ白でした」
「ちゃんは幾つだっけね」
「たしか五十九だと思っています」
「姉さんは貰い児の筈だが、親父は江戸者じゃあるめえね」
「なんでも信州の方だとかいうことですが、姉さんもよく知らないようです。善光寺様の話を時々にしますから、信州の方にゃあ相違ないと思いますけれど……」
「お仙。ちょいと出るから着物を出してくれ、なんだか蒸し暑いと思ったら、少しくもって来たようだな」
「親分。柳橋の一件がお耳にはいっていますかえ」
「やっと今聞いたんだ。申し訳がねえ。なにしろ、いい所へ面を持って来てくれた。これから柳橋のお照の家まで行ってくれ」
「ようがす」


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