最終内容更新 03/ 1/ 2 最終編集校正 04/ 2/23

 

フェイズド・アレイ・レーダの原理について

 

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l         物理にある程度心得のある方はここさえ読めば理解できると思う。

 

l         本文章では、まずレーダに必要な性質・機能として、指向性とスキャニングをあげ(2)、つぎにフェイズド・アレイ・レーダが、それらをどうやって実現しているかを説明する(3)

 

 

1. はじめに

 20021216日、テロ対策特別措置法に基づき護衛艦「きりしま」[1]がインド洋へと出港した。「きりしま」は、イージス戦闘システム(the Aegis Combat System)を搭載したいわゆるイージス艦である。本ページでは、イージス戦闘システムのであり、イージス艦の外見的特徴[2]であるフェイズド・アレイ・レーダ(Phased array radar)の原理について記す。

 

2. レーダに求められること 指向性とスキャニング

 (アクティブ)レーダは、電波を放射(送信)し、目標からはねかえった電波を受信して、目標の方向・距離を測定する装置である。

 受信機としてのレーダは、方向を知るために、一方向からやってくる電波にだけ感受性が高くないといけない。そして感受性の高い方向を順次変えていく。これは、スキャニング(Scanning: 走査)と呼ばれる。ちょうど目が悪い人が目覚めにメガネをさがすようにだ。感受性の高い方向と目標の方向と一致したとき、目標は探知される。

 一方、送信機としては、この一方向の目標の有無・距離しかわからないという受信機としての制約により、その一方向にさえ、電波を放射すればよいことになる。他の方向に電波を放射しても、戻ってきた電波を受信できないから、無駄なのだ。もちろん受信機をたくさん用意し、それぞれ別の方向を見張るよう割り当てれば、その限りではない。しかし、一般にレーダは、送信・受信の役割を一台でこなす。

 一方向にだけ電波を放射することには利点がある。一言で言えば「無駄がない」のである。もっといえば、無駄が浮いた分、その方向に多くのエネルギー(パワー)の電波を放射することができる。そのような電波は、遠くの目標にあたり、はねかえって帰ってきても依然多くのエネルギー(パワー)を持っていて検知しやすい。つまり、目標の探知距離を長くできるのだ。

 ここで、パワーについて説明しておく。パワーは、単位時間あたりのエネルギー量である。すなわち仕事率であり、SI単位系で単位はJ/s(ジュール パー )である。一方、エネルギーは仕事であり、単位はJ(ジュール)である。

 以上で、レーダは、一方向にだけ多くのパワーを持つ電波(すなわち強い電波)を放射し、受信すればいいことがわかった。これは一言で送信・受信の「指向性」と表せる。

実は、さらに単純化できる。電波の送信と受信は、まったく同じ仕組みで、ただやっていることが逆だということだ。最近のトピックでは、水の電気分解と、燃料電池の関係が同じである。水に電流を流せば、水素と酸素に分解する。逆に、水素と酸素を燃料電池に入れると水と電気ができる。これと同じである。そして、送信の指向性と受信の指向性は表裏一体の関係にあり[3]、つまり送信・受信の指向性をいうには、どちらか片方の指向性さえいえればよいのである。ここでは、送信の指向性のみを考える。

 結局、レーダには、一方向に電波を放射し(送信の指向性)、その方向を順次変えること(スキャニング)が求められる。

 通常のレーダは、指向性のあるアンテナを用い、それを機械的に回転させることでこれを実現している。

 

3. フェイズド・アレイ・レーダはどのようにして指向性とスキャニングを実現するか

 フェイズド・アレイ・レーダは、小さなたくさんのアンテナ(アンテナ素子)が平面上に並べられたものである。「きりしま」などこんごう型護衛艦に搭載されているSPY-1Dレーダは、約4000[4]ものアンテナ素子から構成されている。しかし、フェイズド・アレイ・レーダは、通常のレーダのように機械的に回転することはない。それではどうやってパワーの大きな電波を放射する方向を変えているのか。

 電波は波である。波には位相がある。下図に波Aと波Bの位相差を記す。位相差は、波の一サイクル(山から山)2πrad (= 360°)とみなして、rad(ラジアン)や°()で表される。

波が重なるとき、各点における変位は、重なる前のそれぞれの波の変位を単純に足した値となる (重ね合わせの原理 : y=yA+yB)。下図に、波Aと波Bが重なった波の様子を紫色で表す。

 さて、重なった波の振幅が最大となるのはどのような位相差のときであろうか。それは、位相差がゼロのとき、すなわち位相がそろっているときである(下図)

フェイズド・アレイ・レーダからアンテナ素子2つを取り出して考える(素子1,2とする)。この二つの素子の間隔dは小さいため(レーダのとらえる範囲にくらべたら、間隔はゼロとみなすことができる)、それぞれから出た平行な電波は重なり合うと考えられる。

では、各素子から発せられる方向θへの電波の位相をそろえるにはどうすればよいか。図のP点、Q点から目標への距離は同じだから、P点、Q点で、位相がそろっていればよい。P点、Q点に達するまで、素子2から出る電波は素子1からの電波よりdcosθだけ多く進まねばならない。これを位相の差で相殺するのだ。

すなわち、電波の波長をλとすると、素子2から出る電波は素子1からの電波より位相が
   2π(dcosθ)/ λ rad
だけ早ければよい、ということになる。

 冗長となるが、この位相差で、アンテナ素子から電波を発させれば、方向θへ、位相がそろい、パワーの大きな電波が向かうことになるのだ。

逆に、位相差を変えれば方向θをかえることができる。すなわちスキャンできるのだ。

これを、多数の素子(SPY-1Dの場合約4000)でおこなうのが、フェイズド・アレイ・レーダである。

なお、実際は、そんなに簡単ではない。位相差を定めたときの方向θはひとつではないからだ。しかし、電波はアンテナ線と垂直な方向に強く発せられる性質がある[5]ことなどから、コンピュータによる解析により、目標の方向が特定されるのであろう。

 

 

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テロ対策特措法に基づき協力支援活動に従事なさっておられる自衛隊員の方々に敬意を表します。

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[1] 護衛艦「きりしま」(艦番号DDG-174)は、こんごう型護衛艦の2番艦であり、搭載しているフェイズド・アレイ・レーダは、SPY-1Dという。ソース: http://www5.justnet.ne.jp/~weapon/aegis.htm

[2] 艦橋の右ななめ前・右ななめ後ろ・左ななめ前・左ななめ後ろと4枚配された八角形の板状のものがフェイズド・アレイ・レーダである。

[3] アンテナ特性の可逆性または相反定理という。送信・受信のアンテナゲインは等しい

[4] ソース: http://www5.justnet.ne.jp/~weapon/aegis.htm

[5] 最も単純なアンテナであるダイポールアンテナの場合、電気双極子pにより、単位立体角Ωに放射される電波のパワーP(t)は、
 
である。ただし、Sはポインティング(Poynting:人名)ベクトルの大きさであり、極座標のz軸はpと同じ方向にとった。ソース: 砂川重信『物理テキストシリーズ4 電磁気学』(岩波書店,2000) p.304