岡本綺堂 『半七捕物帳』 「その時におめえは家にいたのか」…

GoogleのAI「Gemini」を使用して現代語化しました。


青空文庫図書カード: 岡本綺堂 『半七捕物帳』

現代語化

「その時、お前は家にいたのか」
「ところが、その時俺は向かいの足袋屋の店に行って、縁台で将棋を指してたんですよ。この騒ぎに驚いて帰ってきた時には、長屋の住人たちがわーわー言ってるだけで、他に誰もいませんでした。白い浴衣を着た女なんかどこにもいませんでしたよ」
「そこの路地は抜け道か」
「前は抜けられたんですけど、狭い路地だったし、無用心だってことで、おととし頃から奥の出口に垣根を結んでしまったんですけど、もう結構古くなってるし、近所の子供がいたずらをするもんだから、竹がばらばらに壊れていて、抜けちゃえば抜けられます」
「むむ」
「もちろん、検死もあったんだろうけど、なにも手がかりはなかったのか」
「どうもわかんないらしいですね。さっき田町の重兵衛の子分に会ったけど、重兵衛は色恋のもつれじゃないかって、主にそっちを調べてるそうです。なるほど、お作ってあんな女ですから、男が目をつけようがないとは限りませんけど、刃物で刺すとか斬るとかならまだしも、啖い殺すっていうのがおかしいですもんね。それもお作だけじゃなくて、他に二人も死んでるんですから。田町の子分たちもこれにはちょっと困ってるみたいでしたよ」
「喉に食らいつくって言うけど、なかなかできる芸じゃないよなぁ」
「本当に啖い殺したんですかね。鉄砲の傷に似てるけど、確かに刀でえぐった傷みたいで、まるで歌舞伎の六段目みたいでしたよ」
「さあなぁ」
「俺も死体を見ましたけど、喉笛は確かに食い千切られてるようでした。医者もそう言ってるし、検死でもそう決まったんですけど……。お前さん、他に何か考えありますか?」
「いや、俺もまだ見当はつかないけど、どうも腑に落ちないな。それにしても、その鬼娘ってのは一体誰なんだ」
「それもわかりませんよ」
「わかんねえんじゃ困る。俺も考えてみるから、お前も考えてくれ」
「とりあえず一度行ってみようじゃありませんか。家にばっかりいても埒が明かない。重兵衛の縄張り荒らしみたいだけど、お前もそこの人間だろ。俺が手伝ってやろうか」
「ありがたい。よろしく頼みます」
「庄さん、どこへ?」
「親分を引っ張り出して浅草へ……」
「方角が悪いけど、朝早いから大丈夫だよ」
「朝っぱらからでも昼っぱらからでも、お前には気をつけなきゃいけない。おかみさんがお盆に来て愚痴ってたよ」
「暑いな」
「今年は残暑が強いですねぇ。これで9月に袷を着られるんでしょうか」
「違うな。9月に夏物を着て震えてるよ」

原文 (会話文抽出)

「その時におめえは家にいたのか」
「ところが、親分。その時わっしは表の足袋屋の店へ行って、縁台で将棋をさしていたんですよ。この騒ぎにおどろいて帰って来た時には、長屋の者が唯わあわあ云っているばかりで、ほかには誰もいませんでした。白地の浴衣を着た女なんぞは影も形も見えませんでした」
「あの露路は抜け裏か」
「以前は通りぬけが出来たんですが、もともと広い露路でもなし、第一無用心だというので、おととし頃から奥の出口へ垣根を結ってしまったんですが、もういい加減に古くなったのと、近所の子供がいたずらをするのとで、竹はばらばらに毀れていますから、通りぬけをすれば出来ますよ」
「むむ」
「無論、検視もあったんだろうが、なんにも手がかりは無しか」
「どうも判らねえようですね。今も田町の重兵衛の子分に逢いましたが、重兵衛はなにか色恋の遺恨じゃあねえかと、専らその方を探っているそうです。なるほど、お作はあんな女ですから、そこへ眼をつけるのも無理はありませんが、刃物で突くとか斬るとかいうなら格別、啖い殺すのがどうもおかしい。それもお作一人でなし、ほかに二人も死んでいるんですからね。田町の子分共もこれにはちっと行き悩んでいるようでしたよ」
「喉笛へ啖い付くとはよくいうことだが、なかなか出来る芸じゃあねえ」
「ほんとうに啖い殺したのかしら、鉄砲疵には似たれども、まさしく刀でえぐった疵、とんだ六段目じゃあねえかな」
「さあ」
「わっしも死骸をみましたがね。喉笛はたしかに啖い切られていたようでしたよ。医者もそう云い、検視でもそう決まったんですが……。お前さんには何かほかの見込みがありますかえ」
「いや、おれにもまだ見当はつかねえが、どうにも腑に落ちねえようだな。それにしても、その鬼娘というのは何者だろう」
「それも判りませんよ」
「わからねえじゃあ困る。おれも考えてみるから、おめえも考えてくれ」
「だが、なにしろ一度は行ってみよう。家にばかり涼んでいちゃあ埒があかねえ。重兵衛の縄張りをあらすようだが、おめえも土地に住んでいるんだ。おれが手伝って、おめえの顔を好くしてやろうか」
「ありがたい。何分ねがいます」
「庄さん。どこへ」
「親分を引っ張り出して浅草へ……」
「方角が悪いが、朝っぱらだから大丈夫ですよ」
「朝っぱらからでも昼っぱらからでも、おまえさんじゃあ油断が出来ない。おかみさんがお盆に来て愚痴を云っていたよ」
「どうも暑いな」
「ことしは残暑が強うござんすね。これで九月に袷が着られるでしょうか」
「ちげえねえ。九月に帷子を着てふるえているか」


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