「熱電子放出に関する実験」レポートWeb

>>戻る

 

 1)実験目的

 

  熱電子放出現象に伴う物理過程を二極真空管を使って調べる、即ち Richardson-Dushmanv の式と Child-Langmuir の式を実験によって確かめ、同時にフィラメントの材料であるタングステンの仕事関数を求め、さらに光高温計を用いフィラメントの温度を測定することによりPlanckの黒体輻射の原理に基づく高温物体の非接触型温度測定についての認識を得ることが本実験の目的である。

 

 2)実験の原理

 

  金属内電子について、Fermi-Diracの分布則を当てはめると、金属表面から単位面積、単位時間当たり飛び出す電子の数(熱電子放出電流密度)j

<Richardson-Dushmanの式……[ 1]>

 

                    但し、:絶対温度  φ:仕事関数

                         =4πmek/h=1.20×10A・m−2K−2

                          m:電子の質量  e:素電荷

                          k:ボルツマン定数   h:プランク定数

で表される。

  二極真空管の熱電子放出現象には温度制限状態と空間電荷制限状態が存在する。前者において、熱電子はすべて陽極に流れ込むため電流は[ 1]式に従い、絶対温度のみの関数となる。一方、後者では空間電荷のために熱電流が反発されるため一定値以上は電流が流れない。よって電流は[ 1]式に従わない。陰極及び陽極が同心円筒になっている場合の単位面積当たりの空間電荷制限電流j は次式に従う。
           <Child-Langmuirの式(3/2乗法則)
……[ 2]>

           

            (A/m)

但し、r:陽極半径

β:r/r(r:陰極半径)の関数

                            (但し、r/r>10のときβ1)

 

  よって、あるカソード温度、即ち一定のカソード電流に対し、陽極電圧が低い間は空間電荷制限状態で、[ 1]式に従い、電圧が上昇するにつれ、温度制限状態に移り、以降は[ 2]式に従い陰極の温度によって決まる一定の温度制限電流が流れる。

  また、陰極温度が高くなる過程、即ちカソード電流が増えていく過程においては、単位時間当たりの熱電子放出量が増大し、よって空間電荷制限状態より温度制限状態に移る陽極電圧がしだいに高くなる。

 

 3)実験装置

 

  本実験では以下の装置を使用した。

(1)定電圧電源 KIKUSUI ELECTRONICS CORP製 7372A

(2)定電流電源 KIKUSUI ELECTRONICS CORP製 7318A

(3)ミリアンペア計 YOKOGAWA ELECTRIC WORKS LTD.製

(4)電圧計 YOKOGAWA ELECTRIC WORKS LTD.製

(5)電流計 YOKOGAWA ELECTRIC WORKS LTD.製

(6)リード線

(7)光高温計 CHINO PYROSTAR MODEC IR-U

(8)熱電子放出二極管

  また、上記の装置を以下の配線図のとおりに接続した。
図 1:配線図

 

P:定電圧電源(0~300V) P:定電流電源(0~4.5A)

mA:ミリアンペア計 A:電流計 V:電圧計           (略)

 

 4)実験方法

 

(1)カソードに流す電流I を3.8A,3.9A,4.0A,4.1A,4.2Aと変え、それぞれの電流値に対し、陽極電圧V0Vから200Vまで順次変えていき、このときの電圧、及び陽極電流Jを測った。

(2)V=0でカソード電流Iを2.6Aから4.4Aまで0.2A刻みで変え、それぞれのフィラメント温度を光高温計で複数回測定した。

 

 5)測定データ

 

    実験方法(2)で得られたデータは表 1のとおりである。表 1のカソード電流と、カソードの平均温度をプロットし、滑らかな曲線でつないだのが図 2(略)である。

 

1:カソード電流とカソード温度の対応

 

カソード電流

 カソード温度(°C)

 

 

 

(A)

 

 

 

平均値

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2.6

2.8

3.0

3.2

3.4

3.6

3.8

4.0

4.2

4.4

1250  1184

1271  1260

1295  1330

1305  1380

1390 1445

1435  1470

1480  1490

1520      1535

1627  1555  1585

1690  1592  1620

  1217

  1266

  1313

  1343

  1418

  1453

  1485

  1528

  1589

  1634

 

 

 

 

 

  また、実験方法(1)で得られたデータは表 2のとおりである。これをグラフにしたのが、図 3であり、両対数グラフにしたのが、図 4である。

 

2:各カソード電流における陽極電圧と陽極電流の対応

 

 

 

 

 

 

 

カソード電流I

 

 

(A)

 

3.8

3.9

4.0

4.1

4.2

陽極電圧Vp(V)

陽極電流Jp

 

 

(mA)

