GoogleのAI「Gemini」を使用して現代語化しました。
青空文庫図書カード: 岡本綺堂 『半七捕物帳』
現代語化
「犬には病気犬っていうのがあるけど、鶏には珍しいですよね」
「おかーさん」
「この辺じゃ鶏が何か病気でもなって、あんな騒ぎをすることが時々あるんですか?」
「それが本当に不思議でして」
「鶏が人に襲いかかるっていうのはあり得るとしても、うちでは初めてです。この通りお客さん相手商売ですんで、一度そんなことがあったら、絶対鶏なんて飼いませんけど、どうしてあの鶏が……あんな感じのいいお客さんに……。まったく訳が分かりません。これから何をするか分からないから、いっそ男たちに頼んで絞めさせてしまおうかと思ってるんです」
「あの鶏って前から飼ってるんですか?」
「はい。去年5月頃だったと思います。10羽くらいの鶏を籠に入れて売りに来た人がいて、雌鶏と雄鶏の1組を買ったんですけど、雌鶏の方は夏の終わりに死んでしまって、雄の方だけが残りました。それで他の鶏と仲良く遊んでいて、普段は喧嘩もしたことがなかったんですが、急に気が狂ったように暴れ出して、人に飛びつくだけならまだしも、女のお客さんに襲いかかって、あんなけがをさせてしまって……。本当に申し訳ありません」
「その鶏を売りに来た男って、よくこの辺を回ってるんですか?」
「たまに来ます。どうも百姓の合間に鶏を買ったり売ったりしてるんだそうですよ……」
「名前は何で、どこから来るんですか?」
「名前は……八さんって言ってますけど、八蔵か八助か分かりません。どうも矢口の方から来るんだそうですよ……」
「矢口か。矢口の渡しなら六蔵ありそうだけど……」
「疑うなよ」
「じゃあ、その八蔵とか八助っていう男ってどれくらいの年齢ですか?」
「25、6くらいだと思いますけど……。1年に1、2度しか来ませんので……」
「奥のけが人が挨拶なしに帰るから、後でよろしく伝えておいてください」
「かしこまりました」
「親分は熱心に鶏の売り主を探ってるけど、何か心当たりでもあるんですかね?」
「別に何もないんだけど……。今の出来事で、俺がふと思ったのは、あの鶏と、あの女と……何か因縁があるんじゃないだろうか……」
「なるほど。それも否定できないけど……」
「でも相手が動物だからな」
「動物だから誰彼構わず飛びかかった……。そう言っちゃえばそれまでだけど、動物だってそれなりの知恵はあるはずだ。飼い主を助けた犬もいる。恨みのある奴を突いた牛もいる。あの鶏もあの女に何か恨みがあるのかもしれないと思えないこともないな……」
「なるほど、そう言えばあの女の風体が……」
「鶏に縁がありそうには見えないけど……。鳥屋の女房かな?」
「まあ、そんなところかもね。とにかく、あの女はカタギの人間じゃないみたいだ。どこかで見たことがあるような気がするけど……。今日はしかたがないからそのまま引き上げることにするけど、お前にちょっと頼みがある。明日か明後日にもう一度来て、あの女のその後を聞いてきてくれ。もちろんすぐに命にかかわるようなけがじゃないから、医者に手当てしてもらって、駕籠で江戸に帰るはずだ。ああして厄介になった以上、自分の家は本所だとか浅草だとか話してるだろうから、それも調べてきてくれ。恨みや因縁ってのもいろいろある。あの女が昔あの鶏にひどい目にあわせて鳥屋に売り飛ばしたものが、偶然ここでめぐり合って、鶏が昔の恨みを晴らしたっていうようなことだとしたら、筋書きありきか古臭い因果物語だけど、もう少し複雑な事情があるような気もする。まあ、駄目元で調べてみようぜ」
「分かりました」
「それから、女房が鶏を絞めると言ってたけど、まだ大丈夫そうだったらもう少し助けておくように言っておいてくれ」
「お参りに来て愚痴をこぼすのもなんですが、今日は本当に寒かったです」
原文 (会話文抽出)
「あの鶏はどうしたのでしょうね」
