岡本綺堂 『半七捕物帳』 「おかみさんは少し体を悪くいたして、あちら…

GoogleのAI「Gemini」を使用して現代語化しました。


青空文庫図書カード: 岡本綺堂 『半七捕物帳』

現代語化

「おかみさんはちょっと具合が悪くて、あっちで寝てますんで、用件は私に聞いてくださいってことです」
「当然ですね」
「いろいろ心配事が重なって、おかみさんも弱ってらっしゃるんでしょう。それで番頭さん。若いおかみさんの居場所はまだ分かりません?」
「分かったといえば分かったんですが、分からないといえば分からないんです。実はおとといの夕方に、品川の弥平さんって人が来て……」
「その人が前の晩に船を出して、品川の海でウナギの夜釣りをしてたんだそうです。そしたら1人の女性の死体が流れてきたので、気持ち悪いと思いながらも船を寄せて、その袖をつかもうとしたら、袖が切れて……。片袖だけがその人の手に残って、死体はまた流れて行ってしまったそうです。これも何かの縁だろうから、その片袖を自分の寺に納めて、お経でもあげてもらおうと思ってたんですが、その晩の夢にその女が枕元にきて、その片袖は北新堀の鍋久に届けてください、必ずお礼をしますからって、そう言って消えてしまった。お礼などはどーでもいいですが、あまりにも不思議なのでお尋ねに来ましたと言って、出して見せたのは確かに若いおかみさんのもので……」
「その晩に着ていた服だね」
「そうです。4つの梅があしらわれた片袖で、潮水に濡れてはいますが、色合いも柄も間違いありません。おかみさんもそれ違いないと言って、品川の人には相当なお礼をして、その片袖をこちらに受け取りました」
「そのお礼はいくらあげたんですか?」
「このことは内緒にしてくれと言って、金10両を包んで差し出すと、その人は遠慮してなかなか受け取りません。それではこっちの気持ちも収まらないし、仏の教えにも背くことになりますから、無理に頼んで持たせて帰りました」
「そうすると、若いおかみさんは本当に遠い海に流されてしまったんですね。おかみさんが言うには、我が子を殺した憎い嫁だと思ったけど、気が狂ってれば仕方がない。こうして形見の片袖を届けてくれるということは、やっぱりここを自分の家だと思って、私たちの供養を受けたいんだろうから、お寺に納めてやろうかと言って、昨日すぐに菩提寺に持っていきました」
「それはとんでもない怪談ですね」
「そこで、ここの主人を殺したという剃刀はどうしました?」
「それは道に落ちてたのを拾って、検視の役人にも見せましたが、そんなものを家に置いておくわけにもいかないので、お寺に持っていってどこかに埋めてもらいました」
「その剃刀は若いおかみさんが普段使っていたんですか?」
「いえ、後で調べてみると、普段使ってた剃刀は鏡台の引き出しに入っていました」
「この騒動が起こる前に、何か変わったことはありませんでしたか?」
「その朝から若いおかみさんの様子が少し変でしたが……」
「それは私も聞いてますが、他に何かありませんでしたか?」
「実は2度ほど盗難があったんです」
「これは店の者にも知らせないようにしてたんですけれど、今月になって2度……。何しろ盆前でお店も大忙しで……」
「どのくらい取られました?」
「1度目は200両、2度目は180両……。ご存知の通り、昼間は土蔵の扉が開けてあるので、お店が忙しい隙に、何者かが忍び込んだものと思われます」
「いくら忙しいといっても、自分の店で昼間に土蔵に入って金を持ち出すのを、気づかないとは油断しすぎだよ。番頭さん、しっかりしないとだめだよ」
「まさか外から入ったんじゃないでしょうね。出入りの者か店の者か、心当たりは全くないですか?」
「主人もおかみさんも不思議だと言ってますが、心当たりはありません」
「その晩になくなったものはありませんでしたか?」
「ないようです。主人の小箱にいくらかの金が入ってたかもしれませんが、私たちの奉公人にも分かりません。それ以外に目立った品がなくなった様子もないので、まあ紛失物は無いということになってました」
「じゃあ、それはそれとして、家のなかをちょっと見せてもらえますか?」