0.0

0.10

0.05

0.09

0.08

0.10

1.0

0.20

0.12

0.15

0.17

0.15

2.0

0.25

0.25

0.27

0.29

0.30

3.0

0.40

0.40

0.40

0.41

0.48

4.0

0.55

0.58

0.60

0.60

0.61

5.0

0.70

0.72

0.75

0.80

0.80

6.0

0.90

0.91

1.00

1.00

1.01

7.0

1.05

1.12

1.20

1.25

1.28

8.0

1.25

1.35

1.48

1.50

1.53

9.0

1.45

1.62

1.70

1.80

1.79

10.0

1.70

1.89

2.00

2.05

2.09

11.0

1.88

2.12

2.35

2.38

2.42

12.0

2.10

2.42

2.63

2.70

2.71

13.0

2.30

2.69

2.90

3.05

3.09

14.0

2.43

2.99

3.28

3.40

3.45

15.0

2.60

3.30

3.70

3.75

3.85

16.0

2.70

3.61

4.00

4.15

4.20

17.0

2.72

3.88

4.40

4.58

4.65

18.0

2.79

4.25

4.80

4.95

5.10

19.0

2.80

4.50

5.28

5.40

5.55

20.0

2.82

4.88

5.80

5.81

6.10

25.0

2.90

5.93

8.0

8.32

8.65

30.0

2.98

6.21

9.8

10.8

11.4

35.0

3.00

6.38

11.6

13.3

14.1

40.0

3.02

6.48

14.0

16.0

17.2

45.0

3.05

6.54

15.2

18.6

20.2

50.0

3.08

6.60

15.4

21.2

23.2

55.0

3.10

6.65

15.8

23.8

26.5

60.0

3.10

6.70

16.0

26.2

29.9

65.0

3.11

6.74

15.8

27.6

33.5

70.0

3.14

6.80

16.2

28.5

37.0

75.0

3.13

6.82

16.0

29.0

40.5

80.0

3.13

6.88

16.4

29.2

44.0

85.0

3.15

6.90

16.4

29.5

47.5

90.0

3.18

6.92

16.4

29.9

50.5

95.0

3.19

6.97

16.6

30.0

52.9

100.0

3.20

6.99

16.6

30.0

54.2

105

 

7.10

16.4

 

55.7

110

3.22

7.10

16.4

30.3

56.2

115

 

7.12

 

 

56.8

120

3.22

7.15

16.4

30.5

57.0

130

3.25

7.20

16.4

30.9

57.5

140

3.28

7.20

16.4

31.0

58.0

150

3.29

7.25

 

31.1

58.5

160

3.30

7.25

16.4

31.2

58.9

170

3.30

7.25

 

31.3

59.2

180

3.32

7.30

17.0

31.5

59.5

190

3.32

7.40

 

31.8

59.9

200

3.35

7.40

17.0

32.0

60.0

 

グラフ図3と図4はこちら

 

 6)解析及び結論

 

3より各カソード電流、即ちカソード温度において空間電荷制限状態および温度制限状態である陽極電圧の範囲は、表 3のとおりである。


     表 3:各カソード電流における二状態それぞれの状態である陽極電圧の範囲

 

 

カソード電流(カソードの温度)

空間電荷制限状態

温度制限状態

 

 

 

 

 

 

 

 

 

3.8A(1758K)

3.9A(1775K)

4.0A(1801K)

4.1A(1832K)

4.2A(1862K)

    以上   以下 (V)

   0.0~ 14.0

   0.0~ 20.0

   0.0~ 40.0

   0.0~ 85.0

   0.0~110

    以上  (V)

   15.0~

   25.0~

   45.0~

   90.0~

  115  ~

 

 

 

 

 

 

 

 

  空間電荷制限状態において図 4の各カソード電流のグラフは直線となっている。その傾き(ΔlogJ/ΔlogV)を最小二乗法でもとめると、表 4のようになる。

 

4:各カソード電流におけるΔlogJ/ΔlogV

 

 

カソード電流(カソードの温度)

ΔlogJ/ΔlogV

 

 

 

 

 

 

 

 

         3.8A(1758K)

         3.9A(1775K)

         4.0A(1801K)

         4.1A(1832K)

         4.2A(1862K)

          1.0

          1.3

          1.3

          1.3

          1.4

 

 

 

 

 

 

 

  これらの値により式[ 2]から得られる  logJ=(3/2)logV+const.  による理論値

ΔlogJ/ΔlogV=1.5が確かめられた。

  温度制限状態において式@より、

        log(j/)=log-0.434(φ/kT)     (j:飽和電流密度) ……[ 3]

