今いるこの世界をいかにユニークな視点で見るか


Sony Japan | Stories | サイバースペースを創造した作家とそれを現実にする男 ソニーコンピュータサイエンス研究所

SF小説『ニューロマンサー』の著者ウィリアム・ギブスン氏と、ソニーコンピュータサイエンス研究所の暦本純一氏の対談。

5:38~

[暦本氏:]
エンジニアや研究者にとってインスピレーションのもとになるのは
ゲームチェンジすることだと思います
ですからSF的発想はとても重要なのです

[ギブソン氏:]
それはいいですね

6:28~

[ギブソン氏:]
私はSFというのは 未来を予測するというよりは
私たちが今いるこの世界をいかにユニークな視点で見るか
というのが重要だと思うのです

「BEATLESS」第14話から思考した、未来の作られ方

2018年 5月 4日の24時以降(日付は 5月 5日)、連休中の深夜遅くの風呂上がりに、ふとテレビをつけると「BEATLESS」第14話が放送されていたので、視聴しました。内容(1) (2)から想起された思考です:

社会は、社会が思い込んだ未来(つまり、社会の多くの構成者が確信した未来)に向かって急進します

社会が思い込んだ未来は、社会の思考によって描かれます。

社会の思考は、現在、境界条件、支配方程式を連立させた予測計算です ※。

支配方程式の形態を挙げます。

 ・テーゼ

 ・過去の事件のストーリー、即ち、因果関係・相関関係

これらについて、社会の多くの構成者が共有している場合、それが未来に及ぼす影響は大きいです。

※ 社会の思考のサブ計算(構成者による、社会との通信速度に同期しない演算)が、関心です。関心とは、分析および総合であり、繰り返し計算です。つまり、解の探求です。

Twitterは、自由・政治力に関連する

2018年 5月 4日に NHK総合 にて放送(22:45~23:35)された「アーススキャナー~“空白地帯”の謎に迫る~」(BSプレミアムでの過去の放送を編集したもののようです)では、シーランド公国が紹介されていました。

その中で、同「国」の成立には、“海賊ラジオ”が関係していると解説されました。「国旗」の右下の黒色は、“海賊ラジオ”を表わしているそうです。

もともと同「国」は、イギリス(連合王国)の領海外から、非合法のラジオ放送をする拠点でした。なお、合法的なラジオ放送は、公共放送BBCしかなかったのです。

同「国」の建国者 パディ・ロイ・ベーツは、ラジオ放送を自由の象徴と考えていました。

確かに、ラジオ放送などのフロー情報は、政治力に直結します:

ラジオ放送は、ロイ・ベーツによる“海賊ラジオ”が問題になった1960年代に比べて、現在は影響力が低下しています。しかし、2017年12月31日に岡田斗司夫氏は、以下のように、Twitter がラジオに相当すると述べています:

岡田斗司夫ゼミ2017年12月31日号「Youtuberは? アイドルは? 2028未来予想~10年後の話をして鬼と一緒に大爆笑! 大晦日SP」
11:07~

ネットのメディアというのは、3つの段階を経て、進化してると思います。

1つ目は、ブログです。ブログがやってきたのは、流行の発信みたいなもんで、これは、オールドメディアで例えてみればですね、なんか、新聞みたいなもんなんですね。

ブログというのは新聞と同じような文字メディアであり、読んで、どれが信頼するということで、そこをずっとフォローして読んでいくようになっていくというかたちです。なので、読み込んで分かるというのがブログ。

では、2つ目のメディア、Twitterですね。…

実は、本質的に、流れを把握するもの。ひとつひとつのTweetには、あまり意味がないんですね。Tweetが、いっぱいいっぱい出てくることによって、いま世間はどういうふうに思っているのかという、流れを知るものがTwitterである。

…ラジオに似ているんですね。ラジオの番組のひとつひとつではなくて。

ラジオというのは、流行をつくるもの。テレビというのはさ、仕掛けて作らなきゃいけないんだけれど、ラジオというのは、その日、その週あったことをすぐに伝えられる、割と軽いメディアだったんですね。

だからラジオの流れ全体で、世の中が流れていた時代があった、これはだいたい1970年代ぐらいの時代なんですけれど、深夜放送が時代を牽引していた時代ですね。

なので、僕ら、今、Twitterを見る時に、Twitterで どれだけ騒いでいるのかという、実はブログみたいに個別のブログを見るのではなく、個別のTweetを見ないですね。大きい流れとして見る。流れの把握が、Twitterの本質である。

ブログは流行の発信であって、Twitterの流れの把握であるとしたら、…
Youtube というのは、本質的にテレビなんです。


新聞が一般大衆に解放されたのが、ブログであり、ラジオが一般大衆に解放されたのが、Twitterだというふうに。

これはアナロジーで考えると、テレビが一般大衆に解放されたものが、Youtubeである、と僕は考えます。

Twitter(及び、それに類するメディア)は、自由・政治力に関連するのです。

ヒトが目指す高みは、可能性が増えた世界

ヒトが目指す高みは、可能性が増えた世界です。高みを山の頂上に例えることがよくありますが、山の頂上のような狭い場所ではなく、空のような広い場所です。

これは、他の生物(特に、動物)と同じです。有性生殖は新たな可能性を生みます。運動は、静的な世界では不可能な現象を可能にします。

ヒトが他の生物と違い、持っている知識の累積性は、より高く広い空に確固とした場所を作る柱になります。

ヒトは空に登るたびに、ヒトにより固められた地面は、神由来(人知外由来)からヒト由来になります。