「犬にゃあ病犬というものがあるが、鶏にゃあ珍らしい」
「おかみさん」
「ここらじゃあ鶏が何か病気にでもなって、あんな騒ぎをすることが時々にあるのかね」
「それがまことに不思議でございます」
「鶏が人にかかるというのは、まんざら無いことでもございませんが、わたくし共では初めてでございます。この通りのお客商売でございますから、一度でもそんな事があれば、決して鶏なぞを飼いは致しませんが、どうしてあの鶏が……あんな様子のいい女のかたに……。まったく訳が判りません。これからも何をするか知れませんから、いっそ男どもに云いつけて、絞めさせてしまおうかと思って居ります」
「あの鶏は前から飼ってあるのかえ」
「はい。昨年の五月頃だと覚えて居ります。十羽ほどの鶏を籠に入れて、売りに来た者がありまして、雌鶏と雄鶏のひと番いを買いましたが、雌鶏の方は夏の末に斃ちてしまいまして、雄の方だけが残りました。それでもほかの鶏と仲良く遊んで居りまして、ふだんは喧嘩なぞをした事もありませんでしたが、不意に気でも違ったように暴れ出して、人にこそよれ、女のお客さまに飛びかかって、あんな怪我をさせまして……。なんとも申し訳がございません」
「その鶏を売りに来た男というのは、始終ここらへ廻って来るのかね」
「時々に参ります。なんでも百姓の片手間に鶏を買ったり売ったりしているのだそうで……」
「名はなんといって、どこから来るのだね」
「名は……八さんといっていますが、八蔵か八助か判りません。なんでも矢口の方から来るのだそうで……」
「矢口か。矢口の渡しなら六蔵でありそうなものだが……」
「まぜっ返すなよ」
「そこで、その八蔵とか八助とかいう男は幾つぐらいだね」
「二十五六だろうと思いますが……。なにしろ一年に一度か二度しか廻って参りませんので……」
「奥の怪我人には挨拶をせずに帰るから、あとで宜しく云っておくんなさい」
「かしこまりました」
「親分は頻りに鶏の売り主を詮議していなすったが、なにか眼を着けた事でもあるんですかえ」
「別にどうということもねえが……。今の一件で、おれがふいと考えたのは、あの鶏と、あの女と……なにか因縁があるのじゃあねえかしら……」
「ふむう。そんな事もねえとも云えねえが……」
「しかし相手が畜生ですからねえ」
「畜生だからたれかれの見さかいなしに飛びかかった……。そう云ってしまえば仔細はねえが、畜生だって相当の料簡がねえとは云えねえ。主人を救った犬もある。恨みのある奴を突き殺した牛もある。あの鶏もあの女に何かの恨みがあるのかと、考えられねえ事もねえと思うが……」
「成程、そう云えばそうだが……。あの女の風体が……」
「鶏に縁がありそうにも見えねえが……。鳥屋の女房かね」
「まあ、そんなことかも知れねえ。なにしろ、あの女は堅気の人間じゃあなさそうだ。どうも何処かで見たことがあるように思われるのだが……。きょうは仕方がねえから此のまま引き揚げることにして、おめえ御苦労でもあしたか明後日、もう一度出直して来て、あの女はそれからどうしたかと訊きただしてくれ。もちろんどっと倒れてしまうほどの怪我じゃあねえから、医者にひと通りの手当てをして貰って、駕籠で江戸へ帰るに相違あるめえ。ああして厄介になった以上、自分の家は本所だとか浅草だとか話して行くだろうから、それもよく調べて来てくれ。恨みや因縁にもいろいろある。あの女があの鶏をひどい目に逢わせて、それを鳥屋へ売り飛ばしたのが、測らずここでめぐり合って、鶏がむかしの恨みを返したというような事ででもあれば、飛んだ猿蟹合戦か舌切り雀で、どうにも仕様のねえことだが、何かもう少し入り組んだ仔細がありそうにも思われる。まあ、無駄と思って洗ってみようぜ」
「承知しました」
「それから、あの女房は鶏を絞めると云っていたが、もしまだ無事でいるようだったら、もう少し助けて置くように云ってくれ」
「信心まいりに行って、愚痴を云っちゃあ済まねえが、きょうは全く寒かった」