が成立する。


  ここで、カソードの直径が0.20mm、有効長2.0cmより、その表面積は1.3×10−5mである。各カソード電流、即ちカソードの温度T における温度制限状態内の陽極電圧と陽極電流の対応から最小二乗法によって得られた飽和電流J,及び飽和電流密度j,j/T,1/T を求め、表にしたのが表 5であり、j/Tを縦軸,1/T を横軸に片対数グラフにしたのが、図 5(略)である。

 

5:カソードの各温度における飽和電流J,飽和電流密度j,j/T,1/T

 

カソード電流

(カソードの温度)

飽和電流J

j(A/m)

j/T

(Am−2K−2)

1/T  (K−1)

 

 3.8A(1758K)

 3.9A(1775K)

 4.0A(1801K)

 4.1A(1832K)

 4.2A(1862K)

    2.77mA

    6.24

   15.4

   28.3

   52.4

2.1×10−8

4.8×10−8

1.2×10−7

2.2×10−7

4.0×10−7

 6.9×10−15

 1.5×10−14

 3.7×10−14

 6.5×10−14

 1.2×10−13

5.688×10−4

5.634×10−4

5.552×10−4

5.459×10−4

5.371×10−4

 

  また図 5には、プロットした点が[ 3]式に従い直線にのるとして、直線が引いてある。直

線の式は最小二乗法によって求められ、その式はy=a+bx〔x=1/T,y=log(j/T)〕とすると、

                      a=7.2±2.1  ,  b=(-3.7±0.4)×10 ……(*)

である。

  [ 3]式より、a=log,b=-0.434×φ/k(但しφの単位はJ)である。よって、実験値より及びφを計算すると(但しφeV単位)次のようになり、これが結論である。

            タングステンの仕事関数φ=7.4±0.8(eV)

            定数=1.8×10 (Am−2K−2)

 〔aの最確値による計算結果〕

                   2.3×10 (Am−2K−2)

  [aの誤差を最大限に上方に考えた計算結果]

1.3×10 (Am−2K−2)

 [aの誤差を最大限に下方に考えた計算結果]

 

 7)検討と考察

 

  実験過程及び測定操作において不適切であった点は考えつかない。

  有効数字は少なくともカソードの表面積の有効数字が2桁であることに起因し、2桁である。

  φの真値は4.6eVであり、の真値は1.2×10 Am−2K−2である。よって実験で得られた値の相対誤差を考えると表 6のようになる。

                                表 6:相対誤差      (単位:%)

 

 

 

 

最確値に

おいて

   最大  最小

 

 

 

 

 

φ

        63

   1.3×10

     80    47

1.9×10    0

 

 

 

 

  表 6から分かるように、実験の結果は散々たるものであった。但し、の相対誤差が大きいことについては、その必然性を後述する。

  誤差の要因について考える。全般にかかわるものとしては、まずカソード温度の測定にある。報告人高木と共同実験者高元は表 1の注に述べたとおり、各自1回ずつ測定した(但し、最初の2回の測定により著しい数値の開きがでた4.2A,4.4Aについては加えて***がさらに1回測定)。4.2A,4.4A以外のカソード電流でもかなりの測定値の開きがあったが、実験値の解析に主に使われた3.8A,4.0A,4.2Aにおいて、3.8A,4.0Aでは両測定値の差は少なく、4.2Aについては3回測定しているため誤差への影響は微小である。

  また、空間電荷制限状態、温度制限状態の区分けがある。これは、

カソード電流4.1A,4.2Aにおいて区分けの決定に迷いがあることである。図 3から分かるように特に4.1Aにおいてはあと陽極電圧が15V低い点から温度制限状態であるとも考えられるからである。また、飽和電流Jの決定に最小二乗法を用いているが、誤差は割愛し、最確値のみ記している。

  φ及びの計算に関するものとしては、図 5に5点しかプロットできなかったことがある。標本が少ないから当然誤差も大きくなる。

  さて、Aの相対誤差が大きいことについてであるが、これは我々の実験の仕方や測定値の読み取り方が悪いことももちろんあるが、その若干の誤差を増幅する仕組みが[ 1]式より導きだされた[ 3]式に従った測定値の計算処理過程にあるという必然的な面もある。まず、図 5の横軸の値が集中し、しかもその集中している範囲がx=0(K−1)から離れている。(*)のaは片対数グラフ上の直線のy切片であり、前述の要因により発生した誤差が、直線をx=0まで引っ張ったことで増幅した。

  そのうえ、Aの計算方法は  A=10  である。誤差は指数計算を経て、大幅に膨れ上がる。さらに相対誤差の計算法は 誤差/真値 であるから、莫大な相対誤差となった。

 

 

<以 上>

Copyright(C) 2000 TAKAGI-1    All rights reserved.