岡本綺堂 『半七捕物帳』 「吉原がたいそう焼けたそうですね。あなたに…

GoogleのAI「Gemini」を使用して現代語化しました。


青空文庫図書カード: 岡本綺堂 『半七捕物帳』

現代語化

「吉原がひどく焼けたそうですね。あなたに関係はありませんか?」
「冗談でしょう。でも6、7年前に焼けて、また焼けて、吉原も気の毒ですね」
「本当に気の毒です」
「昔から吉原の廓は火事に祟られる場所で、江戸時代にも何度も火事を起こして、廓内全焼の記録がたくさん残っています。とにかく狭い場所に大きな建物が並んでいて、今と違って江戸時代の吉原は、どんなに立派な大店でも屋根だけは板ぶきにすることになっていたんですから、火事の場合はたまりません。次々と火の粉を浴びて、どんどん燃えてしまうんです。それで怪我人も多かったですよ。大勢の客が出入りして、ほとんど夜通し営業してるんで、どうしても火の用心が疎かになって、火事を起こしやすいんです。さらに放火されることもありました。遊女のうちにも放火をする奴がいて、大阪屋の花鳥ってのがその1人なんです」
:「大阪屋の花鳥……。聞いたことのあるような名前ですね。そう、柳亭燕枝の噺にありました」
「そうです。燕枝の人情噺で、演目は『島千鳥沖津白浪』だったと思います。燕枝も高座でよく話して、芝居にもなりました。花鳥の事件は天保年間の出来事です。天保年間には吉原が大火に2度見舞われていて、1回目は天保6年の1月24日で廓内全焼、2回目は天保8年の10月19日で、これも廓内全焼でした。花鳥の放火は2回目のように言われてますが、花鳥は自分が勤めてる大阪屋を焼いただけで、そんなに大きな火を起こしたわけじゃないんです。梅津長門って浪人を逃がすために、自分の部屋に火を付けたとかいう噂もありますが、それは小説みたいなもんです。花鳥はどうも手癖が悪くて、客の枕探しをするんです。その上わがまま者で、抱え主と折り合いが悪い。顔はいいし、見た目は立派な女だったんですが、枕さししてるって噂が立つせいで、だんだんお客は減り、借金は増え、抱え主には目をつけられ、仲間には嫌われるって感じで、結局自暴自棄になって自分の部屋に火をつけ、騒ぎに乗じて駆け落ちをして、一旦は廓を抜け出したんですが、すぐに捕まりました。それは天保10年のことで、本来放火は火あぶりにされますが、花鳥はなかなかしゃべりがうまく、抱え主の虐待に耐えられなくて放火したと巧みに言い訳したみたいで、今で言う酌量減軽にあたって罪を1段階軽くして八丈島に流されることになりました。それをありがたく思っていればよかったんですけど、女のくせに大胆な奴で、2年目の天保11年に島抜けをして、ひそかに江戸に逃げ帰ってきたんです。こういう奴が江戸に帰ってきて、まともなことをするわけがありません。どんどん罪を重ねることになりました」
「どんな悪いことをしたんですか?」
「まあ、すぐ手帳を出さないでください。これは私が若い頃のことで、後に私の養父になった神田の吉五郎が指示して、私はただその手伝いで走り回っただけのことなんですから、一つ一つ話すことはできません。まあ、思い出しながら、ぼちぼちお話ししましょう」

原文 (会話文抽出)

「吉原がたいそう焼けたそうですね。あなたにお係り合いはありませんか」
「御冗談でしょう。しかし六、七年前に焼けて、今度また焼けて、吉原も気の毒ですね」
「まったく気の毒です」
「どうも吉原の廓は昔から火に祟られるところで、江戸時代にもたびたび火事を出して、廓内全焼という記録がたくさん残っています。なにしろ狭い場所に大きい建物が続いている上に、こんにちと違って江戸時代の吉原は、どんなに立派な大店でも屋根だけは板葺にする事になっていたんですから、火事の場合なぞはたまりません。片っぱしから火の粉を浴びて、それからそれへと燃えてしまうんです。したがって、怪我人なぞも多ござんしたよ。大勢の客が入り込んで、ほとんど夜あかしの商売ですから、自然に火の用心もおろそかになって、火事を起し易いことにもなるんですが、時には放火もありました。娼妓のうちにも放火をする奴がある。大阪屋花鳥というのも其の一人ですが、こいつはひどい女でしたよ」
「大阪屋花鳥……。聞いたような名ですね。そう、そう、柳亭燕枝の話にありました」
「そうです。燕枝の人情話で、名題は『島千鳥沖津白浪』といった筈です。燕枝も高座でたびたび話し、芝居にも仕組まれました。花鳥の一件は天保年中のことです。天保年中には吉原に大火が二度ありまして、一度は天保六年の正月二十四日で廓内全焼、次は天保八年の十月十九日で、これも廓内全焼でした。花鳥の放火を二度目の時のように云いますが、花鳥は自分の勤めている大阪屋を焼いただけで、そんな大火を起したのじゃあありません。梅津長門という浪人者を逃がすために、自分の部屋へ火を付けたとかいう噂もありますが、それはまあ一種の小説でしょう。花鳥はどうも手癖が悪くって、客の枕探しをする。その上に我儘者で、抱え主と折り合いがよくない。容貌も好し、見かけは立派な女なんですが、枕さがしの噂などがある為に、だんだんに客は落ちる、借金は殖える、抱え主にも睨まれる、朋輩には嫌われるというようなわけで、つまりは自棄半分で自分の部屋に火をつけ、どさくさまぎれに駈け落ちをきめて、一旦は廓を抜け出したんですが、やがて召し捕られました。それは天保十年のことで、本来ならば放火は火烙りですが、花鳥はなかなか弁の好い女で、抱え主の虐待に堪えられないので放火したという風に巧く云い取りをしたと見えて、こんにちでいえば情状酌量、罪一等を減じられて八丈島へ流されることになりました。それを有難いと思っていればいいんですが、女のくせに大胆な奴で、二年目の天保十一年に島抜けをして、こっそりと江戸へ逃げ帰ったんです。こんな奴が江戸へ帰って来て、碌なことをする筈はありません。いよいよ罪に罪を重ねることになりました」
「どんな悪いことをしたんですか」
「まあ、すぐに手帳を出さないで下さい。これはわたくしの若い時分のことで、後にわたくしの養父となった神田の吉五郎が指図をして、わたくしは唯その手伝いに駈け廻っただけの事なんですから、いちいち手に取るようにおしゃべりは出来ません。まあ、考え出しながら、ぽつぽつお話をしましょう」


青空文庫現代語化 Home リスト