スコット・ペイジ「「多様な意見」はなぜ正しいのか 衆愚が集合知に変わるとき」

     

評価・状態: 得られるものがあった本★★☆



購入: 2009/ 5/25
読了: 2009/ 9/21

日経新聞 2009/ 4/26 朝刊 21面 (日曜日の読書欄) において紹介。

注意点: 「フジキセキ」さんのアマゾンレビューより

>本書の欠点は集合知を正確だと指し示すために表やグラフを持ち出してその正当性を示唆していますが、かなり恣意性のある内容や強引にこじつけのある事例もあり、とても感心できるものではないものも多々あります。



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国民の防衛政策への関与――集団的自衛権の議論から

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国民の防衛政策への関与

2014年 7月 1日、「国の存立を全うし、国民を守るための切れ目のない安全保障法制の整備について」(抜粋)が、閣議決定された。集団的自衛権の行使を容認する閣議決定である。

集団的自衛権に関する 2014年 7月 5日頃までの動き・議論を、管見するに、

 (1) 一部国民が、防衛に関する政府の選択肢の増加において生じる政府の失敗を予想して批判するも、その背景にある国民の失敗を無視していること [補足1]

 (2) 政府が、国民が議論の中心になるのを避けている

ことが、感じられる。

(1)に関しては、

 防衛に関する政府の選択肢の増加に対して、国民はどう対応すべきなのか、

という課題が想起される。防衛に関する政府の選択肢は、多すぎても 失敗が拡大するし、少なすぎても 無行動あるいは追い詰められての短慮な行動が大きな失敗を生む [補足2]。

(2)は、政府が憲法改正という手段をとらなかったことから感じられる。これを考えるときに、

 現在の日本国民は、実用的な速度で、防衛に関する基本方針に関して判断ができるのか、

という疑問が想起される。この疑問から生まれる、あるべき状況は、

 国民が、意義のある速度で、防衛に関して判断ができる状況

であり、このような状況を確固として実現するために考えるべき項目は、

 ・国民の素養・能力
 ・判断を支援する仕組み
 ・防衛に関する判断対象となる問題の切り分け方

である。

スコット・ペイジ=著, 水谷 淳=訳: 「多様な意見」はなぜ正しいのか 衆愚が集合知に変わるとき (日経BP社, 2009) p.425.

 民主制が機能するには、人々が適度に正確で多様なモデルを持たなければならない。[太字は、ブログ記事著者による]

国際状況の複雑化と、政府が集団的自衛権行使容認を正式表明したことを考慮するに、(現在を含む)今後、政府が防衛政策を正しく実施していくためのひとつの鍵は、国民である。すなわち、これまで以上に国民の防衛政策に対する何らかの関与が必要になってきていると考える。

これは、我が国が民主主義国家であることに加え、複雑化した国際状況のなかで、政府の能力だけに頼った防衛政策の判断に限界を危惧するからである。

以前に比べて、国民の国際的感覚は増している。
しかし、軍事・安全保障に関する知識は、昨今、改善が見られるものの、大いに不十分であろう。
また、我が国の国民性として、集団的な問題解決に、無関心を多用するという性質がある。
さらに、軍事に対する無思考な忌諱が教育・実践された歴史をもつ。
加えて、(我が国に限らない)普遍的な国民心理というものに関して理解する必要がある。米西戦争(1898年)では、報道により国民が戦争を支持し、それに抗しきれず政府が開戦に踏み切った。

このような中、国民に安全と安定をもたらす、国の継続的存立を実現するために、国民が防衛政策に関与する環境(国民の素養・能力の向上。国民を支援する仕組み。問題の切り分け方を含む、政府に対する適度な手段。など)を考える必要がある。

初出:
2014/ 7/ 5 14:11


補足1:

防衛に関する選択肢の増加が、政府が過度に防衛力を出動させることにつながり、それが平和を乱す(、すなわち、平和を乱し、長期的な国益を損ねる)、という人がいる。

私の考えの根本は、政府の失敗は、国民の失敗に起因する、というものである。すなわち、以下の図式である:

  国民の失敗→政府の失敗→政府の責任→国民の責任

政府は、国民が選び受入れた仕組みで、国民が選んだのである。やむを得ない程度を超えて失敗する政府を、やむを得ない程度を超えて選ばないように、国民はしなければならない。