原文 (会話文抽出)

「おかみさんは少し体を悪くいたして、あちらに臥せって居りますので、御用はわたくしに承われと申すことでございます」
「ごもっともです」
「いろいろと心配事が重なって、おかみさんも弱りなさる筈だ。そこで番頭さん。若いおかみさんの行方はまだ知れませんかえ」
「知れたと申しましょうか、知れないと申しましょうか。実はおとといの夕方、品川の弥平さんというお人が見えまして……」
「その人が前の晩に舟を出して、品川の海で海鰻の夜釣りをしていたそうでございます。そこへ一人の女の死骸が流れてまいりましたので、気味が悪いと思いながらも舟を寄せて、その袂をつかんで引き寄せようとすると、袂は切れて……。片袖だけが其の人の手に残って、死骸はまた流れて行ってしまったそうです。これも何かの因縁だろうから、その片袖を自分の寺に納めて、御回向でもして貰おうと思っていると、その晩の夢にその女が枕もとへ来て、その片袖は北新堀の鍋久へおとどけ下さい、きっとお礼を致しますからと、こう云って消えてしまった。お礼などはどうでもいいが、余りに不思議だからお問い合わせに来ましたと云って、出して見せたのは確かに若いおかみさんの品で……」
「その晩に着ていた物だね」
「そうでございまいます。四入り青梅の片袖で、潮水にぬれては居りますが、色合いも縞柄も確かに相違ございません。おかみさんもそれに相違ないと申しまして、品川の人には相当の礼を致して、その片袖をこちらへ受け取りました」
「その礼は幾らやりましたね」
「このことは内分にしてくれと申しまして、金十両をつつんで差し出しますと、その人は辞退して容易に受け取りません。それではこちらの気も済まず、仏の心にも背くわけですから、無理に頼んで持たせて帰しました」
「そうしてみると、若いおかみさんはいよいよ遠い海へ流れて行ったに相違ないのでございます。おかみさんの申しますには、わが子を殺した憎い嫁だと一旦は思ったが、乱心であれば仕方がない。こうして形見の片袖をとどけてよこすからは、やっぱりここを自分の家と思って、わたし達の回向を受けたいのであろうから、お寺へ納めてやるが好かろうというので、きのうすぐに菩提寺へ持ってまいりました」
「そりゃあ飛んだ怪談だね」
「そこで、ここの主人を殺したという剃刀はどうしました」
「それは往来に落ちているのを拾いまして、検視のお役人にもお目にかけましたが、そんな物を家へ置くことも出来ませんので、お寺へ持参して何処へか埋めていただきました」
「その剃刀は若いおかみさんがふだん使っていたのですかえ」
「いえ、あとで調べてみますと、ふだん使っていた剃刀は鏡台のひきだしにはいって居りました」
「この騒動のおこる前に、なにか変った事はありませんか」
「その朝から若いおかみさんの様子がすこし変でしたが……」
「それは私も聴いているが、ほかに何かありませんでしたか」
「実は二度ばかり盗難がございまして……」
「これは店の者にも知らさないようにして居るのでございますが、今月になりまして二度……。何分にも盆前で店の方も取り込んで居りますので……」
「どのくらい取られましたえ」
「一度は二百両、二度目は百八十両……。御承知の通り、ひる間は土蔵の扉があけてありますので、店が取り込んでいる隙をみて、何者かが忍び込んだものと見えます」
「いくら取り込んでいるといっても、こちらの店で真っ昼間、土蔵へはいって金を持ち出すのを、知らずにいるとは油断過ぎるな。番頭さん、しっかりしねえじゃあいけねえ」
「よもや外からはいったのじゃああるめえ。出入りの者か店の者か、ちっとも心当りはねえのかね」
「主人もおかみさんも不思議だと申して居りますが、どうも心当りございません」
「その晩に失せ物はありませんでしたかえ」
「無いようでございます。主人の手箱に幾らかの金が入れてあったかとも思いますが、奉公人のわたくし共にも確かに判りません。ほかに目立った品がなくなった様子もございませんので、まあ紛失物は無いということになって居ります」
「じゃあ、まあ、それはそれとして、家のなかを少し見せて貰いましょう」


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