GoogleのAI「Gemini」を使用して現代語化しました。
青空文庫図書カード: 岡本綺堂 『半七捕物帳』
現代語化
「お前は御成道の横丁のお化け師匠の愛人か、亭主か。とにかく久しぶりに行ってみると、師匠は若い男と帰ってきて、俺が来てもいい顔をしねえ。不実だとか薄情だとか文句を言ったから、俺は師匠と喧嘩をした。それが原因で殺すつもりになって、この御札売りの箱から蛇を1匹盗んで、芝居のネタに使った。お前もなかなか芝居っ気があるな。お化け師匠と仲良しなのに、こっそり師匠を絞め殺して、その蛇を死体にくっつけて、娘の怨みだとか祟りだとか、くだらない怪談で世間をだまそうとしたんだろう。それで世の中が平和に済むんならいいけど、そうはいかねえ。さっさと正直に全部吐け。おい、落ち着けよ。ずる賢く逃げようとするなよ。もう情けはかけねえぞ。さっさとしゃべれ。口が利けねえわけじゃあるめえ。飯食うみたいにデカい口開けて喋れ。わかったか?適当に片付けねえと引っ叩くぞ」
「昔は、こうやって番屋で取り調べをしてたんですよ」
「町奉行は別ですが、番屋で調べるときは、岡っ引や手先だけでなく、八丁堀のお役人たちもみんなこの調子で頭から責め立てるんです。芝居や講釈じゃありませんよ。ぐずぐずしていると、ホントに引っ叩かれたんですよ」
「それでその男は自白したんですか?」
「責め立てられたら、みんなペラペラ喋りましたよ。そいつは元々は上野の山内の坊主で、歌女寿よりも年下なんですけど、女にうまく丸め込まれて、とうとう寺を開いてしまって、10年ほど前から甲州の方に帰って還俗してたんです。でも、地元が忘れられなくて江戸が恋しくなって、久しぶりに戻ってきて、さっそく歌女寿のところを訪ねたんですけど、女は薄情で相手にしない。おまけに、経師屋の若い息子と帰ってくるところを見たもんだから、坊主は腹が立って、仕返ししようと、そこらの安宿を転々としながらいながら、2ヶ月も付け回してたんです。そんなうちに、歌女寿の娘が去年亡くなって、それからお化け師匠の噂が立ったもんですから、坊主は元々根っからの坊主なんで、死霊の祟りを考えて、とうとう師匠を絞め殺してしまったんですよ。蛇を使ったのは上手い考えでしたね」
「その蛇は御札売りのから盗んだんですか?」
「本所の安宿に転がってる時、丁度そこに池鯉鮒の御札売りが泊まってたもんだから、それからふと思い付いて、その蛇を一匹盗んだんです。そこで蛇を見かけなかったら、そんな知恵も出なかったかもしれませんけど、師匠も坊主も、結局はお互いの不運ですね。季節は盆前だし、娘の一周忌だし、都合のいいものが揃ってたもんですから、夜中に忍び込んで師匠を殺して、蛇を巻きつけて。全部が揃った完璧な怪談が出来上がったんです。私は初めに女中のお村に目をつけたんですが、よく寝込んでたおかげで何も知らなかったっていうことが後で分かりました」
「それにしても、なぜ池鯉鮒の御札売りに目をつけたんですか?」
「今の時代の人には分からないかもしれませんね。昔は毎年夏になると、蝮除け蛇除けの御札売りがどこからか現れたんです。有名な池鯉鮒様のほかにいろんなニセモノがあって、その御札売りは蛇を入れた箱を首からかけて、人の前でその御札で蛇の頭を撫でると、蛇は小さくなって首を縮めてしまうんです。本当の池鯉鮒様はそんなことはしませんが、ニセモノは普段から蛇を訓練してて。針を御札に刺しておいて、蛇の頭をチクチクすると、蛇は痛いから首を縮める。それが癖になって、紙で撫でられるとすぐに首を引っ込めるようになる。その蛇を箱に入れて持ち歩いて、『さあご覧なさい、御札の霊験はこの通りです』と、生きてる蛇を証拠にして御札を売るんだそうです。私がお化け師匠の首に巻きついてる蛇を見たときに、すごく弱々しい感じだったので、普通の蛇とは違うなと思って、試しに懐紙で軽く押してみると、蛇はすぐに首を縮めたんです。きっと御札売りの持ってる蛇に違いないと確信して、そこから少しずつ調べていって、相手にたどり着きました。あ、その坊主ですか?それはもちろん死刑ですよ」
「御札売りはどうなりましたか?」
「池鯉鮒様の名前を騙って、そんなニセモノを売ってたんですから、今だったら相当な罪になりますが、昔は別にどうっていうこともありませんでした。騙される方が悪いって理屈です。でも、さすがに気が咎めたのか、御札売りは私が笠の内を覗いた後、落ち着かないみたいで姿を消してました。池鯉鮒様だけでなく、昔はこんなニセモノがいろいろありましたよ」
「そもそもその池鯉鮒様っていうのはどこにあるんですか?」
「東海道にある三州です。今でも信仰してる人がいるでしょう。おや、雨が止んだみたいで、外が急に賑やかになってきましたね。どうですか、せっかく来てくれたんですから、提灯に火が灯ったところを見に行きましょう。お祭りはやっぱり夜に決まってますよ」
原文 (会話文抽出)
「おい、素直に何もかも云っちまえ」
