未来では、人-技術 間のインターフェイスと、人は密接する


Sony Japan | Stories | サイバースペースを創造した作家とそれを現実にする男 ソニーコンピュータサイエンス研究所

SF小説『ニューロマンサー』の著者ウィリアム・ギブスン氏と、ソニーコンピュータサイエンス研究所の暦本純一氏の対談。

3:57~

[ギブスン氏:]
未来の暮らしの本質は
「技術」そのものとのつながりよりも
人と技術の「インターフェイスの仕組み」との関係のほうが
より深くなるような気がします

人々は高度に進化したAIを考えがちだけれど
私はそれよりも 高度に進化したAIと
人間のハイブリッドが まず登場するんじゃないかと思う

そのようなハイブリッドが登場したら
純粋な意味でのAIの必要性がどのくらいあるというのか
オーグメンテーション[:人間の感覚の拡張] によって
私たちはただ そのことを現実として受け入れるんでしょうね

4:57~

[暦本氏:]
ヒューマンオーグメンテーションを幸福という観点から語れば
もしピアノを弾きたかったら
テクノロジーでピアノの弾き方をサポートできますから
それは単なる便利なテクノロジーということではなく
人にさらにやる気を起こさせるということです

[ギブスン氏:]
それは とても良い見方ですね

好奇心を生むためにいちばん大事なのは「ワンダー」

吉田 尚記, 石川 善樹 : どうすれば幸せになれるか科学的に考えてみた (KADOKAWA, 2017〈底本はKADOKAWA (2017)〉) 位置No. 774/2147.

好奇心を生むためにいちばん大事なのは、「ホワイ」(Why)ではなく、「ワンダー」(Wonder)なんです。普通のことを、いかに「不思議だ」「ワンダーだ」と思えるか。

多様である前に、無知・短慮・漫慮ではいけない

「空気」を排した首脳部の図から見いだせる国民の役割

集合知が成立するためには、国民の意見が多様でなければいけない。そして、それ以前の前提として、国民は、無知・短慮・漫慮ではいけない。

スコット・ペイジ=著, 水谷 淳=訳: 「多様な意見」はなぜ正しいのか 衆愚が集合知に変わるとき (日経BP社, 2009) p.211.

 これら四条件――(1)問題が難しくなければならない。(2)人々が賢くなければならない。(3)人々が多様でなければならない。(4)大きな母集団からある程度の大きさのグループを選ばなければならない――は、多様性が能力に勝るための十分条件である。この結果が成り立つために必要な条件というだけでなく、これらが満たされれば多様性は能力に勝るのである。

 多様性が能力に勝る定理: 条件1から4が満たされれば、ランダムに選ばれたソルバーの集団は個人で最高のソルバーからなる集団より良い出来を示す。

この定理は単なる比喩でもないし、…。論理的な真理なのだ。 [太字は、ブログ記事著者による]

スコット・ペイジ=著, 水谷 淳=訳: 「多様な意見」はなぜ正しいのか 衆愚が集合知に変わるとき (日経BP社, 2009) p.425.

 民主制が機能するには、人々が適度に正確で多様なモデルを持たなければならない。 [太字は、ブログ記事著者による]

大阪の発展は、多様性を社会の確かな関心にする

日本の多様性を感じさせる大きな源のひとつに、大阪の存在があります。

大阪の発展は、多様性のさらなる実感につながり、多様性が社会の確かな関心(:限られた日々の時間の中で、少ない時間であっても、いくらかの思考時間をあてるテーマ)になります。

活動する支持者個人個人は、多様性を具現する

『「オバマ」のつくり方』を読んで――活動する強化された個人

強化され活動する支持者は、様々な活動を通して、(潜在的な)票や献金を集めた。活動する支持者個人個人は、オバマ個人では表現できない、人種・境遇・地域の多様性をそれぞれに具現し、有権者にオバマへの投票を納得させる力が強かったことだろう。

知的ネット社会は多様性を強みにもち、リアル社会に多様な思想を提供する

知的ネット空間「アテネの学堂」 5つのリスト 2010年 8月

知的ネット社会を形成するための三思想
 
(1) ネットの使い道のひとつは、問題を解決することである。
(2) 言論・表現の自由を尊重する。
(3) 知的ネット社会は多様性を強みにもち、リアル社会に多様な思想を提供する。

