岡本綺堂 『半七捕物帳』 「今夜は久しぶりで夜の湯へ行きました。日が…

GoogleのAI「Gemini」を使用して現代語化しました。


青空文庫図書カード: 岡本綺堂 『半七捕物帳』

現代語化

「今日は久しぶりに夜のお風呂に行ってきたよ。日が暮れてから帰ってきたもんだから……」
「どこへお出かけになったんですか?」
「川崎へさ……。今日は初大師の縁日で」
「正月21日……。なるほど今日は初大師でしたね」
「僕みたいな年寄りは少ないかと思ったけど、いやいや、とんでもない……。昔より何倍も人が多くて、賑やかさにびっくりしたよ。まあ江戸時代と違って、今は電車が便利だからね。昔は江戸から川崎の大師河原まで5里半とかって、日帰りで往復すると10里以上になるから、女はもちろん、足腰の弱い人は途中で駕籠に乗ってもらわないといけなかった。元気な人でもかなり疲れたよ」
「それでも結構賑わってたんでしょう?」
「今ほどじゃないけど、縁日には結構賑わってたよ」
「なんか文化の始めに、11代将軍が川崎にお参りしたそうじゃないですか……。川崎は厄除け大師って言われてるから、将軍は42の厄年に参拝したんだとか。それが世間に知れ渡ると、『将軍様も参拝するんだから』ってことで、またすぐに参拝者が増えて、僕たちの若い頃も結構人が来てた。明治の今はそんなこともないだろうけど、昔は僕たちみたいな職業の人には信仰心が厚い人が多くて、罪を消すためか、災難除けのためか、忙しい合間を縫って神社やお寺に参拝する人がたくさんいたよ。僕たちも川崎大師にはたいてい年に2、3回は参拝してたけど、やっぱり人間は現金なもので、明治になって仕事をやめると、なんだかんだで行かなくなっちゃったんだ……。でも正月だけは、初大師は欠かさず参拝して、大師様に普段参拝に行かないことをお詫びしてるんだよ。言うまでもなく、今は便利ですごくありがたい。今日も午後から出かけて、ゆっくり参拝して、日が暮れる頃には帰ってくることができたからね。昔は薄暗い頃から家を出発して、高輪の海沿いの茶店でひと休みして、その頃にちょうど夜が明けるってんだから大変だ。だから正月の初大師なんて、寒かったこと寒かった……。それもまあ、信心の力であきらめたけど、大勢の中にはずぼらな奴がいて、草鞋を履いて江戸を出るんだけど、品川で昼遊びしてる。昔はそういう奴らのため、大師河原のお札が品川にあったり、堀ノ内のお祓い用の米が新宿に取り寄せられてたりして、それをもらって済ませた顔で帰る……。はははは、いや、僕なんてそんな悪いことはしないから、大師様の罰も当たらないで、まあこうして元気で生きてるんだよ。その大師詣りにはこんな話があるんだ。またいつもの自慢話みたいになるけど、まあ、聞いてよ」

原文 (会話文抽出)

「今夜は久しぶりで夜の湯へ行きました。日が暮れてから帰って来たもんですから……」
「どこへお出かけになりました」
「川崎へ……。きょうは初大師の御縁日で」
「正月二十一日……。成程きょうは初大師でしたね」
「わたくしのような昔者は少ないかと思ったら、いや、どう致しまして……。昔よりも何層倍という人出で、その賑やかいには驚きました。尤も江戸時代と違って、今日では汽車の便利がありますからね。昔は江戸から川崎の大師河原まで五里半とかいうので、日帰りにすれば十里以上、女は勿論、足の弱い人たちは途中を幾らか駕籠に助けて貰わなければなりません。足の達者な人間でも随分くたびれましたよ」
「それでも相当に繁昌したんでしょうね」
「今程じゃありませんが、御縁日にはなかなか繁昌しました」
「なんでも文化の初め頃に、十一代将軍の川崎御参詣があったそうで……。御承知の通り、川崎は厄除大師と云われるのですから、将軍は四十二の厄年で参詣になったのだと云うことでした。それが世間に知れ渡ると、公方様でさえも御参詣なさるのだからと云うので、また俄かに信心者が増して来て、わたくし共の若いときにも随分参詣人がありました。明治の今日はそんなことも無いでしょうが、昔はわたくし共のような稼業の者には信心者が多うござんして、罪ほろぼしの積りか、災難よけの積りか、忙がしい暇をぬすんで神社仏閣に足を運ぶ者がたくさんありました。わたくし共も川崎大師へは大抵一年に二、三度は参詣していましたが、どうも人間は現金なもので、明治になって稼業をやめると、とかく御無沙汰勝ちになりまして……。それでも正月の初大師だけは、まあ欠かさず御参詣をして、大師さまに平生の御無沙汰のお詫びをしているんですよ。くどくも云う通り、こんにちは便利でありがたい。きょうも午頃から出て行って、ゆっくり御参詣をして、あかりの付く頃には帰って来られるんですからね。むかしは薄っ暗い時分から家を出て、高輪の海辺の茶店でひと休み、その頃にちょうど夜が明けるという始末だから大変です。それだから正月の初大師などと来たら、寒いこと、寒いこと……。それもまあ、信心の力で我慢したんですが、大勢のなかには横着な奴があって、草鞋をはいて江戸を出ながら、品川で昼遊びをしている。昔はそういう連中のために、大師河原のお札が品川にあったり、堀ノ内のお洗米が新宿に取り寄せてあったりして、それをいただいて済ました顔で帰る……。はははは、いや、わたくしなぞはそんな悪いことをしないから、大師さまの罰もあたらないで、まあこうして無事に生きているんですよ。その大師詣りに就いてこんな話があります。又いつもの手柄話をするようですが、まあ、お聴き下さい」


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