B2爆撃機の音

「心神」飛翔への道 国産戦闘機とFX選定 (4) 異色の技術屋 開発最前線に コードネーム決定. 日本経済新聞, 2008/12/ 4, 夕刊, 3面.

「あの方角からステルス爆撃機 B2 が飛んできます」。米国防総省担当者の説明を受け、目を凝らして見ているとカラスの群れの中からいきなり一つだけが大きな黒い塊、すなわち B2 となって現れた。その、耳にしたのはジェット戦闘機に付き物の爆音とは無縁の「ヒュルン、ヒュルン」という乾いた高音だけだった。

押さえておきたい文章「100年前の技術から現代への教訓を学ぶ」

新技術の普及について。

100年前の技術から現代への教訓を学ぶ(15.365 Disruptive Technology) – My Life After MIT Sloan

1) 技術力だけでは勝てない。業界や消費者の動き方を変えないのは新技術普及の鍵

このように、消費者やサプライヤーなど、バリューチェーンの自分以外のプレーヤーの動き方を変えない工夫を凝らす、というのは技術を普及させる上で重要なポイントだ。

新技術によって、バリューチェーンの他のプレーヤーの負荷が出来るだけ少ないことは、技術普及に非常に大切な要素なのだ。

2)既存技術は新技術が出てきたとき、大幅に性能アップする

新規プレーヤーは常に、この旧技術のあがきを覚悟しておく必要がある、と言う話。

3) 技術以外の要素が大切。最終的には技術でなく、システム・アーキテクチャ管理力で勝つ。

人々はそういう技術力より、「GEにお願いすれば全て整う」という理由でGEを選んだのだ。要素技術ではなく、アーキテクチャを支配し、システム全体を提供する力が重要、というのは現代のどの技術にも言える。

生産速度×品質×安全性×ロバスト性×信頼性保証

Business Media 誠:「私も、被ばくした」――蓮池透が語る、原発労働の実態(前編) (1/4)

街中で電柱の作業をしている人を見かけることがあるが、そこでも東電の人間が直接手をくだすことはない。電柱工事についても「管理員」という立場で、作業がちゃんとできているのかをチェックしているだけだ。

うん、そうだね。そして、それで正しい (少なくとも、1次近似としては)。

仕事の評価指標を、

  生産速度×品質×安全性×ロバスト性×信頼性保証

だと考えると、それを理解しやすい。

・生産速度。それ故、共に仕事をする作業者の邪魔にならない振る舞いを身につけていなければ、作業をしてはならない。

・品質。技術は高い技能を不要にするが、それでも、作業初心者の技能では不足である。

・安全性。安全性は倫理的な見方以外にも、仕事の再現性・進捗の確実性などに関わる。作業に関する経験や技能に乏しい者が作業をすると危険である。

・ロバスト性(堅牢性)。想定外の事態が生じても仕事を完遂できること。それ故、仕事をする者がもつ性質は、均一であるよりもよりも多様であるほうが良い。作業者とは違う働き方・考え方・役割・知識をもつ人が要る。

・信頼性保証。フタを閉めてしまった後の信頼性を、年月をかけた実証以外の方法で保障すること。管理という仕事が重要であり、管理を高品質に行うために、管理者は他の仕事(作業など)に忙殺されてはならない。

科学と技術、偶然と必然

谷川 流 : 涼宮ハルヒの驚愕 (後) (角川スニーカー文庫, 2011) p.50.

 ――この世に偶然などありません。すべては必然です。認知することができなかった必然を、人は偶然と呼ぶのですよ……。

科学は、人類の認識を広げ、人類がそれなしでは偶然だと捉えてきた事柄を必然だと捉えられる状態にする。

技術は、要素において、人類がそれなしでは偶然にしか実現できなかった事柄を必然に実現できる状態にし、システム(信頼度の掛け算、トレードオフ)において、不可能を可能にする。

梅雨前線の北、およそ200km圏が雨の範囲

石原 良純 : 石原良純のこんなに楽しい気象予報士 (小学館文庫, 2001) p.202.

[梅雨]前線の北、およそ二〇〇キロ圏が雨の範囲といわれている。

ここで 200km とは、どのような距離かというと、

・緯度 2度 (= 約 220 km )

・高知 (:室戸岬と足摺岬の間の弓なりの四国太平洋岸の最も奥まったところ)から、真っ直ぐ北に、鳥取県の日本海岸まで (= 約 220 km )

・和歌山県潮岬から、真っ直ぐ北に、若狭湾まで (= 約 240 km )

気象学と鎌倉仏教

気象学(気候学を除く)の特徴は、その成果が固定されず、大衆の個々逐次の行動によって生まれることである。

気象学の知見を信じる大衆の個人個人が逐次、自ら行動する、あるいは自ら行動を抑制することによって、不利益をもたらす気象をやり過ごすことができる。しかし、気象学は、不利益な気象そのものを無くしたり、無効化することはできない。

たとえば、気象学によって、午後から雨が降ると予め分かり、子供との遊園地行きを取りやめることができる。この時、雨に濡れることによる損害は防げるが、子供は満たされない。百年後の子供も、おそらく同様の満たされない体験をするだろう。

雨でも影響が全くない屋内遊園地をつくるならば、百年後の子供は、同様の満たされない体験をすることはないだろう。屋内遊園地という成果は、気象学の成果ではない。

気象学は、気候学の下位につくことにより、成果を固定できる。

気候学は、その成果が固定される。たとえば、将来の気候を一定範囲に収めるために、化石エネルギーの使用量を数字で表わした社会設計という形で、成果は固定される。

気象学は、気候学のパラメタリゼーションの高度化手法、あるいは、サブシステムとして働き、気候学の固定される成果への貢献を成果とすることができる。

一方で、固定されない、大衆の個々逐次の行動によって生まれる成果の存在を、大いに価値あるものとして考えることもできる。

これは、貴族が大衆を救うのではない、大衆自らが救いをもとめる鎌倉仏教のような学術である。

鎌倉仏教型の学術も、人類の力になる。そして、人類の「知の力」のうち、「鎌倉仏教」の強化が今日、疎かになっていると、私は考える。