強みと役割 : 知的ネット社会は多様性に強みをもち、リアル社会に多様な思想を提供する  

ネットの強みに、その分散構造と表現技法に対する制限の少なさから生ずる「多様性」があります。

しかし、強みを役割につなげなければ、その強みは評価されません。「やれること」(強み)かつ「やらなければならないこと」(役割)が「仕事」であり、「仕事」の結果によって評価されるのです。

ネットを使ってすべてのことができるわけではないので、役割を果たすためにはリアルな事物との結合点(交通の結び目)が重要です。結合点を通じて、「アテネの学堂」の成果をリアル社会の問題解決体系に提供し、リアル社会において役立たせるのです。

まとめると、

「アテネの学堂」の産物は多様な思想であり、結合点を通じてそれをリアル社会に提供する。

さらに、

この貿易を通じて、「アテネの学堂」は役割を果たすものとして評価され、存在価値を高め、主体性を高める

のだ、と私は考えます。

なお、引用下部の「結合点」について、現在の考え方を 以下に書きます:

知に関する社会の仕組みにおいて、
(D)「ONの市民」 (及び、その中の「知的ネット社会」)が、一つの固まりとしてだけ存在するのではなく、全ての隙間に入りこみ、全てをつなぐように存在する
ことによって、「結合」される、と 考えています。

世界は持ち寄るものであって分けるものではない

リケ女とダイバシティー、世界は持ち寄るものであって分けるものではない

ダイバシティーにおいて実際には、「人種・国籍・性・年齢は問われる」のだ。ただ、それが不利に扱われることはなく(多様性の受容)、また有利に解される(多様性の重要視 *)。

さて、『科学者に「女子」の冠つけないで 讃えるようになれよ この国』。

これは、条件を付けて褒めるな、ということである。

世界は持ち寄るものであって、分けるものではない。

日本のインターネットをポジティブにする2つの言葉

2018年2月末、2つの記事が相次いで公開されました。どちらも、日本のインターネットでは「炎上」「アンチ」現象が起こりやすい、と書いています:

負の気持ちでしかつながれない日本はインターネットの使い方を間違えている|「自分を仕事にする生き方」がこれからのスタンダードになる 宇野常寛×はあちゅう|cakes 2018/ 2/26

宇野 …日本のインターネットが、「叩いていい」というサインが出た人間に石を投げるというだけの暇つぶし文化になっちゃったのはやっぱり問題じゃないですかね。人間の負の部分を増幅して、卑しい人間が気晴らしできるものになりすぎてしまった。…

はあちゅう いっぽうで、応援してくれている人は意外と表に出てこない。応援している人は、まさかアンチがそんなにいると思ってないから、積極的に応援の気持ちを表明してくれない。

SNSは、誰かを袋叩きにするための場所?それとも、社会を変えていくための武器? | milieu 2018/ 2/27

ただ、「ネット発で有名になること」と「炎上」は、もう密接に絡みすぎているし、多くの人がネットにストレスをぶつける習慣を持っているから、何か失態があれば、すぐサンドバックのように叩かれてしまう。あと、そうして誰かが袋叩きにされる様子を見て、なかなか率直な声をあげられない人も沢山いる。

ちなみに、後者の記事は、「ポジティブで明るいインターネット」として海外の事例の紹介に続いていきます。
 
 
さて、日本のインターネットをポジティブにする。  そのために、日本のインターネットでは「炎上」「アンチ」現象が起こりやすいことを、ネットユーザみんなで共有すればいいのでは(傾向が分かれば、対策を打てる) と、まず考えましたが、私の思考の行きついた先は、次の2つの言葉でした:

 (1) 下手なら行儀よくやれ

 (2) 創造力は無限ではない、貴重である

(1)(2)は両方とも、ネットだけでなくリアルにも適用できる言葉です。社会の確かな関心(:限られた日々の時間の中で、少ない時間であっても、いくらかの思考時間をあてるテーマ)にするには、世界の半分を占めるリアルにも適用できる言葉である方が効果的です。また、リアルとネットの分断を避け、結合に導くことができます。