補足2:

(国民の失敗に起因する、)政府の失敗を危惧して、防衛に関する選択肢を制限することは、知恵である。

単一の知恵が、すべての問題を解決することはない。その知恵ゆえの不便・危険を受入れるのは国民である。

すなわち、「我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある場合において、これを排除」することができないこと、「我が国の存立を全うし、国民を守るために他に適当な手段がないときに、必要最小限度の実力を行使する」ことができないこと、による不便・危険を受入れるのは国民である。

他国を頼りにするならば、他国に見返りを与えなければならない。他国国内の政治体制・世論に賛成していただくために必要な見返りは、極めて大きなものになろう。その見返りを用意するのは国民である。

他国を頼りにしない、あるいは他国の協力を取り付けられなかった場合、防衛に関する選択肢の消失は、「座して、国民が蹂躙され、またはその死を待つ」ことにつながりやすい(人は、時に、真に残虐である)。

この状態に瀕した時、国民、あるいは国民の意志を意識した政府が、短慮で過剰な行動を(とる|とらざるをえなくなる)ことが考えられる。その結果として生じる長期的な国益の損失を、国民は補填しなければならない。

国民の防衛政策への関与


 

「空気」を排した首脳部の図から見いだせる国民の役割

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国民の防衛政策への関与

「空気」を排した首脳部として、以下の図を挙げた:

[首脳部の他の構成員]
  ↑
共感しない
  ↓
[首脳部構成員]━━━━━━━━━━━━━━━━━━共感━━[他国首脳部・他国国民]
確率・統計への正確な認識  論理的な明晰さ  知識
┃   ┃
┃   ┃ *1 政治的に国民の代表である首脳部構成員は、国民と共感すべきである。
共感 共感
┃   ┃ *2 特定の国民との共感に支配されず、また共感していない大部分の国民の意思を
┃   ┃ 考慮するため、確率・統計への正確な認識が重要である。
┃   ┃
[国民] [国民] [国民] [国民] [国民]


この図から、国民に、以下の役割を見いだせる:

(1) 首脳部構成員の用に立つ集合知を生産すること。

集合知が成立するためには、国民の意見が多様でなければいけない。そして、それ以前の前提として、国民は、無知・短慮・漫慮ではいけない。

スコット・ペイジ=著, 水谷 淳=訳: 「多様な意見」はなぜ正しいのか 衆愚が集合知に変わるとき (日経BP社, 2009) p.211.

 これら四条件――(1)問題が難しくなければならない。(2)人々が賢くなければならない。(3)人々が多様でなければならない。(4)大きな母集団からある程度の大きさのグループを選ばなければならない――は、多様性が能力に勝るための十分条件である。この結果が成り立つために必要な条件というだけでなく、これらが満たされれば多様性は能力に勝るのである。

 多様性が能力に勝る定理: 条件1から4が満たされれば、ランダムに選ばれたソルバーの集団は個人で最高のソルバーからなる集団より良い出来を示す。

この定理は単なる比喩でもないし、...。論理的な真理なのだ。 [太字は、ブログ記事著者による]
スコット・ペイジ=著, 水谷 淳=訳: 「多様な意見」はなぜ正しいのか 衆愚が集合知に変わるとき (日経BP社, 2009) p.425.
 民主制が機能するには、人々が適度に正確で多様なモデルを持たなければならない。 [太字は、ブログ記事著者による]

(2) 首脳部構成員の論理的・知識的水準が高く担保されるよう、国民自身も確率・統計への正確な認識、論理的な明晰さ、知識の水準を高くもつこと。

首脳部構成員は、首脳部の他の構成員との間で切磋琢磨することはもちろんのこと、国民の間で切磋琢磨されて、その論理的・知識的水準が高く担保される。

そのためには、国民は、確率・統計への正確な認識、論理的な明晰さ、知識の水準を高くもたねばならない。国民のこれらの水準が高ければ高いほど、首脳部構成員の水準も高くなる。

(3) 累積性を実現すること。

上図では、国民どうしが分散しているが、知識を国民全体として累積させ、各々の国民が利用できるようにしなければならない。

国民の防衛政策への関与


 

多様である前に、無知・短慮・漫慮ではいけない

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