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はじめに

 

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 本ページは前代阪急研究ページ『Maroon21』の後継として、構築されたものである。

 本書を新たに構築した目的は、「著作権法のクリア」である。『Maroon21』は筆者がさまざまな文献から阪急関係の記述を抜き出したものの集合体(もちろん、編集してある)であった。個人で使用しているうちは何ら問題なかったが、Webで公開となると、著作権の問題がからみ、またその抜き出した文献の著者の一人がそのみちでは有名な方であるので、同業(?)サイトが集まる場で大っぴらにできないという、八方塞がりの状況に追い込まれてしまった。これではどうにもならないので、今回著作権法上問題があると思われる部分を削除、再編集したものである。

2000.10.21
管理人 高木 一

 

『Maroon21』序

 

私は産まれも育ちもそして現住所も小林一三氏のお膝元である池田市である。池田市をとおる鉄道は阪急電鉄しかない。大阪高速鉄道大阪モノレール線がかすめてるかもしれないが、少なくとも私が子供のときには阪急しかなかった。だいたい男の子と云うものは二三才になると鉄道”でんちゃ”に興味を抱くものである。筆者も例外ではなかった。それでいて前述のとおりだから、これで阪急に興味を持たないほうがおかしい。ということで、父によく阪急電車の絵を書いてもらったものだった。当時は池田駅の高架工事中であり、まだ踏み切りもあって子供の目からもよく電車が見えたはずだ(記憶に無い)

そうして時は移ろい小学6年になった。鉄道、特に阪急に関する興味は低いながらも持ちつづけてきた。猪名川の河川敷グランドから池田駅宝塚方の折り返し線に停まる車両をなぜ停まっているのか疑問を抱きながらながめていたものだ。中学受験をするにあたって、私立高槻中学校の文化祭を見に行った。そこで同校の鉄道研究班の雑誌『STATION』をもらった。学生の作る「雑誌」の面白さに強い影響を受け以後いろいろ文章を書くきっかけになったが、またこの雑誌は私の鉄道への興味を駆り立てた。そして、大阪市天王寺区の私立中学校(前述の高槻中ではない)に入学した。毎日宝塚本線を利用した。天王寺区の学校だけあって、阪和線、南海線、近鉄線の沿線民が多かった。阪急沿線民は少数派であった。「自己」の「自衛」はそのうち阪急沿線民であることの誇りにかわり、他社線沿線民といいあらそったものである。

そして、同年の夏休み処女作『阪急電鉄について』を書いた。しかし、多くの点で誤解していることに気づいたので、間違っているところ、あやふやなところを削除して『阪急電鉄について ワープロブック版』を作った。その後長期の休みには”企画モノ”と称して長文の作成を行い、その中にはもちろん阪急関係の文章の作成、改訂もあった。そして、『新 阪急電鉄について』、『MAROON+』へと題名が変わりながらデータの追加、改訂をつづけてきた。多くの引用参考文献があるのはこのためで、それらを切り貼りし、また自分で加筆修正していった。

そして、2000年、大学入学を機に、パソコンを導入し、ホームページを作ることを決した。『MAROON+』の最新版をワープロからパソコンに移植し、加筆、修正、校正、編集し、題名も新たに『MAROON21』とし、今ここに公表する。

平成十二(2000)年五月十日

 

『MAROON+』の序

 

題の意味:MAROONはもちろん阪急電鉄車両の創業以来の色マルーン色の事で、+はさらなる発展を表している

筆者記す

 

『MAROON+』「はじめに」(1997/ 4/23)

 

今回この本を作った目的は「草思社『阪急電鉄青春物語』橋本雅夫」と「『新阪急電鉄について』高木一」の融合である。大量の情報を『阪急電鉄青春物語』から引用した。

さて、タイトルの『MAROON+』。もちろんMAROONは伝統の阪急車両の色「マルーン」であるが、+は発展を表している。

なお、この本は次世代阪急文章のベースとなるものである。じっくりとお楽しみいただきたい。

 

『新阪急電鉄について(改訂版)』「1;はじめに」

 

 ついに念願の「阪急電鉄について」を発行した後、わたしは大きな問題にぶち当たった。その問題とは、事実に基づいたDATAが少なく、ちっとも意味がないことであった。そして非常におもしろくなかった。その後DATAを集めてきたわたしはついにそのDATAを吐き出すときになった。それでは、傑作作品「新阪急電鉄について」をお楽しみください。

 

『阪急電鉄について(S-2~10)(ワープロブック版)』「前書き」(H 71995/ 8/31)

 

ついに阪急についてかくことがきた。Why???Because北村君に東京駅のパンフレットをもらってしまったからである。だからそれについて書かなければいけなかったのである(とてもうれしかったけれど・・・)。では始まり始まり・・・・

 

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