(1) 下手なら行儀よくやれ は、「炎上」「アンチ」な ふるまいを自制し、「ポジティブで明るい」ふるまいにつながります。

(2) 創造力は無限ではない、貴重である は、なんらかの行動をした人に対して、「炎上」「アンチ」な感情ではなく、「ポジティブで明るい」感情をもつことにつながります。

補足:
9年前の梅田 望夫 さんによる、日本のWeb残念論を思い出します。“IT戦士”岡田 有花さんによるインタビューです:

日本のWebは「残念」 梅田望夫さんに聞く(前編) (3/3) – ITmedia NEWS 2009/ 6/ 1

 ウェブ進化論の中では「総表現社会」という言葉を使っている。高校の50人クラスに2人や3人、ものすごく優れた人がいるよね。そういう人がWebを通じて表に出てくれば、知がいろんなところで共有できるよね、というところまでは書いている。

 そういう、「総表現社会参加者層」みたいなのが、人口比で言えば500万人とか出てくると。少なくとも英語圏ではそういう層が分厚くて、そこがある種のリーダーシップを取っているわけだよね。

 今の日本のネット空間では、そういう人が出てくるインセンティブがあまりないわけさ、多くの場合。…

…“上の人”が隠れて表に出てこない、という日本の現実に対して残念だという思いはあります。そういうところは英語圏との違いがものすごく大きく、僕の目にはそこがクローズアップされて見えてしまうんです。

梅田 望夫 さんの主張は、“上の人”に焦点を当てたものでしたが、今回の2つの記事では、普通の人に焦点が当てられています。ただし、それらの根っこは同じでしょう。

受動的な学びで、「学ぶ楽しさ」を定期的に摂取する

先日、数年ぶりの研修を受けて、以下を感じました:

 受動的な学びで、「学ぶ楽しさ」を定期的に摂取する必要がある。

能動的な学びでも「学ぶ楽しさ」は得られますが、能動的な学びだけでは、人は消耗してしまうのです。

能動的な学びを継続的に行っていくためには、受動的な学びを定期的に実施していく必要があると感じました。

A Better Life, A Better World

先日、電車の車内に、パナソニックのリフォームの広告がありました。そこに「A Better Life, A Better World」という言葉がありました。

いい言葉だな、と思いました。

調べると、2013年から使われているパナソニックのブランドスローガンなのだそうです。

パナソニック社は、

新ブランドスローガンとして「A Better Life, A Better World」を制定 | プレスリリース | Panasonic Newsroom Japan

…様々なパートナーとお客様一人ひとりにとっての“より良いくらし”を追求し、拡げていくと共に、地球環境への貢献をはじめ、グローバルに“より良い世界”の実現に貢献していく、というメッセージ

と解説していますが、パナソニック社の意向に関わらず 私なりに読み解くと、「Better Life がいくつもあって、それぞれにつながっている Better World がある」ということです。

図示すると、下記になります:

Better Life (A) — Better World (A)
Better Life (B) — Better World (B)
Better Life (C) — Better World (C)
        ・
        ・
        ・

さて、これを実現するために必要なのが、それぞれの Better World の整合です。図示すると、下記になります:

Better Life (A) — Better World (A) ┓
Better Life (B) — Better World (B) ╋ The Better World
Better Life (C) — Better World (C) ┫
        ・
        ・
        ・

整合を実現する手段が、昔は、「The Better World」の分割でした。

昔は、社会参加とは、社会を構成する一つの組織(一つの層あたり。例えば、a社で働き、b地域に住む)に どっぷり所属すること (例えば、顔を晒して、フルタイムで) であったからです。

しかし、現在・近未来では、それぞれの Better World を、共有部分と非共有部分に分けて、共有部分を持ち寄って整合させ「The Better World」を作ることができます。

現在・近未来では、情報通信技術の発達により、一つの組織(一つの層あたり)に どっぷり所属することは、社会参加に必須ではありません。例えば、顔を晒さなくても、パートタイムでも参加できます。同じ層にある複数の組織に参画する(a1社でもa2社でも働き、b1地域に住みつつ、b2地域にも関わる)ことも可能です。

また、情報処理技術の発達により、それぞれの Better World の非共有部分の間の軋轢(あつれき)は、システムを間に挟み、緩衝材にすることで解決されます。