「てめえは御成道の横町のお化け師匠の情夫か、亭主か。なにしろ久し振りでたずねて行くと、師匠は若けえ男なんぞを引っ張って帰って来て、手前に逢っても、好い顔をしねえ。あんまり不実だとか薄情だとか云うんで、手前は師匠とやきもち喧嘩をしたろう。それがもとでとうとう師匠を殺す気になって、ここにいる御符売りの箱から蛇を一匹盗んで、狂言の種に遣ったろう。手前もなかなか芝居気がある。お化け師匠と札付きになっているのに付け込んで、師匠をそっと絞め殺して、その蛇を死骸の頸へまき付けて置いて、娘の執念だとか祟りだとか、飛んだ林屋正蔵の怪談で巧く世間を誤魔化そうとしたんだろう。それで世の中が無事息災で通って行かれりゃあ、闇夜にぶら提灯は要らねえ理窟だが、どうもそうばかりは行かねえ。さあ、恐れ入って真っ直ぐになんでも吐き出してしまえ。ええ、おちついているな。脂を嘗めさせられた蛇のように往生ぎわが悪いと、もう御慈悲をかけちゃあいられねえ。さあ申し立てろ。江戸じゅうの黄蘗を一度にしゃぶらせられた訳ではあるめえし、口の利かれねえ筈はねえ。飯を食う時のように大きい口をあいて云え。野郎、わかったか。悪く片付けていやあがると引っぱたくぞ」
「今と違って、むかしの番屋の調べはみんなこんな調子でしたよ」
「町奉行は格別、番屋で調べるときには、岡っ引や手先ばかりでなく、八丁堀のお役人衆もみんなこの息で頭からぽんぽん退治つけるんです。芝居や講釈のようなもんじゃあありませんよ。ぐずぐずしていると、まったく引っぱたくんですよ」
「それで其の男は白伏したんですか」
「煙にまかれて、みんなべらべら申し立てましたよ。そいつは元は上野の山内の坊主で、歌女寿よりも年下なんですけれども、女に巧くまるめ込まれて、とうとう寺を開いてしまって、十年ほど前から甲州の方へ行って還俗していたんですが、故郷忘じ難しで江戸が恋しくなって、今度久し振りで出て来て、早速歌女寿のところへ訪ねて行くと、女は薄情だから見向きもしない。おまけで経師職の生若え伜なんぞを引っ張って来たのを見たもんだから、坊主はむやみに口惜しくなって、なんとかして意趣返しをしてやろうと、そこらの安宿を転げあるきながら、足かけ二カ月越しも付け狙っているうちに、歌女寿の娘が去年死んで、それからお化け師匠の評判が立っているのを聞き込んで、根が坊主だけに、死霊の祟りなんていうことを考え付いて、とうとう師匠を絞め殺してしまったんですよ。蛇を種に遣ったところは巧く考えましたね」
「その蛇は御符売りのを盗んだんですか」
「本所の安宿に転がっていると、丁度そこへ池鯉鮒の御符売りが泊り合わせたもんだから、それからふと思い付いて、その蛇を一匹盗んだんです。そこで蛇を見なかったら、そんな知恵も出なかったかも知れませんが、師匠も坊主も、つまりおたがいの不運ですね。時候は盆前、娘の一周忌と、うまく道具が揃っているもんだから、夜ふけに水口からそっと忍び込んで、師匠を殺す、蛇をまき付ける。すべておあつらえの通りの怪談が出来あがったんです。わたくしは最初に女中のお村というのに眼をつけていたんですが、これはよく寝込んでいて全くなんにも知らなかったということが後で判りました」
「それにしても、あなたはどうして池鯉鮒の御符売りに手を着けようと考え付いたのです」
「なるほど、今どきの人にゃあ判らないかも知れませんね。むかしは毎年夏場になると、蝮よけ蛇除けの御符売りというものが何処からか出て来るんです。有名な池鯉鮒様のほかにいろいろの贋いものがあって、その符売りは蛇を入れた箱を頸にかけて、人の見る前でその御符で蛇の頭を撫でると、蛇は小さくなって首を縮めてしまうんです。ほんとうの池鯉鮒様はそんな事はありませんが、贋い者になるとふだんから蛇を馴らして置く。なんでも御符に針をさして置いて、蛇の頭をちょいちょい突くと、蛇は痛いから首を縮める。それが自然の癖になって、紙で撫でられるとすぐに首を引っ込めるようになる。その蛇を箱に入れて持ち歩いて、さあ御覧なさい、御符の奇特はこの通りでございますと、生きた蛇を証拠にして御符を売って歩くんだということです。わたくしがお化け師匠の頸に巻きついている蛇を見たときに、なんだかひどく弱っている様子がどうも普通の蛇らしくないので、ふっとその蛇除けの贋いものを思い出して、試しに懐紙でちょいと押えると、蛇はすぐに頸を縮めてしまいましたから、さてはいよいよ御符売りの持っている蛇に相違ないと見きわめを付けて、それからだんだんに手繰って行くうちに相手にうまくぶつかったんです。え、その坊主ですか。それは無論死罪になりました」
「御符売りはどうなりました」
「池鯉鮒様の名前を騙って、そんな贋物を売っているんですから、今なら相当の罰を受けるでしょうが、昔は別にどうということもありませんでした。つまり欺される方が悪いというような理窟なんですね。それでもやっぱり気が咎めると見えて、御符売りはわたくしに笠の内を覗かれて、なんだか落ち着かないようなふうで遠退いていたんでしょう。池鯉鮒様ばかりでなく、昔はこんな贋いものがたくさんありましたよ」
「一体その池鯉鮒様というのは何処にあるんです」
「東海道の三州です。今でも御信心の人がありましょう。おや、雨が止んだと見えて、表が急に賑やかになって来ました。どうです、折角お出でなすったもんですから、ともかくも一と廻りして、軒提灯に火のはいったところを見て来ようじゃありませんか。お祭りはどうしても夜のものですよ」